63.口説き落とす
メラニー処刑前に試したいことがある。理髪店に寄って久しぶりに身だしなみを整えてみる。理容師は歯科医みたいなこともやってくれて、中世って便利だなーなんて思ってたんだけど、異世界ファントアのいいところはもう一つあって、全身コーディネートもしてくれる。
つまり、変身魔法を使えない一般人にも、理想の男になるチャンスをくれるわけ。魔法が解ける時間の制限つきだけど。
俺は難しい顔をして厳かに店員に注文をつける。
「イケオジ路線で」
三十代前半の好色男に変身させてもらった。鏡に映る俺の姿は、七三分けのスーツが似合う仕事ができる男、イケメンオジサン風だな。でも服装はわざと少し小汚くいこうか。なけなしの金を女にありったけ貢ぐ男! というコンセプトで。
メラニーはテンドロン国認定のサーカス座に属していた。元勇者の仲間はどいつもこいつも出世してて腹立たしいな、全く。
今夜の公演になけなしの金を叩いて見学する。魔物を飼いならしての火の輪くぐり、空中ブランコ。魔法による花火とマジックショー。なかなか豪華だ。メラニーの出番は、その身体の柔軟さを活かした妖艶な軟体技の数々と、火吹き芸、それから直径五メートルはあろうかという巨大フラフープ。あ、胸が揺れていい景色ですな。
サーカスの公演は実に二時間に及んだ。娯楽とは久しく無縁だったからな。これから処刑っていうのは、切ないな。でも、どうしても俺はこの偽りの姿でメラニーを試してみたい。
公演後の慰労も兼ねて、俺はあらかじめ買った花束を楽屋に持っていく。日本と違ってこのファントアの楽屋ってのは、セキュリティーが甘々で普通に客がお祝いの花束を持っていくことができる。
「メラニーさん。はじめまして、俺ジャンって言います」
フランス人名っぽい感じで、かつノーマルな名前を名乗っといた。ファントア人ってみんなフランス人名なんだよな。だいたいの人が。って魔導書に書かれてた。
メラニーは俺の花束を喜んで受け取ってくれた。楽屋まで挨拶に来る客はほかにもたくさんいた。俺はできるだけメラニーの記憶に残らなければならない。だって、この後すぐに寝取る予定だからな。正体を隠して。
「メラニーさん。今夜の演技、とても素敵でした。何か達観されてました」
俺の大袈裟な褒め方にメラニーは、くつくつと喉を鳴らして笑った。
「何それ、おもしろい。私はいつも、本気でやってるだけで何もすごい目標があるわけじゃないよ」
それから小一時間、俺はメラニーの演技を褒めちぎった。ほかの客が引き揚げた後も食い下がった。メラニーは必ず口説き落とすことができるという確信があった。
「お前面白い人だね。私は疲れてるってのに、こんなに愉快にされたら困っちゃうな」
「メラニーさん、俺はただこの感動を忘れるのが恐ろしいんですよ。いや、また公演チケットを購入すればいいだけの話なんですけどね。俺はメラニーさんと離れたくない」
ちょっと弱い男を演じてみる。するとメラニーは化粧を落としていた手を止めて俺に小声で告げる。後で、テントで待っていると。




