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当主への挨拶

 馬車はついにシャンドル領の領都スフィンタールに到着した。町並みは王都に劣るものの、それでも王家についで二番目に領土を誇るシャンドル家のお膝元である。人口30万人、魔法の研究が盛んで、街中で魔法を練習している若い人たちの姿が多く見られた。


 彼らもおそらくは数年後、戦争に駆り出されてしまうのだろうか。もっとも、今は休戦中だ。これがずっと続けばいいけど……。


 僕達が乗る馬車を通るとき、必ず住民たちが頭を下げてくる。シャンドル家の威光というのは大したものだ。僕もつい頭を下げてしまうが、ニッジに窘められてしまった。ニッジだって最初は頭を下げて、マリアに小言を言われていたくせに……


 もう少し街並みを見ていたいところだけど、大手門からまっすぐに進むと城のような大きな屋敷が眼前に姿を見せた。といってもまだまだ先だ。おそらく、境界の壁を通り過ぎたので敷地内に入っているはずだけど、一向に付く気配がない。屋敷は見えているのに……どんだけ広いんだ?


 「マリア、着いたらどうすればいいんだっけ?」


 「まずは当主様への挨拶を先にして貰います。おそらく、そこで他の候補者と直に会うことになるでしょうが、すでに争いは始まっているとお考えください。相手の一挙手一投足に集中して、言葉を選んでくださいね。困ったことがあれば、合図をください」


 やっぱり緊張するな。父であるシャンドル公とは何度も面識があるが、候補者ってことは僕の異母兄弟ってことでしょ? 顔とか似ているのかな? どんな人達なんだろうか? マリアは警戒するべき人物と言うが、初対面の相手に敵対心を抱くのはなんか、難しいよな。


 「分かった。マリアは僕の横から離れないでくれ。ニッジとララは僕の後ろに。みんな、これから何が起こるか分からないけど、よろしく頼むね」


 三人は一様に頷いた。もはや後戻りは出来ないぞ……。


 馬が嘶き、とうとう到着したようだ。小さなノックが聞こえ、馬車のドアがゆっくりと開けられた。


 「ロラン様、それと側付きの皆さん、お待ちしておりました。私は当主クラレス様の筆頭執事をしておりますセヴァスと申します。すでに旦那様は執務室に到着しておりますので、そちらにご足労願えないでしょうか」


 よく透き通るような声をする初老の白髪まじりの男だった。きっちりとした身なりをし、相当鍛えているのか鎧のような筋肉を持っているようだ。執事と言うよりは古参の兵士といった感じだ。そんな男が見事な佇まいで、僕達を案内してくれる。


 こういう時はどうすればいいんだ? するとマリアが目礼だけしろと小声で言ってきた。


 なるほど。目礼をするとセヴァスは少し満足げに返礼をしてきた。


 「セヴァス様。主人のお迎え、ありがとうございます。私はマリア。ロラン様の側付きを勤めさせて頂いています。以後、お見知りおきを」


 「マリア……はて、どこかで聞いたことが……まさか」


 セヴァスはどうやらマリアの何かを知っているのか、驚愕の表情を浮かべたが、マリアの視線で黙ることにしたようだ。


 「私はここではロラン様の側付きに過ぎません。詮索は無用に願います」


 「これは失礼を。おそらく他人の空似ということでしょう。いや、失礼しました。では、ロラン様。旦那様のところに案内いたします。荷物は……」


 事務的なことはマリアに任せておこう。僕は馬車から降りて、久々の外の空気を思いっきり吸った。この辺りは王都より少し寒いのか、ブルっと震えてしまった。


 それにしても……すごいな。驚くべきところが多いけど、なによりもメイド服っていうのかな? 同じような服を来た人が百人。二列に並んで、僕達を出迎えてくれている。きれいな女性に混じって、男性もちらほらいる。


 男性はまるで兵士のように体が大きいのが執事をする上で最低条件なのかな? まぁ、護衛も兼ねているのかも知れないな。まぁ、筋肉執事より横にいる美人執事を見ている方が癒やされるな。しかし、みんな表情がない感じだな。こんなものなのかな?


