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スラムの今後

 師匠との変な約束を取り交わして、気分は嬉しいような心配するような、なんとも複雑なものだった。といっても今すぐという話ではないので、切り替えていかないとな。残り時間は思ったよりも少ないだろうから、やれることはやっておきたいんだ。


 「ガーフェ。色々と心配をかけてしまったね」


 「滅相もありません。我々の不甲斐なさゆえに、ロラン様を窮地に追い込んでしまったのです。しかし、驚きましたぞ。まさか、ロラン様がシャンドル家のご子息だったとは。その朱眼も今にしてみれば、シャンドル家のもの。遅くなりましたが、納得いたしました」


 やっぱり朱眼って、そんなにインパクトがあるものなんだね。でも、ガーフェが僕の身分が変わっても、変わらず接してくれるのにちょっと安心した。


 「それでスラムについてなんだけど……」


 僕は王とシャンドル公と交わした約束について、説明した。今後、いや今でもそうだけど、スラムに関してはガーフェに任せることが多くなる。そのための意思疎通と連絡方法を確立しておきたいんだ。


 「こんなものかな。それでシャンドル領に新たに作る村にスラムの人達を……」


 「いや、しばらく。整理する時間をください。なにやら、スラムにも大きな変化が訪れそうな予感がしますな。これは真剣に考えねばならないでしょう。いかがでしょう? ニッジ君も呼んでは。彼はすでにスラム畑の取締ですから」


 確かにその通りだ。肥料作りに関することも相談しなくてはならないのだ。ガーフェはすぐに孤児院宛に連絡役を送りつけた。ニッジのことだから、すぐに来てくれるだろう。案の定、一時間もしないうちにやって来てくれた。そこには思わぬ人物、マリアの姿もあった。もちろんララも一緒だ。


 「ニッジ、早かったね」

 「当たり前だろ。重要な話があるって聞かされて飛んでこないわけには行かないだろ?」

 

 「シスターも来てくれたん……んぐ」


 マリアは言葉を待たずに抱きついてきた。この挨拶も久しぶりだな。

 「数日、お会い出来なくて、とても辛かったです。はあ、ロラン様の匂い……たまりません」


 ようやく解き放してくれた。「この続きはあとで」なんて思わせぶりなことを言うものだから、皆の注目を浴びて恥ずかしい思いをしてしまった。マリアとは別に何もないからね? 本当だからね。


 うん。信じてくれないと思ったよ。


 「シスター。とりあえず、あとで話をしようね。今回はスラム全体についてとスラム畑について。そして、僕のことについて話をしよう。すでにガーフェには話したんだけど……」


 再び同じ話をした。ニッジはやっぱり興奮して聞いているようだ。


 「やっぱりロランは別格だと思ったぜ。オレの目に狂いはなかった。そうか、すでに貴族様だったってわけか。オレもロランについていけるって事だろ? こんなに早く夢が叶うなんて思ってもいなかったぜ」


 「わ、私も……」


 ララも話に加わろうとしてくるが、ガーフェの言葉に遮られてしまった。


 「さて、まずは何から話をしましょうか。流れとしては、スラム畑についてでしょうか。現状はニッジ君にお願いしているところが大きいですが、彼が抜けてしまうことを考えますと代役が必要となりますな」


 「ああ。そのことについては心配は要らないぜ。しっかりと後任は育てているからな。オレからはフォークを薦めるぜ。やつなら、上手くやってくれるだろう」


 知らない名前だ。でもガーフェは知っているようで、何度も頷いて理解をしていた。問題はなさそうだな。


 「ならば、次に肥料作りについて各地に技術者を派遣するという話ですが。これはどうでしょう?」


 「それについては心配はないな。肥料作りに従事している人は多いし、分かってしまえば難しい作業なんてないので肥料づくりだ。人手集めと技術者が数名いれば、どこでも肥料作りは出来るぜ。だから、各地に派遣っていうのもすぐは無理でも、近い将来可能なはずだ」


 「いい答えですな。畑と肥料作りに関しては特に問題はなさそうですな。ならば次は、シャンドル領について、ですな。ロラン様の説明では、新たな村を作ると。その村はスラムの人で構成するという話でよろしいですかな?」


 「そうするつもりだ。もちろん、スラム以外の人達以外を受け入れないというルールは作るつもりはないけどね。とりあえずはスラムの人達で、って考えてほしいかな」


 「分かりました。その人選をどのように選ぶか……それは私の方に任せてもらっても宜しいでしょうか?」


 意外な申し出にちょっと驚いてしまったが、スラムを熟知しているガーフェに任せるのが一番だ。もちろん、了承する。


 「ただ、シャンドル領にある工房に弟子入りする約束もあるからな。その人選も頼む」

 「分かりました。概ね千人程度ということなので、人選を急がせます。そういえば、ニッジ君以外に側近としてお連れする者はおりますか? 不肖、ガーフェもお供したいところですが、老体ですからスラムに残りたいと思っております」


 ガーフェが側に居てくれるのはかなり安心だけど、スラムからいなくなるのはかなり困る。ガーフェもその辺りは熟知していることだろうから、先に断りをいれたんだろうな。


 「残念だけど、ガーフェにはスラムをお願いするよ。僕が連れて行くのは、ニッジ……」


 だけ、と言おうとしたがララからの熱い目線を無視することが出来なかった。


 「とララかな」


 他からも熱い視線が。マリアからのものだった。貴方はダメでしょ。教会もあるんだし、孤児院だって。


 「いいえ。私も行きます」

 

 うわ。自分で宣言しちゃったよ。


 「シスターには……」


 「全て、シャンドル領に移動します。それで問題はないでしょ?」


 いや、だって。教会ってそんな簡単に移動できるものなの? 許可とかなんとか、結構うるさいんじゃないの?


