53.怪盗
心臓の保管庫への最終通路には、床に魔法陣が張られているのが丸見えだ。せめて俺が通ってから浮き上がる仕掛けにしろよな。
ということは、これはまだほかにも罠がある。俺は易々と白隼のブーツで壁を走る。すると壁から槍が飛び出てきた。
ブーツの底がえぐられないように、足首をひねってかわす。反対の壁からも槍が飛んできたので、それを足場に踏み越える。
「楽しくなりそうだ!」
魔法陣を越えて保管庫の扉の前へと着地しようとしたとき、針山が飛び出してきた。
「おっと、怖いな。骨折魔法っと」
足で骨折魔法をまとって、針を全てへし折って吹き飛ばした。
「さて、お邪魔しますか」
保管庫の扉へ手を伸ばそうとして、扉が一瞬だが、黒く変色したのが見てとれた。
「保管庫の扉に呪いまで。恐ろしいことしてくれるな」
俺は「常世のマント」を手にして扉に手をかける。
マルセルから指輪の呪いをもらったときは、不意打ちだったこともあって素手で触ってしまったが、常世のマントを介してなら呪いは基本的には無効だ。
「鍵はもうあの双子から拷問して手に入れてあるんだよな」
あっけない仕事だ。保管庫に入り込んでお目当ての双子の心臓と、その母親のラグンヒルの心臓を探す。
人骨、人肉の乾燥させたもの。内臓の缶詰。グールの屋敷っておぞましいな。
一際目立つ宝石箱を見つけた。明らかな少女趣味で、中にはジュエリーが入っていそうだが、俺は確信する。
「みーっけ」
ただ見つけただけでは終わらないのが、俺の優しいところ。宝石箱に細工をっと。
悠々と扉から飛び出して今来た道を、同じ要領で引き返す。
通路の先の大広間に出ると、照明魔法で真っ暗だった屋敷に一気に蝋燭の明かりが灯る。ついでに偽物の太陽も部屋の天井に現れる。
俺は明々と照らされた大広間に身を晒すことになった。
「元勇者キーレよ。ここまでのようだな。私は元勇者討伐隊参謀のマルクだ」
「誰も聞いてないって」
俺が相手にしなかったのをその場に居合わせた、ラグンヒル邸のグールたちが非難するようにざわめいた。
それを制止して、屋敷の主である双子の母親のラグンヒルが階段から優雅に降りてくる。いいのか、いいのか? そんな余裕でいいのか?
俺はここで笑ったら全ての演技が無駄になるので、少し焦ったような顔をしてみせる。
「わたしの娘たちによくもあんな残虐な行いができたわね」
「悪かったな。少し手荒だった。でも、あいつら双子は今俺の手の中にいるんだ。ここで俺を包囲して遊んでる場合じゃないんじゃないか?」
「あら、ノラとイーダならここよ」
ラグンヒルの背後に、さきほど俺が腸でさるぐつわをしたノラとイーダが手を繋いで現れた。
「勇者、あんたの負けなんだからね!」
「あんたなんか喉笛切り裂いてやるんだから」
じりじりと迫ってくるグール。元勇者討伐隊参謀とか名乗った男も剣を携えて迫ってくる。そして、剣で魔法を放ち、俺の握っている心臓入り宝石箱を没収する。
宝石箱は無事に、マルクとかいう男からラグンヒルに手渡された。
ここまで計算通り。そうそう、大事に持っておけよ。俺は笑みを零してやる。
「罠にかかってるのはどっちなんだろうな?」




