ミッシング・スクリュー
きちんと敷けてもいない布団の上で、多分昨日と同じ形のまま、あたしは目を開いた。
腫れぼったい目をこすろうと手を動かした手に、
ひやり。
何か小さな、冷たい、硬いもの。
掴んでみると、ネジだった。
短くて、頭が大きめで、先が少し尖っているネジだった。錆びてはいないけれど、ピカピカでもない。
ネジを見つめる。
ネジに集中すれば、思い出す事もない。
視覚を塞いで。
ネジ。
触覚を支配せよ。
ネジ。
思考を染めて。
ネジ。
でもその形が、何だかあの人とダブって。
冷たい硬さが、拒絶の象徴みたいで。
抜けてしまったネジは、その意味付けから、ふられ女みたいで。
あたしみたいで。
受けるネジ穴がなければ、何の役目もない、意味もない、砂利の代わりにもならない、ただの金属片。
点字で、何もない紙に、たった一つの点があった場合、それが何を表すかは、誰も分からないってさ。
仮名であれば、それが音を表せるけれど。
漢字であれば、名詞や動詞や、幾通りもの音や、意味を表せるけど。
梵字であれば、宗教的真理まで語れるかも知れないけど。
一点の点字。
一本のネジ。
一本では、何も出来ない。価値がない。在る意味が……ない。
――トントン。
『ももちゃん、朝ご飯出来たわよぉ』
「食べたくない」
ドアが開いて、姉が入って来た。
「食べれば食欲も出るわよ」
姉は、いつもにこにこ笑う。
「あら?」
ひょいとあたしの手から、断りもなくネジを取り上げた。
「なかなか良い形ね」
姉は、ネジの細い方を持って回転を付け、ひょいと投げた。
ネジはコマみたいに、机の上で、少し首を振りながら回り始める。
――ネジ改めコマは、
回って。
回って。
回って。
それから、
ゆっくりと回転をゆるめ、首を振りはじめ、最後には倒れて止まった。
あたしはじっと姉を見つめていた。
このひとは、いつもそーだ。
仮にネジの重心が狂ってて、全然回らなくっても、何かまた、別の面白味を見つけるのだろう。
「ああ、これ、電気スタンドのネジね」
姉は、ネジを電気スタンドの首の部分にねじ込んだ。事も無げに。
「さあ、朝ご飯冷めちゃうわよぉ」
「はいはい」
「『はい』は三回!」
「はいはいはーい」
悲しい気持ちが消えた訳じゃなかったけど、おなかは、ちょっと空いて来た。
背中にぎゅっと抱きついて『ありがとう』とか言ったら、多分おねーちゃんはすごく喜ぶだろうから、絶対やらない。
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