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工房長タラタラ

 父上と共にやって来た工房は実に古ぼけたところだった。蔦が建物を覆い、一見すると廃墟のように見えなくもない。本当にここが工房なのか?


 「中に入れば分かる。だが、その前に洗礼を受けるかも知れないがな」


 父上はニヤリと笑ったが、それ以上のことは言わずに僕を先頭に歩かせようとしてくる。正直、嫌な予感しかしない。それでも父上を盾に取るわけにもいかず、仕方なく先頭を歩くことにした。


 工房の扉を慎重に、そしてゆっくりと開けると……。


 「きょえぇーー!!」


 咄嗟に扉を締めた。いやいやいや、何かいたよ? 絶叫を上げた何かが。父上を見るが、明後日の方向を見ているだけで、こっちを見ようとしない。つまり? 僕だけで解決しろということか。


 ひと呼吸をしてから、再び扉を開けると……あれ? 絶叫が聞こえないぞ。それより……この目の前で立っている子は、誰? 工房にいる誰かの子供かな? それにしても可愛い子だな。赤髪をきゅっと三つ編みにして、目に力がこもっているがごとくオレンジ色の瞳。


 「可愛い子だね。ここにお父さんかお母さんがいるのかな? ちょっと案内してくれると助かるんだけど」


 そう言うやいなや、金槌で頭を叩かれた。


 死んだ……直感的にそう思ったが、まったく痛みを感じなかった。むしろ、気持ちいい? なんだろう。体の疲れが流れていくようだぁ。


 あやうく、眠りに落ちそうなのを必死に耐えた。


 「ダメだよ。そんなもので人の頭を叩いちゃ。親に教わらなかったの?」


 子供には、こういうことはしっかりと教えておかないとね。痛くなかったから、きっとおもちゃか何かだと思うけど、やっぱり頭はダメだよね。それに不意打ちで人を驚かせるのも良くないよね。


 「何を言っているんだ? お前は?」


 ダメだ。この子は言葉遣いも良くないな。スラム育ちの僕ですら、目上には一応敬語を使うって言うのに。


 「僕はお兄さんなんだから、もうちょっと丁寧な言葉遣いをしようね」


 「ふむ……おい、クラレス。さっきから笑っているようだが、こいつは一体なんだ?」


 後ろを振り向くと、なるほど。父上は大爆笑を耐えているのか、顔が紅潮している。話しかけようものなら、堰を切るように笑い出すだろう。だが、笑わせぬ。今は無視しておこう。


 「君、僕はともかく、父上は……いや、シャンドル公を知らぬ訳じゃないだろ? 言葉遣いには……」


 「やかましい!! 小僧風情が儂に説教を垂れるな!! お前こそ、儂が誰だか分からぬのか?」


 いや、知らないよ。でも、子供でしょ? まったく、親の顔を見てみたいよ。すると、後ろから肩を掴まれた。


 「父上……」


 未だに笑いを必死に堪えている父上がいた。シャンドル公なんて、すごい有名人でなければ、殴ってしまうほど腹が立つ顔だった。


 「こいつが……工房の……もうダメだ!! 笑いが止まらぬ」


 ついに笑いが始まった。こうなると人は何をしても、どうすることも出来ない。静かに笑いが収まるのを待つしかない。その間に子供が僕を案内してくれると言うので付いていくことにした。


 「お前はクラレスの子か?」


 「だから、その言葉遣いを……」


 すると子供がピタリと動くのを止めた。急に止まるものだから、子供にぶつかってしまった。倒れてしまうと思ったが、バランス感覚がいいのか、微動だにしない。……やるな。


 子供はそのまま、体をこちらに向けてきた。その顔はどこまでも憮然としたものだった。


 「いい加減にしてもらいたいな。儂は……この工房の責任者タラタラだ。こう見えても、お前より百も長生きしておるわ!! お前こそ、言葉遣いに気をつけろ」


 百⁉ じゃあ、この人が……ばばぁ……そう思った瞬間、意識を刈り取られた。


 「はぁっ」


 ようやく目が覚めると、いつもの顔に戻った父上が覗き込むように見ていた。何だか見つめられると……気持ち悪いな。未だに父上と言うよりも、近所のおっさんという感覚が強い。そんな人に見つめられたら、どう思うだろうか?


 うん、普通に気持ち悪いよね。けっして、親不孝とかではない!!


 「あの、あまり見つめないでもらえますか? なんというか……」


 「すまぬな。寝顔があまりにもリリーに似ているのでな。つい……」


 えっ⁉ つい? つい、なんなの? これは絶対に続きを聞いてはいけないやつだ。なんか父上の頬が赤くなっているし。


 「そこをどけ。クラレス。様子が見えぬではないか」


 「う、うむ」


 そこは素直に応じようよ。なんで名残惜しそうな顔しているの? 父上の尊厳って、結構簡単に壊れてしまうって初めて知ったよ。


 「大丈夫そうだな。それにしても……きれいな顔立ちだな。儂もあと百年若かったら、アタックしていたかもな」


 その若かったら、みたいな言い方は姿形が変わってしまった人がいう言葉だと思うんだ。多分だけど、タラタラさんは百年前も姿形は変わっていないと思うんだ。


 「タラタラさんは本当に、百を大きく超えた人なんですか?」


 「喧嘩売っているのか? 大きく超えたなんて誰も言っていないだろ。それにタラタラではない。ミケだ。これからはそう呼べ」


 後ろから、父上が感嘆の声を上げている。


 いや、それよりもタラタラじゃない? さっき、確か……「儂は……この工房の責任者タラタラだ」……うん。言ってるね。間違いないよね。もしかして、ボケちゃったのかな? 百を超えているって言ってたし。