 「勘違いしているようですが、私は教会には属していません。とうの昔に辞めてしまいましたから。ですから、自由の身の私を束縛することなんて誰も出来ないんでしよ!!」


 高飛車に言っているつもりだけど、僕が拒んだら来れないんじゃないだろうか?


 「でも、師匠も行くことになっているんですけど……大丈夫なんですか? そのシスターって師匠と仲が悪いでしょ?」


 「ど、どういうことですか? ティスが付いていくって言ったんですか? ……信じられない。どんな心境の変化が。もしかして、たかられたりしていないですか? 食事の用意をしろとか。文句でも言ってきましょうか?」


 師匠のことを本当によく理解している人だな。


 「そんなことはないですよ。ただ……付いてくる条件として師匠とは婚約者になってしまいました」


 それを聞いた瞬間、マリアから聞いたこともない声を上げ、気絶してしまった。他の面々は、なにか理解したかのように頷くだけだった。


 「ロランの師匠、美人だもんな。羨ましいぜ!!」

 「ティス様の行動を理解するのは不可能ですが、こればかりは理解できます。ロラン様の魅力にティス様も陥落なさったわけですな」


 「わ、私も……」


 「絶対に許しませんわ!! こうなったらティスを殺すしか……」


 復活が早かったな。またしてもララの言葉は遮られてしまったが、内容は聞かないほうが良かったことかも知れない。


 「シスター。ちょっと待って。一応、お互いに納得したことだから。師匠は僕の近くに本当に居たいと思ってくれていると思うんだ。だから、放って置いてほしいんだ」


 「そうですか……そこまで言うのなら、ロラン様のご意思を尊重します……嫌ですけど。本当に嫌ですけどね。だけど、納得いかないことがあります」

 

 ん? なんだろ?


 「どうして、私とは婚約してくださらないのですか?」


 どうしてそうなる? そもそも婚約の話なんてしたことあったっけ? いや、それより……マリアって僕にそんな感情を抱いていたの? 子供の僕に? 


 「落ち着いて、シスター。この話は後でしたほうがいいと思うんだ。ここでは……シスターの威厳っていうか、尊厳みたいなものがボロボロ剥がれていくような気がするんだ」


 「分かりました。それでは私は教会でお待ちしております。そのとき、お話しましょう」


 マリアはとぼとぼとした足取りで姿を消した。ララも何かを言いたげだったが、すぐにマリアの後を追っていってしまった。


 「なんだったんだ? ロランもなんか……大変だな。でもよ、シスターもすごい美人だよな。婚約したいって言うなら婚約すればいいんじゃねぇの?」


 ニッジ……他人事だからって楽しんでないか? たしかにマリアは美人だし、優しいし……結婚相手としては申し分ないけど……恋愛とはちょっと違うんだよな。


 「ガーフェ。話を戻してもらってもいいかな?」


 「分かりました。しかし、シスターも虜にしてしまうロラン様の魅力は凄まじいものですな。これなら後継者争いも安心してみていられますな」


 それだけで決まるなら苦労はなさそうだけど……そんなことはあるまい。


 「ところでガーフェ。師匠にも言われたことなんだけど、情報を入手する方法が欲しいんだ。なにか、ないかな?」


 「情報ですか? 例えば、シャンドル家の内情や他の後継者候補の事とか、ですか?」


 さすがはガーフェだ。話が早くて助かる。頷くと、ガーフェは明るい顔をした。どうやらすでに腹案があったようだ。


 「それについては、すでに構築済みと言ってもいいでしょう」


 どういうことだ? どうやら、スラムでは子供を各地の貴族に奉公人として送っているらしいのだ。仕事のないスラムでは子供は生きてはいけない。そのため、貴族に送っているらしいが、実はその子供から情報が送られてきているようなのだ。


 「それって、バレたらまずくない?」

 「マズイですな。しかし、そうでもしなければ我々は生き残れませんから。城門での対応も見ていただいたから分かっているとは思いますが、王国では我々の存在は簡単に消されてしまう程度なのです。身を守る手段と考えていただければ」


 その情報があればこそ、生き残れたってことなのか。そう考えると、スラムの置かれている状況ってかなり厳しいんだな。


 「その情報網って、まだ生きているの?」

 「あまり機能はしていませんが、これからでも十分に機能はさせられますぞ。ただ、そのためには多くの現金が必要となります。どうされますか?」


 「必要なだけ言ってくれ。出せる範囲で、最大限工面しよう。ちなみに送られる子供ってどうやって選ばれるの?」


 「聡明で目利きが出来るものですな。年に一人程度と少ないですが、その分怪しまれることもありませんから」


 思いがけず面白い話が聞けたな。これなら、情報を入手することも難しくなさそうだな。

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