 どうやらマリアとセヴァスの話は終わったようだ。ここからはセヴァスの案内で屋敷を移動することになる。大勢の執事たちは一斉に僕に頭を下げ始めた。ちょっとビックリしたけど、こういうことにも慣れないといけないんだよね? 


 ん? なんか、視線を感じる……大勢の中の一人だけが頭を少しあげ、僕を見つめている男がいた。ただ、ほんの一瞬だったけど……なんか嫌な感じのする視線だった。顔は見えないけど青髪の少年だった、と思う。


 「どうぞ。旦那様はこちらになります」


 セヴァスの言葉に考えていたことが吹き飛んでしまった。今は、父上に会うことだけを考えよう。屋敷の中は、凄いの一言だった。正面に大きな階段が立ちはだかり、赤い絨毯が一面に敷き詰められていた。調度品の数々が並び、代々の当主だろうか? 肖像画が所狭しと飾られていた。


 そのどれもが朱眼を強調するような描かれ方をされていた。僕もいつかはこの肖像画のように……ちょっと気が早かったか。あっ、みんな待ってくれていたのね。


 「では、参りましょう」


 それにしても人っ気がないな。


 「セヴァスさん……」

 そういうとセヴァスが急に立ち止まり、いい姿勢を崩さずに振り向いてきた。


 「ロラン様。私のことは呼び捨てでお願いします。そうでなければ、皆への示しが付きませぬので」


 そういう物なの? なんだか、目上の人を呼び捨てにするのは……あ、ガーフェに散々タメ口だったわ。了解です!!


 「セヴァス。人がいないみたいだけど、こんなものなの?」

 

 「ああ、その事ですか。今日はシャンドル家の皆様がお集まりということなので、各員がそれぞれ対応に当たっておりまして」


 あれ? でもさっきたくさんいたよね?


 「ロラン様のご迎えだけのために集めたのです。旦那様のご命令でしたから。今はそれぞれ仕事についているところです」


 そうなんだ。やっぱり、全員集まっているんだ。そうなると会うことが出来るのかな。そんなことを考えていると、目的の場所についたようだ。セヴァスは静かにノックをすると、厳かにドアを開けた。


 「ロラン様。旦那様の執務室でございます。どうぞ、お入りください。奥に旦那様が待っておいでです」


 広い執務室だな。シャンドル公も随分と遠いところにいるな。いや、本当に広いな。なにここ。


 「セヴァス。どうすればいいの?」

 「お声を」


 なるほどな。

 「おーい!! シャンドル公!! 今着きましたよ!!」


 「ようやく来たかぁ!! そっちに行くから待っていろ!!」

 返事にかなり時間がかかったぞ。全く、この部屋どうなっているの?


 ……まだ? 


 「よく来たな。ロラン」


 「長いです!! 一体、どれだけ待ったと思っているんですか? この部屋、おかしいですよ」


 怒りをぶつけずにはいられなかった。こんな理不尽な部屋に案内されて、シャンドル公が来るのにどれだけ待たされたか。


 「まぁ、そんなに怒るな。この部屋については……セヴァス教えてやれ」


 「はっ……ロラン様。シャンドル家が魔法師を排出しているのはご存知の通りかと」


 「もちろん知っているよ。王国で最強の魔法師の家系だよね」


 「その通りでございます。かつて、その最強を保つためにある儀式が行われていました。それが後継者を決める決闘でございます。強き者が後継者となり、最後に当主に挑むのです。見事勝つと次期当主となるのです」


 へぇ……それで?


