マリアの誓い
ガーフェとの話は実に有意義なものだった。おかげで情報戦でも有利に事が運ぶことができそうな感じだ。と言っても、まだ後継者争いというものの実感が湧かない。周りは大変と言っても、案外平和的なのかも知れないと甘く見ている自分がいた。
「ガーフェ。それでは人選の件をよろしく頼む」
「承知しました。できるだけ、精鋭を揃えておきまのでご安心を」
精鋭? 変な言い方だな。ああ、なるほど。農業のプロということだな。村作りに必要な人員はなんといっても畑作りのプロだ。精鋭というのは、そういうことだろう。
「ニッジも肥料づくりとスラム畑の引き継ぎを頼む。各地に派遣することを含めて、今後の計画を練っておいてくれ」
「了解だ。スラム印の肥料を王国中に広めてやるよ。そしたら、金の全部がロランの懐に……燃えてくるな」
いやいやいや。懐にいれちゃマズイでしょ。ちゃんとスラムの人達のために使わないと。そんなこんなで解散することとになり、さっき帰ってしまったマリアを追うことにした。といっても、ガーフェ達とは長いこと相談していたから、マリアはすでに教会に着いているだろうな。
「シスター!! いますか?」
そこには……全裸の美しい女性が立っていた。まるで一流の彫刻のように立つ姿は女神のようだった。こちらを見つめる翡翠色の瞳はぞくっとするほど美しかった。
いやいや、なんで裸? 誰か来たらどうするつもりだったんだ? 素早く近づき、羽織っている服をマリアに与えた。
「シスター。どうして、そんな姿に?」
「私は考えたのです。どうやったら、ロラン様のお気持ちをこちらに向けることが出来るかと……こうなったら既成事実を作ってしまえと悪魔の声に耳を傾けてしまいました」
それで裸に? シスターとして終わっているような気もするけど……この人、今ではなんちゃってシスターだからな。責めることも出来ないな。
「とりあえず、服を着てもらえませんか? 目のやり場に困ると言うか……見ていたい気持ちもあるんですが、流石に凝視するのは男として最低なような気もするので」
「分かりました……」
なんだか元気のないマリアを見るのは、心が苦しくなるな。いつもみたく、明るくいてほしんだけど。
いつもの服装になったマリアは相変わらず元気がない。
「シスターはどうして僕と結婚をしたいの?」
「単刀直入ですね。まぁ、回りくどい言い方は嫌いですから、今は有り難いですわ。正直に言って、分からないのです。なぜか、ロラン様の前では心が高ぶると言うか、魂が震える感じがするのです。それは恋とは違う……気がします。なんというか……ロラン様に全てを捧げたいと思うのではなくて、感じてしまうのです」
?……??……ごめん。意味が分からない。好き、とか言われたほうが分かりやすいのに。恋でもないって言うし。
「私にはエルフと人間の血が入っているのは以前話したと思います。その血のせいかもしれません」
んん? どっちかな? でも人間だよね。エルフになにか思わせるようなもの、僕にはないから。
「もしかしたら、ロラン様にはエルフの血が入っているのかも知れませんね。それが私を狂わせるのかも」
あれぇ? エルフの方だった? かなりぶっ飛んだことを言っているような気もするけど。どうする? そうだね。とか言っておいたほうがいいかな?
「いいえ。何も言わなくてもいいです。私でも何を言っているのか分かっていませんから。ただ、この分からない理由を知りたいのです。そのためにロラン様から離れなくないのです。婚約はティスのことでムキになってしまっただけど、本当は一緒にいたいだけなのです。ダメでしょうか?」
そんな潤んだ瞳で言われたら……ダメと言えないくないか?
「教会と孤児院を移設するって言ってたけど、本当に出来るの? 教会の薬を頼りにしている人もたくさんいるんでしょ?」
「簡単ですよ。教会と孤児院は人さえいれば、教会と孤児院なんです。建物に意味はないですわ。思い出が詰まった建物から離れるのは辛いですが……ロラン様から離れることはもっと辛いです。薬は……ティスが作っていますから。ティスがスラムを離れたなら、扱えなくなるでしょ?」
まぁ、そうだね。そう言われると、何か問題があるようには感じないか。
「じゃあ、新たな村に暮らすってことでいいのかな?」
「いいえ。出来れば、ロラン様の護衛として側に置いていただければ」
それじゃあ、孤児院の面倒は誰が見るんだ?
「孤児院は終わりにしようと思っています。移設はしますが、実は引き取り手を見つけてあります。最近は食料も手に入りやすくなりましたし、子供を養っても構わないという家族も出てきました。その人達に預けようかと。ですから、私はロラン様の護衛に専念できますよ」
そうなのか。それはちょっと安心かな。やっぱり、家族で暮らすのが一番だと思う。たとえ、義理であったとしても。それは僕が一番知っていることなんだ。マリアもずっとそれを思っていたのかも知れない。そのタイミングが今何だって。
「じゃあ、よろしく頼むよ。シスターが側に居てくれるのは、僕にとっても有り難いしね。でも、本当にいいの? 今の全てを捨てることになるんだよ?」
「ふふっ。言ったではありせんか。ロラン様から離れるほど辛いことはないって。側に居られれば、私はそれ以上のものは要らないのです。私、マリア=ゾクソーは今より、ロラン様の忠実な部下としてお仕えします。ロラン様に降りかかる槍あれば、盾になりましょう。敵あらば槍となりましょう。そして、未来永劫お守りすることを誓います」
片膝をつき、まるで騎士の誓のような言葉をすらすらと語るマリアの姿に、心が凄くときめいた。こんなかっこいい女性だっただろうか?
