はじまりの魔法少女③
ハルの持つ純白の杖の表面は滑らかな象牙のようであった。近くで見ると美しい魔法文字による刻印が細かく刻まれており、あまりの細かさで何も書いてないかのような見た目であったが、触ると確かに刻まれた文字がある。杖に刻まれる魔法文字の量はそのまま使える魔法の量に値する。ハルの底知れない実力を窺い知ることができる。白い杖の先端は樹の根のように分かれており、先端にはさまざまな種類の魔石が浮かんでいる。魔石は杖につき、一つというのが定石であるが、それを真っ向から否定するように様々な色が輝いていた。通常なら反発し合い杖自体があっという間に木っ端微塵になるほど、扱いと制御が難しい魔石の複数持ちは一つで一人前、二つで上級の魔法使い、三つ以上は特級と称される程である。偽物も多いが、ただそこにあるだけで威圧感を放つその杖は明らかに力のある杖であった。
反対に、黒い杖はかなり古いものらしく、傷があらゆるところにあった。こちらも魔法文字が無数に刻まれているが、かなり深くまで削られており、また、その傷跡にさらに小さな魔法文字が刻まれ、黒くひきうずリ込まれるような漆黒を見せつけていた。
魔法界において通常杖は学びや修行を通して、自分の杖を育てていく。刻まれた魔法の数がくぐり抜けてきた修羅場の数を表している。
さちよとサクラ、二人に気取られることなく、間に入ったハルは、白い杖に小さく呟く。
「グラン・エンド・ムイタ・エクス・デロス・ムスタ・グレサタン・バスティロス…」
魔法の詠唱詩が長い。通常は無詠唱から三詠唱が一般的で、五詠唱を超えるものは一流の魔道士として、名がしれわたる。既に10詠唱。さらにつぶやきつづける。詠唱に反応して魔石が変わるがわる輝く。
「…グラーレ・グラーレ・バルグンド・マスタ・リ・クリエイタ!!!さちよ、私は魔法使いが安心して暮らす世界を作りたいの!そこに魔力のない人間は要らない。奴らは守る価値のないゴミだから!この地は魔脈がある神獣様の生まれ故郷。あなたが利用しようとしているなら、わたしは、それを潰すまで。」
「さちよ!ハルから離れてください。何か魔法をかけるようです!」
大鹿は助けに入ろうとして、魔法を放つが、その攻撃はさちよの近くの空中で止まってしまった。
からだが、動かねぇ
全身髪の毛ひとつまで、動かすことができない。
『時止め(クロックロック)』か。それも範囲指定型かやっかいな。
黒い杖の能力だな。
問題はいま、詠唱している白い杖の魔法。魔力消費のデカい『時止め(クロックロック)』をわざわざつかってる様子を見るに、この魔法を確実に発動させたいらしい。だったら。魔力を全身から溢れ出させ、魔法を使う準備をする。
赫
「?!時止めが」
ハルは片膝をついた。魔力が尽きかけてる。時止めを維持できない。くそっ!何をした!
「ガッハッハッ!さちよさんをなめんなよ?時止めの魔力消費を2倍にしてやったぜ」
さちよは自由になった腕を振ってさらに魔法を自身にかける。
「赫!」
土煙が上がる。先ほどまでの魔力量とは違う。やつは何を増やした。長らくさちよとの付き合いがあるハルだが、あの事があってから数ヶ月。彼女とは会っていない。彼女は魔法を1つしか使えない。だが、さきほどの大剣のように魔力をそのまま利用するなんて、以前の彼女では考えられない。
「ハルさん!邪魔をしないでくださいよ!私がアイツを仕留める作戦でしょ!」
さちよと同様に魔法がとけたサクラが文句を言う。いまの彼女の実力では、まだ敵わない。カウンターズの席次は単純な実力差ではない。だけど、全く無関係ではない。魔法や魔力への理解、センスによるもの。サクラはまだ、磨かなければいけないことが多い。彼女の剣技は伝統があるが、魔力と混ぜ合わせる技術はまだ拙い。
「えぇ、でも、もう無理よ」
「はっ?何を言ってるんですか?ちょっとそこで待っててください。あいつの首とってくるんで!」
「待ちなさい!」
狐面を被り直し、サクラはさちよに斬りかかる。ハルさんが何を考えてるのか知らないけど。勝負に水を刺すような真似は許し難い。あんな、10代のガキに舐められてたまるか。
由緒正しき自分の流派に絶対の自信と誇りが彼女にはあった。
あれ?こいつ。わたしより、背がたかかったっけ?
直後に腹を突き刺すような感触を味わい後方に吹っ飛ばされた。土煙の中、長く美しい脚が現れる。漆黒のタイツに赤いピンヒール。膝下だったスカートは太ももまで短くなり、シャツは、豊かになった胸でボタンが弾け飛ぶ。紅葉のように赤い山高帽子にマグマのように赤いマント。全てを豪快に笑い飛ばす美女がそこにいた。
「赫。あたしの年齢を2倍にした。ガッハッハッ!!!!さちよさん28歳バージョンだ!!」
赫い杖をくるくる回し。木にぶち当たったサクラに向ける。
「さぁ、覚悟しな小娘!!」
「こっから先は、あたしの時代だ!」




