79.俺は優しいから
「四天王ベフニリウス。まさかエリク王子についたのか?」
「ユウシャ! 私ノ、技ヲ、真似シテ、イルナ!」
「たまたま、一緒なだけだって。これだろ? 俺のはメスだ。お前のはただの爪」
俺はメスの指を見せびらかす。
「違いは、お前のより切れ味がいいこと。あと、こっちの方がクール系」
「切断、魔法ハ、魔族ノ、モノダ」
「そんなの、洞窟に置いてる魔導書に文句言えよ」
ベフニリウスは、周囲を見渡して魔弾の弓兵を狩りはじめた。あいつはすばしっこい。
次々、首を掻き切っていく! 魔弾の弓兵の属性魔法が嫌なわけね。
「カール! 物理攻撃はそいつに効かない! 俺のメスの指以外な!」
ノスリンジアの騎士団も次々、八つ裂きにされている。剣は通らない。
「お兄様! でも、ここで退くわけには!」
手近にいた騎士団の首を爪で切断した奴はニンマリと、何もない真っ黒な口で笑った。
相変わらずの残忍ぶりで。
「兵を後退させろカール!」
「遅イ……」
逃げまどう弓兵と、騎士団をベフニリウスは腕を振るって斬首した! あいつ、腕も刃物だな。
それは俺の貫通魔法の応用! お前だってパクリだろう!
「ぎゃあああああああああああ」
幾重にも重なる悲鳴。俺が白隼のブーツで飛び出る。が、戦闘魔術師が電撃魔法を飛ばしてくる。
「邪魔するな!」
「邪魔しているのは、貴様であろう? 元勇者! ここは貴様らの処刑の場だ!」
「お、お兄様あああああああああ!」
くそ、カールまでやらせるかよ!
カールが転ぶ。転んだおかげで首は飛ばなかったみたいだ。
「切断魔法!」
ベフニリウスと、カールの間に何とか飛び込む。こいつの爪に俺の指で対抗する。
ベフニリウスは、俺と力比べもせずに後方へジャンプして距離を取った。
だろうな、力比べなら俺が勝つ。こいつは、動きが早いだけだ。
カールは既に胸元を鎧ごと斬られている。けっこう傷が深そうだ。涙ぐんでいる。
「俺の部下だろ。涙一つでもこぼしてみろ! 俺が首をはねてやるからな!」
「っ、はい!」
でも、カールの血は止まらないだろうな。ほかのノスリンジア軍もかなり減ってきている。
グールははじめから好き勝手殴ったり、斬ったりして人肉を食っているが。
それも、残り五十名ほどか。俺は平気だけど、ノスリンジア軍はもうだめかもな。
元々、俺の開催した処刑パレード。ここまでつき合ってくれただけでも、感謝しないとな。
「カール。お前もう国に帰れ。ノスリンジア軍、全員つれてな」
カールが目を丸くする。痛む体を前に乗り出して、俺に抗議する。
「それってつまり、お兄様! 全軍、退却ということですか? 嫌ですよ!」
「違うな。退却は負けたときに使うもんだぞ! 負けて帰るんじゃない。俺が残ってやるんだ。戦争で負けたことにはならないだろ」
カールが息を飲むのが聞こえた。まだ、周りの兵は戦闘魔術師から魔法による攻撃を受けている。
つんざく悲鳴が一つ、また一つと消えていく。
「お兄様、いえ、勇者キーレ! お願いです! 最後まで戦わせて下さい!」
そのとき、久しく聞こえなかった、かつてのリフニア国の国民の声が聞こえた気がした。
(勇者様! お願いです! 救ってください!)
(勇者キーレ! 戦ってくれてありがとう!)
どこまでが本当の言葉なんだ。どこまでが俺の本当の思い出なんだ……。俺は見捨てられたわけじゃないのか?
「……いや、カール。帰れ」
自分でも何を言っているのか分からない。ただでも減っている戦力を、自分で減らすって言うのか?
ま、まさかこいつの為? カールに情が移ったのか? 俺、どうしたんだ? こいつはマルセルの弟。
そのとき、首のチョーカーが緩んだ。こんなことはじめてだった。
そうだ、カールにリディを預かってもらおう。今ならこのチョーカー、外れる。そう直感した。
ほら、簡単に取れた。女神フロラ様から俺は、自由になった。これが、いいことか悪いことか分からないが。
「リディを預かって欲しい」
「リディ?」
リディが、漆黒の宝石から出てきた。俺がまだ何も言わないのに、俺の頬に手を当ててお別れを言ってくれる。
ほんと、かわいい奴だよ。お前は。
「……今までありがとな」
リディは俺の為に笑ってくれる。え、そんなことされたら俺――。泣くかよ……。
「こいつの回復魔法で、お前の部下たちを手当てしてやれ」
「分かりましたお兄様! でも、本当に撤退してよろしいんでしょうか!」
「お前に心配されるほど、やわじゃない! グールもいるしな」
「お兄様! でも! まだ戦闘魔術師、それにあの厄介な四天王も残っていますよ?」
「騎士団長なんだろ? 撤退する判断は、お前が下せ! 俺に何度も言わせるな!」
カールは、はっとした顔で俺を見上げる。そして、よろよろと立ち上がって、俺のチョーカーを受け取る。リディともさよならだな。
「預かります。必ず取りに戻って下さいね? 取りに戻られるまでにノスリンジア国を、勇者様の味方の国に戻します!」
「……余計なことすんな。早く行けよ」
夜だというのに、何だか温かい……。
カールは声を張り上げて軍を煽る。
「ノスリンジア全軍! 撤退せよ!」
続々と引き上げていくノスリンジア軍。戦闘魔術師や、回復師までが追い討つ。
そして、ヘイブン宮殿前に残ったのは、グール五十人と俺だけ。
「アッハハハハハハハハハ! 情欲うじ虫勇者! 僕の宣言した通りになっただろう?」
ヘイブン宮殿の窓に金髪の人影が現れた。あれは、エリク王子。
「所詮は寄せ集めの貴様の軍だ! 無様だなキーレ! あのとき、オペラ座での貴様の言葉で返してやろう。『見捨てられてるぞ! いいのか?』ッアハハハハハハ」
「勘違いするなよエリク。あいつらを国に帰らせたんだ。俺は……優しいから」




