First:旅人を捜す旅人
夏。
熱く照りつける太陽の光と、生温い風。草いきれが立ち上る草原に、一人の少女リコが立っていた。リコは薄い生地の長袖シャツを着て、その上から丈が長くて白いVネックの半袖シャツを着ていた。下はショートパンツに、ロングブーツ。腰にはシャツの上からベルトを締め、左側に短剣を二本吊っていた。年齢は大体十六、七というところ。美しく整った顔立ちのわりに、背はかなり低い。
そしてリコの隣には、美しいたてがみと、美しいゴールドの瞳のルークがいた。ルークは眩しそうに眼を細め、遠くを見つめていた。その背中には、大きな荷物が縛り付けられている。リコの背中にも、リュックが一つ。
「・・・・・・暑い」
「それは僕だって同じさ。というか、僕の方が暑いと思うけど?」
「・・・・・・そして喉が渇いた」
「まったく。僕もリコに同じ」
「何で水も町も何も見えてこないのよ―――――!!」
リコは叫び、あーあ、と言って、がっくりと膝を落とした。
「リコ、叫ぶともっと喉が渇くよ」
「・・・・・・分かってるよ。でも、叫ばないとやってられないわ」
リコは汗でベトベトになった首に纏わりつく、長く煌く美しい白髪を手で首から引き離した。髪は風に靡き、サラサラと揺れた。そしてリコはルークに力なくもたれる。
「リコ〜、こんなところにいても、カラカラになって死ぬだけだよ?」
「分かってる」
「じゃあ、歩くよ」
「分かってる」
「水筒の中もカラッポなんだろ?」
「分かってる」
「ここにいてもラチがあかないよ」
「分かってる」
「・・・・・・リコ、本当に大丈夫?」
「・・・・・・本当に大丈夫、じゃないみたい」
死にそうなほど、脱力しているリコと、溜息をついたルーク、そして、
プップー!
「旅の方ですかー?」
少し遠くの方から聞こえる車のクラクション音と、女性の声がした。
「え?」
リコは信じられず、声を上げていた。
ガチャ、バタン!という、車のドアが開閉する音。
「あ、リコ、女の人が来る」
「う、ん・・・・・・」
リコはゆっくりと身体を起こし、ルークを支えに立った。
「あなた、大丈夫?」
リコの傍へ来た女性は、すらりとした長身で、美しい金髪をしていた。
「・・・・・・大丈夫じゃ、ないみたいです」
リコがそう言うと、ルークが口を開いた。
「僕たちこれから、少し行ったところにあるらしい町に向かってるんです」
「そうなの?なら、乗っていく?」
すっと女性は、右手の親指で後ろの車を指した。
「いいんですか?」
「えぇ、もちろん。同じ旅人として当然のことよ。旅人は旅人同士、助け合わないとね」
「ご親切にありがとうございます。私はリコと申します」
「僕はルーク」
一人と一匹が名乗ると、女性はニッコリ笑った。
「私はアリアよ。北方の国の生まれなの」
「そうですか」
「じゃ、乗って。ちょっとポンコツだけど」
ウインクして、アリアはリコとルークを車まで導いた。
「へぇ、変わった形の車ですね」
「え?あぁ。この車は私たちの住む地方でしか生産されていないものだから」
その車は、白い車体に小型のトラックのような形をしていた。シートは二人用である。荷台部分には、日除けのための幌がはってあった。
「リコちゃんは向こう側の席にまわって。ルークくんは悪いけど、荷台に乗ってね」
「あいよ」
ルークは幌のはってある荷台にひょいっと飛び乗った。その瞬間、僅かに車が後ろに傾いたが、すぐに戻る。荷台には、旅荷物が沢山積まれ、下にはそのままベッド代わりにできるようにか、寝袋が敷かれていた。その間、リコはゆっくりと助手席に乗せられた。
「本っ当、」
荷台の上に倒れこんだルークは、ボソリと呟いた。
「リコってさ、」
ルークはちらりと助手席がある方を見やる。
「強運の持ち主だよね・・・・・・」
それはリコと出会ってから、幾度となくルークが思ったことであった。
「ま、おかげでこっちも助かったけど」
大きな欠伸をして、ルークはゆっくりと瞼を閉じた。
・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・
「本当にありがとうございました。アリアさん」
「いいえ。お礼なんてもったいないわ」
町へ着き、頭を下げるリコにアリアは両手を振ってそう言った。
「それでね、旅人であるリコちゃんに一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「はい、何でしょう?私に答えられることなら何でも構いませんよ」