 「その決闘の場がここなのです。魔法師らしく広い空間で雌雄を決する。まさにシャンドル家ならではの部屋となっているのです。今では儀式は行われていませんが、ご先祖様に敬意を払うために、この部屋で執務をなさるのがしきたりとなっております」


 ……あれ? 変って感じちゃマズイのかな? 儀式があったのはいいんだけど、なんで執務室なの? 決闘のための部屋とかでいいんじゃないの?


 「当主がいるのは執務室。というのが貴族様のお考えなのです。そして、何時も油断してはならないというシャンドル家二代様の言い伝えを忠実に守っておられるのです」


 それで、この部屋? 正直、執務しづらくないのか? シャンドル公が笑って答えてくれた。


 「今ではこの執務室を使うことも稀だ。大抵は王城の宮廷魔術師用の部屋だからな。今日は久しぶりにご先祖様の心に触れようとしたのだ。ところで……後ろにいるのはお前の部下か?」


 僕は頷く。するとマリアを筆頭に自己紹介を始めた。やっぱり、シャンドル公もマリアの姿に眉をひそめる様子があった。


 「ロラン……凄い人物を部下にしたものだな……まさか『霧隠』を生きて見ることが出来るとは……」


 なにそれ? ちょっと面白いな。『霧隠』?


 「マリアってそんなに有名人なんですか? 僕はシスターとしての顔しか知らないから分からないけど……マリアは過去に何をやったの?」


 「前にも話しましたが、戦場を駆けていた時があったのです。確か、そんな名前で呼ばれていたかも知れません。その程度なので、私にはなんとも……」


 シャンドル公は首を横に振り、これ以上話題を続けるつもりはないらしい。


 「ところで、ニッジと言ったな。農業に詳しいそうだな」


 「はひ!!」


 はひ、ってなんだよ。貴族の前だからって、緊張しているのか? まぁ無理もないか。貴族に憧れていたもんな。二人であれこれと農業の話をしていたが、確認程度に過ぎなかった。まぁ、ニッジが返事しかしなくて会話が続かなかっただけだけど。


 ララについては、シャンドル公がこっそりと「お前の女か?」と聞いてきた。「十歳の少女ですよ」って答えたらものすごく驚いていたな。


 「ふむ。良き部下を連れてきたな。実に頼もしい限りだ。今日は疲れているであろう。詳細は後日としよう。あとで兄弟にも会わせる。その間は部屋でゆっくりと寛ぐがいい」


 「ありがとうございます。シャンドル公」

 「ん、おほん!! 父上、と呼んでくれても構わないぞ」


 ん? なんかよく聞き取れなかったな。首を傾げていると、横からセヴァスが小声で話しかけてきた。


 「旦那様はロラン様に父上と呼ばれたいようなのです。私も色々と相談に乗った手前、呼んでいただけると……」


 「これ‼ セヴァス、余計なことを言うな。まぁ、呼び方は自由にするがいい」


 何な王都で会ったときと人が変わっていないか? もうちょっと威厳が会ったような気もしたけど。今はスラムにいるおっちゃんとあまり変わりがないぞ。


 「分かりました。それでは……父上。と呼ばせていただきます。それでは、父上。また後ほど」

 「お? おお。また後でな」


 僕達は別の執事に案内され、執務室を後にした。後ろのドアから喜びの雄叫びが聞こえてきたが、それが誰のものかは誰にも分からなかった……。


 長い廊下を進むと、急に執事が立ち止まり道を譲るように脇にそれ、頭を下げ始めた。


 「お前がロランか……小汚い格好したスラム出身の子供だな。まったく、父上も何を考えておられるのやら」


 まるで空気に話しているように僕と目を合わせずに話す男がいた。壁に身を寄せ、腕を組んで立っている男は、きれいな服に身をまとい、きれいな栗色の髪をなびかせ、朱色の輝く瞳を持っていた。


 軽やかな足取りで、僕の目の前に立ちはだかった。


 「オレは、クラレス=ガーライル=シャンドルが子、ヘレル=ガーライル=シャンドルだ。お前の兄だ。ようそこ。スラムのロラン、君」

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