初対面
執事に案内されたのは、数ある部屋の前だった。部屋には、僕だけが入ることが許され、ニッジ達は廊下で待っていることになった。
「こちらにどうぞ」
おそらくこの部屋の先には、これから争わなければならない兄弟が待っていることだろう。どんな兄弟だろうか? そればかりが気になって、争うことなどあまり考えなくなっていた。
部屋が開けられ、一歩踏み込むと、まず目の前に見えたのは大きなシャンドル家の家紋だった。そして、その下に鎮座するように座っているのがシャンドル公。僕の父上だ。その前には二人の男が立っていた。どちらの男もこちらを見ようとせず、父上の方をじっと見つめている。
ちょうど父上と二人の男が対峙している状態だったので、父上とはしっかりと目が合っていた。目礼したが、じっと見つめ返されるだけだった。どうやら、この場ではいつもの父上という訳にはいかないようだ。
すると横からセヴァスが現れて、二人の男の横に立つように誘導された。横に並ぶと分かるが、僕は二人に比べると小さい。僕が一番年下なのだろうな。横目でちらっと見ただけだが、一人はさっき会ったヘレルだ。皺の寄った服は流石に着替えたようだ。
もう一人は、初めて見るな……って当たり前か。金髪に朱眼をしていて、ヘレルよりいくらか背が大きい。ヘレルもそれなりに大きいから、僕からすれば相当大きく感じるな。二人共、僕が横に並んでも微動だにしない。僕もそうした方がいいだろう……。
「三人共、よく集まってくれた。今日は今まで行方不明になっていた我が息子ロランを紹介しようと思う。ロラン、自己紹介をしろ」
えっ!? いやいや、聞いてないですけど? 急に言われてもな……そもそも、どっちを向けばいいんだ? 二人共、父上を見ているし……とりあえず、父上の方を向いて……
「おほん!!」
父上は咳払いをして、二人の方に顎を向けていた。ふむ……僕は二人の方を向き直した。といっても、二人はこっちなんて向いていない。まぁいいや。
「僕はロラン。旧都のスラムから来ました。歳は12歳です。ええと……色々わからないことが多いと思いますが、よろしくお願いします」
すると、二人の男はこっちを見ずに拍手だけしてきた。よくわからないけど、とりあえずは歓迎されているって思ったほうがいいのかな?
「うむ。ロランの言った通り、スラムで生まれ育ったせいで貴族の暮らしに疎いところがある。まぁ、それもすぐに慣れるだろう。さて、本題だが……ロランを正式な後継者候補として認めるつもりだ。これからは三人で、切磋琢磨し後継者としてふさわしい人格を備えてくれ。以上だ」
そういうと父上は、立ち上がり部屋を離れていってしまった。立ち上がったときに、二人は一礼をしていたが、僕は遅れてやったため、僕の横を過ぎ去った後だった。父上が退出したことが、ドアが閉まる音で分かった。
本当に僕の自己紹介だけで終わっちゃったけど、もう帰ってもいいのかな?
僕がドアの方をじっと見ていると、急に肩を捕まれ、振り向かされた。そこにはヘレルの顔が直前まで迫っていた。まさか、こんなところで? と思ったが、どうやら違うようだ。
「さっきは世話になったな」
どうやら挨拶のようだ。顔が近いから、口づけでもされるのかと思った。
「こちらこそ。なんか、服を汚してしまってスミマセンでした」
「くっ……いいか。あれでいい気になるなよ? スラム風情がこの……ちっ!! その手を離せよ。ウォード」
何かを言いかけてやめたのは、ヘレルの後ろにいた金髪の男がヘレルの肩を掴んでいたのだ。
「子供相手に少し興奮しすぎじゃないのかな? ヘレル」
落ち着いた大人びたような声をしている人だな。ウォードっていったっけ? 見る感じ、細目で少し微笑をたたえたイケメンだ。ちなみにヘレルもイケメンの部類だけど、言動がちょっと落ち着きがないと言うか……まぁ、僕としては嫌いではないけど。
「いつも全て見通しているみたいな言い方しやがって。反吐が出る。ウォードだって親父の考えに納得いってないんだろ!? 急に後継者候補を増やして、しかもスラムからだぞ。このシャンドル家にスラムの血をいれても構わないって思っているんだぞ?」
「父上のお考えだ。我々が口出ししていいものではないだろ。それに先に国王陛下が血統主義の決別を宣言なされたのだ。ヘレルはそれに従えないというのか?」
「いい子ちゃん振りやがって。こんなスラムのガキに出し抜かれたら、お前だって気分が悪いんじゃないのか?」
激昂するヘレルに落ち着いているウォード。この二人は近い年齢でありながら、正確は正反対という感じだな。ヘレルは僕の存在をいいものとは思っていないと言っているが、ウォードは父上や王の言葉だからと自分の考えを言っていない。正直、ウォードは苦手かも知れないな。