「その、教えてほしいの」
「何を、ですか?」
「・・・・・・旅の途中に、ある男性に会わなかったか、ということよ」
アリアが言うとリコは眉をひそめ、その後、
「どんな人、ですか?」
と問うた。
「歳は二十二で長身、私と同じような長い金髪を後ろで一つに束ねていて、服は黒いジャケットと黒いシャツ、下は黒い革のパンツ。眼は綺麗なエメラルドグリーンをしているの。・・・・・・知らない、かしら?」
「・・・・・・すいません。何せ私は異性が嫌いなもので、会っているかもしれませんが、記憶にないのでわかりません。お役に立てず、本当に申し訳ないです」
少し沈んだ表情でリコは言い、頭を下げた。
「う、ううん。いいのよ、べつに。こうして聞きまわって知らないって言われるのには、慣れてるから。うん、本当よ」
「・・・・・・あの、よろしければ、お話聞かせて頂けませんか?」
「僕も是非聞きたいな」
ルークもそこで口を挟み、アリアは少し微笑んだ。
「じゃあ、話すことにしましょうか。そうね、公園か何処かに行って話さない?」
町の中央公園には、立派な噴水や白木の美しいベンチ、そして沢山の木々や草花などの自然がある、素敵な場所だった。
その中の一つのベンチ。そこにアリアとリコが座り、傍にはルークがきちんとネコの置物のように座っている。
「私が言った男性はね、私の恋人なの」
「ふぅん、そうなんですか」
失礼にならない程度に、リコは興味のなさそうな声を出した。
「彼はね、私の故郷では沢山の人に好かれる、とても素敵な人だったの。ルックスが良くて、賢くて、優しくて、運動神経も良くて・・・・・・。そんな彼が、如何して私なんかを選んでくれたのか、今でも分からないわ。でも、ある日、彼は旅をすることにしたの。もちろん、沢山の人に止められたけどね。それから数年して、私も彼を捜す旅に出たの。そりゃあもう、沢山の人に止められたわ。でも、
私にとって、彼はとても大切な存在なの。もしかしたらもう一生彼に会えないんじゃないかって思うと、いてもたってもいられなくて・・・・・・。だから私は彼を捜す旅をしてるの」
「・・・・・・貴重なお話、ありがとうございます」
リコは頭を下げ、アリアは少し悲しそうに微笑んだ。
「いつか―――――」
アリアがそう言った時、
ザバアァァァァ―――!!
巨大な音を立てて、噴水の水が大きく噴射した。近くの時計塔からは、十二時を告げる鐘が鳴り響きだす。
「あら、もうこんな時間。じゃあね、リコちゃん、ルークくん」
「はい。さようなら、アリアさん」
「じゃーねー」
アリアは綺麗な微笑みを浮かべたまま立ち上がり、止めてある車の方へと駆けて行ってしまった。
ブロロロロ・・・・・・
やがて車も去り、公園にいるのは、一人の少女と一匹のライオンだけとなってしまった。
「・・・・・・あのさ、リコ」
「うん?」
「とりあえず、昼食にしない?」
ギュルルルルゥ
「あ」「あ」
リコのお腹の虫が鳴き、フフフッとリコとルークは笑った。
「そうだね。じゃ、行こうか」
リコは立ち上がって、ルークに微笑みかけた。
・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・♪・・・
数日後、この町でリコとルークが泊まっていたホテルの部屋で、旅荷物を整え、ルークの背中にそれらを縛る、リコの姿があった。
「ねぇ、リコ」
「うーん?」
リコは荷物を縛りながら、ルークに生返事を返した。
「アリアって女の人、最後に何て言いたかったんだろうね。『いつか』の後」
「さぁ?私は神じゃないんだから、他人の想いや心の中なんて分からないわ」
「そだね」
ルークは短く言った。
「さっ、準備完了。この町ともオサラバするよ、ルーク」
「うん」
リコは最後に背に旅用のリュックを背負い、部屋を見回した。
「忘れ物なし。さ、行きますか」
「オッケー」
一人と一匹は、ホテルの部屋から出て、ロビーへと向かい始めた。
ダダッ、ダダッ、ダダッ
夏の暑い草原を駆ける、ライオンの姿があった。ライオンの背中には一人の小柄な少女が乗り、しっかり掴まっていた。
と、その時、
「あ、リコ。誰かいるけど、止まる?」
「うん?」
リコは身体を少し傾けて、前方を見た。
そこには確かに、一人の人物が立っていた。が、
「却下。ルーク、そのまま走って」
その人物が男の人だと分かると、冷たくリコは言うと、ルークのたてがみに顔を埋めた。
その時、
