09.元パーティー二人目
一時期は師弟関係にあったドロテが今、俺の暴虐を止めに来たのか。
「勇者? 俺をまだそう呼んでくれるのか?」
俺の返り血まみれの後ろ姿を見ても、まだそう言えるのかドロテ? 吐息が震えてるぞ。
振り返ると半裸の女性がいる。つややかな黒髪。割れた腹筋。ちょっと嫉妬しちゃうな。
魔王にはその蹴りで、奴の角を砕いてもらったっけ。
「ゆ、勇者、お前は処刑されたはず」
「みんなにサプライズして回ってるわけ。お前、俺のこと見殺しにしたよな?」
ドロテだけは俺が地下牢に連れていかれてからも、ときどき励ましてくれていたが、それが本心じゃないと薄々分かっていた。
あれは、飴と鞭の飴の方だったんだ。
エリク王子が誰か一人だけ俺を励まし続けろと命令していた。その役目がこの女。
「で、そこまでって言うのは、どこまで?」
俺はエリク王子の頬をぎゅっとつねってみる。
「ぎゃああああ」
ギャグみたいだが、エリク王子の頬はもう十針は縫わないと裂けたままだぞ。あ、回復魔法がないからこんなことを考えてしまっていけないな。
「エリク王子様に手を出すな!」
「俺に命令してんの?」
「黙れ勇者! 貴様はもう仲間でもなんでもない」
「つれないなぁ。最初の町で稽古つけてくれたのにか?」
「貴様は、召喚されただけにすぎない!」
この世界の人間は召喚された者に対して冷たいな。
「世界を救ってやったってのに。お役御免ってか」
「エリク王子は、このリフニア国の繁栄を願っていらっしゃるお方だ。そこに勇者という英雄が現れた。この国では英雄はエリク王子一人の称号だ」
人気は独り占めってわけね。その人気、その地位、今ここで没落させてやろうか?
「エリク王子様は、お前を売る気だったぞ?」
ドロテは目をしばたいた。
「ほ、本当ですかエリク王子様?」
「ち……ちがっば!」
最後まで王子が言い終わるまでに俺は顔面を殴った。
「な、ほら。お前を売って、俺から逃げたいって」
「き、貴様、これ以上エリク王子に手出しはさせぬぞ」
「なんだ、信じないのか。全く困ったな。こいつは保身に走るぞ。ほら、見とけよ」
俺はエリク王子に猫撫で声で耳打ちする。
「この女の前で、懺悔しろ。お前を売ってごめんってな。元勇者のパーティー全て、どこにいるか今から大声で叫べ。そしたら、釈放してやる」
エリク王子は目に涙をためた。だから早いって。早すぎるって。感謝される覚えはないぞ。
「ほ、本当なのか?」
「言えよ」
エリク王子は決断する。早い決断だ。
王子は元パーティーの情報をいとも簡単に大声で教えてくれた。
俺は魔導書の余白のメモ欄につらつらと書き留めさせてもらう。
魔導書はこの世界の一般常識などが記された俺がはじめから持っている手帳みたいなもの。
召喚と共にずっとポケットに入っている手引書だな。
エリク王子は泣き面のまま洗いざらい吐き出した。
その調子だ。ドロテも顔を真っ赤にして怒っているぞ?
「エ、エリク王子様! そ、それではみな、勇者の餌食になってしまいますよ!」
「お前たちは自分で自分の身を守れ! 今は僕の命! ぼさっとしてないで勇者を殺すか、僕を助けろ!」
あれ? おかしいな。二日も拷問したはずなのにエリク王子様、希望が湧いて元気出ちゃった?
「エリク王子? まだそんなにハキハキと喋れたんだな」
「なっ、そ、そんなことは」
「じゃぁ、希望なんて抱かないようにドロテの息の根も止めとかないとな」