 「その顔はやめろ。なんだか、憐れまれているようで気分が悪い。どうせ、タラタラという名前のことだろ? あれは工房長が代々受け継ぐ職人の名前だ。ミケは儂の本当の名前だ」


 ああ、なるほどね。


 「そうだったんですか。タラタラさん。僕は別にタラタラさんでいいですよ。本名で呼ぶとか、そこまで親しくないっていうか、いや、別に嫌ってわけじゃないんですよ? あれ? なんで泣きそうな顔しているんですか?」


 「やめるんだ!!」


 急に父上が大声を上げてビックリしてしまった。


 「見損なったぞ!! ロラン。こんな可憐な美少女に対して、なんという仕打ち。分からぬのか? この子の心底が」


 いや、全然わからないよ。それに父上、ババアって言ってたじゃん。勝手に前言撤回するほうが見損なうんですけど。


 「クラレス。お前の方こそ、つらい仕打ちだと思わないか? それとも恨みでも晴らそうとわざとやっているのではないか?」


 「いや、私は……」


 話が全然進まないぞ。あれ? そもそも何しに来たんだっけ?


 「タラタラさん。僕は何しに来たんでしょう?」


 「知るか!! それに儂をタラタラと呼ぶやつには教えてやらん」


 工房長の名前なんだよね? 多分、大多数の人はタラタラって呼ぶと思うんだけど、それでいいのかな? 


 「じゃ、じゃあ、ミケちゃん。教えて」


 「ミ、ミケちゃんだと? まぁ、それなら教えてやらんでもない。だが!! お前が来た理由は本当に分からん」


 「ミケちゃん……」そんなことを呟いて、後ろで笑っている父上にミケが金槌で頭を叩いた。


 「う、うぎゃああああ。痛い痛い痛い」


 父上も大げさな演技をするものだ。なんだかんだ子供然とするミケの悪ふざけに乗ってあげるなんて、優しいところがあるんだな。


 「止めてくれ!! 私が悪かったからぁ!!」


 微笑ましいのは最初だけだな。段々、見苦しくなってくるな。おっさんが悶え苦しむ姿というのは。


 ミケが再び金槌で父上の頭を叩くと、急に父上は静かになった。


 ははん。この一連が遊びだったってことか。この二人、意外と仲がいいんだな。


 「ロラン。勘違いするなよ。この女は危険だからな。こいつが持っているのは洗礼の金槌。持っているものに悪意がある者を叩くと激痛が走る代物なのだ」


 へぇ。それは便利なものだな。悪意があるかどうかを見極められるだけでなく、ダメージを相手に与えられるのか。考えようによってはかなりのすぐれ物だぞ。


 父上はしばらくお休みをするそうだ。


 「その金槌はミケちゃんが作ったの?」


 「そうだ。儂の傑作と言えるものだな。なにせ、これを作るのに五十年はかかったからな」


 ダメだ。見た目は少女のくせに五十年とか聞いても、全く信憑性が湧かない。困ったな……。ん!?


 「思い出したぞ!! ここに来た目的を」


 「儂の話は無視か? まぁいい。それで?」


 シャンドル領に新たな村を作り、工房を誘致したいことを伝えた。


 「ふむ……まぁ、クラレスから話は聞いているからな。断るつもりはないが……少々厄介なことがあってな。すぐに動けんのだ」


 「こっちも村がすぐに出来るわけじゃないんだから、時間は結構余裕があると思うけど」


 それでもミケは唸っているだけだ。


 「弟子を遣わすつもりだったんだが、今は大切な時期なのだ。領内の工房で開かれる技術審査の開催が来年に迫っていてな。それに追われているから……間に合わないと思うぞ。動けるのは工房長くらいなものか」


 んん? その言い方だと……


 「ミケちゃんが来てくれるの?」


 「行くわけ無いだろ!!」


 誰でも来てくれると勘違いするでしょ? そういう意味深な言葉は本当に辞めて欲しい。


 「とはいえ、全く可能性がないわけではない。実はな、お前が村を作る場所というのは、ある特殊な鉱物がある場所なのだ。もちろん、簡単に採掘できるものではない。それを採掘できたなら……行ってやらんでもない」


 んんん。来年を待つか。


 「ちょ、ちょっと待て。儂が行ってやると言っているんだぞ? 少しはやる気を出したらどうなんだ?」


 「実は土魔法をあまり使うなと言われているんですよ。だから、採掘はちょっと勘弁してほしいっていうか……正直、ちょっと面倒……」


 「そう言う風に言わないでくれ。ちょっと寂しくなるではないか!! 実は採掘場所の目星は付いているのだが、土魔法に長けているというのが領内にはいなくてな……お前については、少し噂に聞いていたからな。どうだ? やってみないか? 今なら、そうだな。剣もつけよう!!」


 なんだか、押し売りの常套句のようなものが飛び出してきたが、目星がついているなら、土魔法もそんなに使わないだろう。


 「分かったよ。ただ、僕はこの土地には疎いから案内くらいしてくれるんだろ?」


 「もちろんだ。鉱物のためなら、労は惜しまないぞ」


 僕に頼んでいる時点で、労を惜しみまくっている気もするが……まぁいいか。とにかく、タラタラことミケちゃんの勧誘出来る可能性が出てきた。考えてみれば、これはすごいチャンスかもしれない。少し頑張ろうと思った。


 ちなみに……帰りに父上から聞いたが、ミケちゃんが自分の本名を呼ばせるのは凄く珍しいらしい。父上は僕の容姿がミケちゃんの心を動かしたと思っているみたいだけど、本当のことは本人以外誰も分からないだろう。

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