「さっきも言っただろ? 父上が決めることだ。ロラン君が後継者となるならば、それは我々より優れているということだ。それはヘレル。お前の場合も同じことだ。だからこそ、父上は切磋琢磨せよと、仰せられたのだ。もう少し、父上の気持ちを……」
「うるせぇ!! 父上、父上と。いつもそればっかりだな。お前は自分の考えがないのかよ!! やっぱり、お前は後継者の器じゃないな。オレが後継者になったら、お前をこき使ってやるからな。待っていろよ。ウォード」
ヘレルは僕を一瞥だけして、部屋を去っていった。
ウォードはヘレルの後ろ姿を見つめ、僕に視線を向き直した。細目が一層、細くなり、睨みつけるような視線を感じた。
「あの、ウォードさんは……」
「ウォードでいい。君が年下でも、立場は対等だ。君がどういうつもりで、シャンドル家に来たかは分からないが……ここは地獄だよ。その覚悟はあるのかい?」
他の人にも言われたような気がするな。でも、ここが地獄どころか……
「素敵な場所じゃないですか。スラムでは知ることも出来ないことがたくさんありますし……それにメイドさん、すごい美人が多いじゃないですか。それだけでここは天国みたいですよ」
「ふふっ。君は面白いね。全く……父上もとんだ者を連れてきたものだね。でもね、この戦争は……私が勝つよ。君が何者で、どんな手段を使ってもそれは揺るがないよ。もちろん、ヘレルにもね。まぁ、後継者が選ばれるのは、まだ先の話だ。それまでは公爵家令息という身分を精々楽しむがいいよ」
まだ勝負が始まってもいないのに、何を言っているんだろ? それとも、なにか根拠があっていっているのかな? それはともかく、ウォードの言うことは正しい。今を楽しまないと損だもんね。
「分かりました。今まで出来なかったことを精一杯楽しみたいと思います」
「それがいいよ。君はヘレルと違って、物分りが良くて助かるよ。ヘレルは……いや、止そう。いいかい? ヘレルには気をつけたほうがいいよ。直情的な正確だと思っていたら、足元を掬われるかも知れないよ。一応、忠告だけはしたからね」
僕の肩をポンと叩いてから、ウォードは部屋を去っていった。残された僕は二人の兄のことについて考えることにした。
ヘレル……直情的で、思ったことを口にするタイプのようだ。ウォードとはぶつかり合っている関係だ。後継者争いに一番執着している印象。周りのやり方に従うのが嫌いで、自分の思い通りに事を進めたいという気持ちが強いようだ。
ウォード……何を考えているかわからないタイプだ。ヘレルとは逆のタイプだ。話し方は優しさを滲み出しているが、言葉には冷たさが宿っている気がする。僕やヘレルを全く相手にしていないということがよく分かる。なんというか、見ている世界が違うって感じかな。
最後に、ヘレルには気をつけろと言っていたが、どういう意味だろうか? その意味だけを捉えると、思いつくことがある。ノーマンだ。
そういえば、ノーマンは前まではヘレルに仕えていたって言ってたな。ふむ、確かにきな臭いけど……安直なような気もする。こんなすぐにバレるようなことをヘレルがするだろうか?
分からないけど、後継者候補に刺客を差し向けることは自分に悪影響が出ることは間違いないと思うんだ。そうなると、ヘレルが首謀者だとしてもわからない方法を取るはずだ。
それにウォードも怪しいと言えば怪しい。ヘレルについて、思わせぶりな言動が多いし、なにより気をつけろという言葉が、怪しい。
どちらが首謀者でも、直接的には名前が出ないはずだ。そこをマリアがどこまで調査できるか……。
……そういえば、ずっとご飯食べていないから、お腹空いたな。僕も屋敷に戻って、何かを食べようかな。
「ロラン様。しばしお待ちください」
部屋を出ようとすると、執事に呼び止められた。
「当主様がお呼びです。執務室に向かってください」
何の用だろう? お腹が空いているから、後にしてほしいけど執事の雰囲気からはダメそうだ。ならば……
「分かりました。ただ、ちょっと頼みごとをしていいですか?」
執事にお願い事をしてから、再び執務室に向かった。そう、あの無駄に広い部屋に。
……またやらないと、ダメ?
「父上ぇ!! ロランです!!」
しばらくして……
「おお。今行くぞ」
もうさ、僕が来るの知っているだから扉近くで待っててもいいんじゃないかな? まぁ、父上がこっちに来るまでの間に僕のやるべきことをやらせてもらうだけだけどね。
「待たせたな……ロラン……私は初めて見たぞ」
「もぐもぐ……何がです? それにしても、シャンドル家の食事は美味しいですね」
「まったく……緊張感のないやつだな。どれ、私にもくれぬか?」
「いやですよ。一人前しか頼んでないんですから」
「何を言う!! 私はここの当主だぞ。少しくらい分けてくれてもいいではないか!!」
「だったら、頼めばいいじゃないですか。当主なんだから」
「ぐ……当主を敬わないから後継者候補として減点だ」
父上は意外と……ケチ臭い人だった。




