始まりの魔法少女①
笑い声が響き渡る。深い森の中、愉快に痛快に、爽快に笑う。彼女は笑うのだ。窮地に追い込まれていようと。
「ガッハッハッ!こんなに囲まれるとはね!同窓会か?なっ相棒!」
古びた山高帽子を深く被り、つばの切れ込みから、あたりを伺う瞳は黄金色。鋭い瞳は口元に浮かべる笑みとは違い、隙がない。帽子から零れる赤髪は灼熱の焔の川のよう。彼女の手には、杖がにぎられている。彼女の髪色と同じ赫い杖。荒削りなゴツゴツした杖には戦いの中刻まれた数多の傷があった。
「っ!さちよ!笑ってる場合じゃないですよ!なんですか、この数。裏切ったのですか!!ハル!」
赫髪の彼女を背に載せる巨大な大鹿。鹿の背には苔がふかふかと生え、立派な角にはいろとりどり花が芽吹く。木々のざわめきから森に潜む敵の数を把握する。
森の狭間、月明かりに照らされる。言葉を向けた相手はにこりともせずに言った。
「あなたたちはやり過ぎたのですよ。わたしが気づかないとでも?」
はると呼ばれた黒髪の少女が言った。紫紺の瞳はただ静かに赫髪の少女を見つめる。こちらは幼さが残る顔立ちではあったが、表情は険しく眉間にシワがよっていた。彼女が杖腕を高く揚げ、閃光を放つ。森に光が通り抜け、杖を構えた魔法使いたちが茂みから現れ一斉に魔弾を放つ。
「相棒っ!!」
「分かってます!生命よ!息吹け!息吹け!古樹の王が命ず!『樹盾連壁グリーンベース』」
大鹿が足に力を込めて大地を踏みしめると、魔弾を防ぐかのように木がものすごい速さで伸びてきた。魔力でつくられた様々な属性の魔弾は樹の壁を焦がし、凍らせる。雨のごとく降り注ぐそれをさちよはやり過ごす。
「ガッハッハッ!!大層な包囲陣だな!っとと!最近噂の指折り(カウンターズ)まで連れてきたのか!」
色とりどりの魔弾の合間をするりと抜けて、刀が煌めく。樹の盾群をも切り裂き、少女の首を狙う。とっさにとびのくも、山高帽子に切れ目が入り、赫髪の少女の双眸が細くなる。
「…ガッハッハッ。強えな、あいつ」
狐面を付けた小柄な刀使い。当然表情は伺えないが、刺すような魔力と殺気。祭り帰りかと思われても、おかしくない桜模様の黒い浴衣に、似つかわしくない大太刀。華奢な体でどう振るうのか。おそらく魔力で身体能力を上げているのだろう。
あたしの間合いに入ってくるなんて、手練を集めてるのは、聞いていたが、ここまでとはな。
「大丈夫ですかっ!」
「相棒、情けねえ声出すなっての?世界最強の魔法少女たるアタシのパートナーだろ?屁でもねぇよ」
ただ、面倒だな。実際、周りを囲んでるヤツらは大したことは無いが、遠距離からちまちまやられると戦いづらい。時間を稼ぐか分断するか。
「ガッハッハッ。よゆー、よゆー!ととっ!あぶねーな!ガッハッハッ!」
「いくら、さちよ、あなたでも達人相手なら、幾ばくかは意識を割かせることができるでしょう。まだ、魔法少女なんて幻想を。早急に投降して、神獣様を解放しなさい。」
黒髪の少女は白い杖を向けて、言う。純白の美しい杖だったが、赤髪の少女は憎々しげにその杖を見つめていた。さちよは自分の目的を胸のうちで、再確認して言葉を選びながら話始める。
「…そう遠くない未来に、こちらの世界にも魔力をもった人間が激増する」
「そうならないために、ゲートを閉じて封印をしていってるんです。こちらの世界であなたの言う魔力犯罪が増えることはありません。」
厳しい視線を向ける。
「魔法少女は必要だ。アタシ達が秘密裏に処理できる時代は終わろうとしているんだよ。いくら、相棒を使って封印の苗を植えてもな。こちらの世界の人間にも、魔力の使い方を学ばせて、仲間を増やしとかねぇと。あたしらがガキだった時に逆戻りだ。」
「…あんな時代には、戻させません!!そのために指折り(カウンターズ)を作ったのだから。」
黒髪の少女は続ける。
「魔力を非魔力人たちに与えるなど。非魔力人たちは欲深い。最後には我々の世界を滅ぼします」
「だ~か~ら、そうならないためにだな!それに!」
「…あーあーあー、ハルさん、こいつ、面倒いんで、斬りますよ」
狐面の女が切りかかる。大太刀が、既に間合いに。こいつ、特殊な体捌きしてやがるな。縮地か?狭い森の中を大太刀振り回すなんて普通はしない。木々を無視できるほどの切れ味と技がこいつにはあるってことか。
「ちっ」
「ハルさん、ちゃっちゃと勝って、こいつの席いただきますよ。たしか、指折り(カウンターズ)の席次は入れ替えせいでしたよね。No.9だと、なんか弱そうじゃないですか」
大太刀を片手に持ち替え、杖を取りだし軽くそれで刀をたたく。
「ゴウ・ギブ・アクセル!!」
「待て、サクラ!!」
刀が炎に包まれる。魔力の震えがビリビリとさちよのところまで届いてきた。
「魔法剣士か。それも日本刀とは、また珍しいな。ガッハッハッ。いいねぇ!カウンターズ!アタシが本気をだせる相手ってことか。」
「四季源流刺突の一、『しだれ桜!』」
無数の突きが炎の花びらとなってさちよに襲いかかる。さちよは眼と足に魔力を集中させ、杖を強く振るう。
「ガッハッハ!ハル!しつけがなってねぇぞ!!この飼い犬!!いや、飼い狐か?『赫ダブル』」
さちよの魔法は赫ダブル。任意の対象を倍化させる。
彼女は動体視力と脚力を倍化させ、狐面の女の刺突をかわす。魔力が赫く鎧のように彼女の脚と額を覆う。
ガッハッハッ!笑い声は豪快に、ただ瞳は対峙した相手を鋭く射抜く。
「赫戦乙女ブラッドヴァルキリー」
赤い杖は魔力を糧に、血よりも濃い紅い大剣を形作る。さちよは軽々と片手で持ち上げ、攻撃に備える。金属が擦れる音と火花が飛び散る。
「…へぇ、しだれ桜を防ぐとは、おばさん伊達じゃないね。さすが、No.3」
一瞬の間。
「んだとっこらぁ!!!」
「冷静になってください!さちよ!あなたは若いですよ!」
「なんで!No.1じゃねぇんだよ!」
「そっちかい」
大鹿は様々な角度から飛んでくる魔弾を木々を生やすことで防ぎ、さちよの援護をする。
「さすが、霊獣様、ナイスなツッコミです」
「こんなことで褒めないで、恥ずかしい!」