「かつて戦場で槍働きしていた頃を思い出しますね。そうそう。もしムラムラしてきたら、いつでも貸すので遠慮はいりませんからね」
ああ。やっぱりダメだった。せっかくカッコイイと思っていたのに、なんで余計なことを言うんだろうか。それでも、さっきの裸を思い出して、拒絶できない情けない僕がいた。
「シスター……」
「これからはマリアと呼んでください。おい、とかお前、とかでもいいですからね」
なんで息が荒いんだ? なにか興奮する要素でもあったかな?
「じゃあ、マリア……大丈夫か?」
「何な鼻血が出てしまって……」
全然締まらないな。そうだ……忠臣の者への証というものを作ろう。師匠にも作った時、やっぱりこういう証みたいなものは必要だと思うんだ。結婚が人生を共にするというのなら、忠臣とは命を共にするんだ。
考えたのはブレスレッドだ。これなら男でもつけていても変じゃないよね。金だったら、防御力とかの貢献はないけど……それしか金属持っていないし。
「マリア。これをあげるよ。僕に誓ってくれたお礼だ。受け取ってくれないかな?」
「これは……私のために? ありがとうございます!! 一生大事に……ああ、また鼻血が」
まぁいいか。マリアの鼻血が止まるのを待ってから、家に戻ることにした。
「どうして、マリアがロランと一緒なのだ? お前など呼んでいない。帰れ帰れ!!」
「ふふっ。ティスには関係ないでしょ? これが見えないの?」
「それがどうした? たかが金のブレスレットごときで自慢するとは、落ちたものだな」
「これが分からないなんて、ティスこそ落ちたわね。これはロラン様のお手製のブレスレットよ。私のために作ってくれたの。誓いのお礼なのよ。分かるでしょ? もう、ロラン様と一緒にいることを遮るものは何人いないことを」
「なに? 誓いだと⁉ 遅かれ早かれと思っていたが、まさか、こんなに早いとは……だが、マリア。私のほうが先なのだからな。その辺りをしっかりと認識しておけよ」
二人は会ってすぐに言い合いが始まってしまった。
「ティスこそ勘違いをしているのではないですか? 誓いと言っても婚約者なんてものではないです。騎士の誓いですよ。戦場でロラン様のために槍となり盾となる。家にいて、飲み食いしかしないティスとは違うのです。あなたこそ、認識を改めたほうが宜しいのでは?」
「ぐぬぬ……騎士とは名ばかりではないか。ロランはまだ後継者ではない。側付きごときで偉そうにするではない。むしろ、婚約者はロランの身分がどうなろうと変わりはしない。家に帰ってきたロランを癒やすのは私の仕事だ。どちらが偉いかは明白ではないか」
「何が、癒やすよ。ティスが一方的に癒やされているだけじゃないの!! 家事もしない、酒を飲むだけ。練るだけの生活をしているくせに。あなたがロラン様にしてやれることなんて、体を提供するくらいじゃない」
「そこまで言うなら、勝負しようではないか。どちらがロランに癒やしを与えられるか。その勝者が上だということだ」
「いいでしょう。ティスに負ける気はサラサラないですが、上下関係をしっかりと理解させるいい機会ですね」
「それはこっちの台詞だ。ロラン。とりあえず、飯だ。腹が減っては戦は出来るのだ」
「へぇ。すでに勝負は始めっているのでは? まさか、ロラン様に食事の準備をさせるつもりですか? 癒やしを本当に理解しているのですか? これは勝負にならなそうですね」
マリアの高笑いが部屋に響いた。二人の話は放って置いて、夕飯の支度をするか。僕も腹が減ってきたよ。包丁を手に取り、材料を切ろうとすると横から師匠が包丁を奪っていった。
「貸せ!! 今日から私が作る。ロランは酒でも飲んでゆっくりしていろ!!」
「ロラン様がお酒なんて飲めるわけないでしょ? 包丁は私が握ります。ティスこそ、酒でも飲んでいたら宜しいのでは」
「やかましい!!」
二人の喧嘩は台所で繰り広げられ、とんでもない料理が出された。知らなかった……師匠はともかく、マリアがこんなに料理が下手だなんて……。なんとか無理やり食べたけど……それから一ヶ月、その攻防は繰り広げられた。
結果は……勝負がつかなかった。だって、マリアも師匠と同じくらい家事が下手だったんだ。結局、僕が二人の食事を作って、掃除も洗濯を任せられなかった。
ああ、癒やしが欲しい。