「あ!ちょっと止まってください!旅人さんですよね!」
男性が大声で言い、リコは溜息を吐いた。
「ルーク、仕様がないから止まってあげて」
「分かった」
ルークはゆっくりと速度を緩め、男性の前でストップした。
「すいません、旅人さん。止めちゃって」
「えぇ。いいメイワクです」
ふんっとリコは鼻息を吐き、あはは、と男性はそんなリコの態度を見て、苦笑いした。
「あ」
その時、小さくルークが声を上げていたが、それはリコにも男性にも聞こえていなかった。
男性は二十代前半ほど。長身で、長い金髪を後ろで一つに束ねていた。服は黒いジャケットと黒いシャツ。下は黒い革のパンツ。眼は綺麗なエメラルドグリーンをしている。
「えっと、僕はウィルといいます。北方の国の生まれです」
「そうですか」
「それで・・・・・・僕は、恋人を捜しているんだ」
「そうですか」
「はい。僕の恋人は、ちょうど僕みたいに長い髪をしていて、僕たちの国でしか生産されていない、珍しい形の車に乗って、旅をしているんだ」
「そうですか」
小さなリコは、長身の男性のお腹ほどしか背がなかった。リコは視線を下げ、淡々と返事を繰り返す。
「彼女はね、僕の故郷では沢山の人に好かれる、とても素敵な人だったんだ。ルックスが良くて、賢くて、優しくて、運動神経も良くて・・・・・・。そんな彼女が、如何して僕の告白を受けてくれたのか、今でも分からない。でも、ある日、僕は故郷を離れて、沢山の場所を見てみたくて、旅に出た。数年後、ある町で彼女も旅を始めたことを知ったんだ。しかも、目的が僕を捜すことであることも、ね。でも、
僕はできることなら彼女に危ない目にはあってほしくない。だから、僕は彼女を捜す旅をすることにした」
「・・・・・・・・・・・・」
リコは黙って、その話を聞いていた。
「そこで旅人さん、彼女をみていないかい?」
「いいえ知りません」
間髪入れず、きっぱりと躊躇いなど少しも見せずにリコは言った。
「そうか。いや、いいんだ。じゃあ、引き止めて悪かったね」
「はい。では」
リコは小さく頭を下げ、ルークに乗った。
「行くよ」
「はいはーい」
ルークはそのまま、タッタッタと走り出した。
「・・・・・・・・・・・・」
ウィルはその背をいつまでも見ていたが、やがてその姿が見えなくなると、視線を逸らし、
「いつか、君と出会える日は来るのかな・・・・・・アリア・・・・・・」
そう、呟いた。
ダダッ、ダダッ、ダダッ
ウィルの姿も後方から消えた頃。
「ねぇ、リコ」
ルークがリコに声をかけた。
「うん?何?」
「さっきの人」
「分かってる。アリアさんの恋人、でしょ」
「何だ。分かってるなら、何で言わなかったの?『ここから少し行った町に、その彼女らしき人ならいますよ』ってさ」
「ヤだもの。そんなの」
リコはルークのたてがみの中で呟いた。
「冷たいなぁ、リコは」
「冷たいんじゃないよ。だって、
あの二人は、あんなに近いのに、出会えていない。もしも、あの二人が『運命』という強い絆で結ばれているのなら、すぐにでも出会えていたはずじゃない?あそこまですれ違うってことは、
あの二人は、出会ったところで、上手くいく訳ない」
「・・・・・・そんなものかな」
「そんなものよ」
リコはそう言うと、瞼を閉じた。そして「それに」と付け加える。
「私は異性が嫌いなの。だから、教えたくもなかった」
「・・・・・・やっぱり、リコって冷たいよ」
「そかな」
「そー。絶対そうだよ」
「ま、どうでもいいや」
リコはそう言うと、たてがみから顔を出し、ルークの頭の上から前方を見つめた。
一人と一匹の先には、まだまだ広い草原が続いている。
――――What do you think of “Rico”?
え゛、この話って、「キノの旅」っぽい・・・。
キノの旅読者の方がもし読んでくださっているのなら、そうお思いになるかもしれません。
はい。作者自身、そう思いました。「キノの旅」のように素敵で深いお話ではありませんが・・・・・・。
しかも、ルークの喋り方が「キノの旅」のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)の彼に似ている・・・。
&英語苦手なくせに、最後に英語を付けてます。語の使い方や、文法などが間違っている場合は、作者に言って下さい。はい。
そして、途中で気がついて直したので、「捜す」という字を「探す」に間違えている部分があるかもしれません。気がついたら、こちらもお知らせ願います。
では。