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師匠との約束

 王城からはシャンドル家の馬車に揺られながらの帰還となった。実に快適だったので、ほとんど寝て過ごしてしまった。家について、すぐに師匠のもとに駆け寄った。

 

 「師匠。僕はシャンドル公の子供だったみたいです。なので、シャンドル領に行ってきます。色々とお世話になってませんが、ありがとうございました。あ、それと食事の用意とかは今年で最後なので、来年から自分でやるか人を雇ってください。といっても、甲斐性がない師匠のために料理を作ってくれる人なんていないと思いますけど……」


 叩かれた。何度も叩かれた。若干涙目? まさか、僕との別れが寂しいとか?


 「私にだって料理くらい作ってくれる人くらいいるわ!!」


 そっち⁉ ただの癇癪か……まぁとりあえず、料理でも作るか。僕がいない間、ろくなものを食べていないだろうから、栄養のある物を作ってあげないとな。


 「師匠、何か食べたいものはないですか?」


 「そんなことはどうでもいい。それよりも酒は? 頼んでおいた酒があっただろう? まさか……今回も?」


 僕は出発前のロランではないのだ。ちゃんと買ってきましたよ。


 「しかも、箱で!! さあ、思う存分飲んでください!!」


 師匠は抱きつくように箱にしがみつく。


 「しかし、寂しくなるな。お前とはなんだかんだ11年間共に暮らしていたんだ。それももう少しで終わってしまうなんてな……この酒もそれまで持てばいいが」


 ん? どっち? 僕がいなくなるのが寂しいの? それとも酒? ……酒だろうな。凄く嬉しそうだもん。僕が王都から帰ってきたときよりも嬉しそうだよ。まったく……いつもどおりの師匠で本当に助かるよ。


 料理を食べているときも、なにかしんみりとしてしまった。


 「師匠。色々とシャンドル公……いいえ、父上から話は聞きました。リリー母上の話も。師匠は母上を助けてくれたのでしょ? そのお礼を……ありがとうございました。多分、師匠がいなければ、僕は生まれてこれなかったかも知れないんですよね?」


 「別に私は何もしていない。リリーのやつが勝手に押しつけていっただけだ」


 なにか寂しそうにする師匠の顔を見るのは初めてかも知れない。そんな表情の師匠を見ると、なにか胸が高鳴ると言うか、ドクンと感じる。この感覚は何なんだろう?


 「し、師匠はどうするんですか? このまま、スラムに残るつもりなんですか?」


 「さあな。ロランがいなくなるなら、しばらく旅に出るのもいいかもしれんな。行く宛のない旅というのも悪くないな」


 行く宛のない旅か……昨日までの僕だったら、どんなことがあってもそれに付いていくだろうな。ずっと夢見ていたことだし、師匠となら楽しくなるような気がするんだ。でも、僕は決めてしまった。シャンドル家で後継者となることを。そして、スラムの人達に多くの仕事を作ってやるんだ。


 「師匠が嫌でなければ、一緒に行きませんか? 父上も多分、賛成してくれると……」


 「随分とクラレスを気に入ってしまったんだな。一旦はお前とリリーを捨てた男だぞ。恨みこそあれ、というのが普通ではないのか?」


 多分、師匠の言うことが普通だと思う。捨てた親を許さる子供など、なかなかいない気もするけど、なぜだか憎しみとかはあまり感じなかった。それは多分……


 「師匠がいてくれたおかげだと思います。師匠は残念な人で、家事もやらないし寝てばかり、酒ばかり飲んでいる人でしたけど……この生活は嫌いではありませんでした。むしろ、楽しかったかも知れません。父上にも言いましたけど……僕は決して不幸ではなかったんです」


 「とんだお人好しだな。ロランは……そうだな……さっきの質問をもう一度してみろ」


 さっきの質問? 


 「スラムに残るんですかって話ですか?」

 「私はロランに付いていこう。私もお前といて退屈ではなかった。いや、むしろ今までの長い年月でもっとも充実した日々だったかも知れない。それにリリーと約束をしてしまったから。その義理でついていってやる」


 なんで、こんなに嬉しんだろう。また、師匠の面倒見れるから? でも、見れるのかな? 後継者候補として振る舞わらないといけないんだよね? どうなのかな?


 「凄く嬉しいです」


 「ただし、シャンドル家の屋敷に入るつもりはない。私はあの屋敷が嫌いなのだ。だから別の建物を用意してくれ。それくらい出来るだろ? 後継者候補のロラン」


 「もちろんですよ。父上に許可を貰って、土地をもらったんです。そこでスラムの人を連れて、村を作ろうと思っているんです。師匠の家もそこに作るといいですよ」


 「ほお。土地を、か。なかなかクラレスも思い切ったことをしたものだな。これはきっと、荒れるぞ」


 どういう意味だ? 父上は容易く返事をしていたような気もするけど……もしかして、凄い迷惑なことをしてしまったのかな?


 「普通ならな。だが、ヤツにとっては贖罪のつもりかなんかなのだろうな。まぁ、困るのはあいつだ。もらえる物はありがたく貰っておけ」


 でも、何が困るっていうんだろうか? 使わない土地だって言っていたし、開拓してくれるのもありがたいって言ってたよね? 師匠に聞くと、面倒くさそうにため息を付いた。


 「考えても見ろ。どこぞの馬の骨ともしれぬ者が当主から土地を貰うのだぞ。今まで後継者争いをしていた兄弟から見れば、どう映る? そいつが後継者に一番近いと思うだろうよ。そうなると、突き上げを食らうのはクラレスってことだ」


 土地は貴族にとって何よりも重要なものだ。そのため、どんなに広大な領有地を有する大貴族でも一寸の土地を失うことに神経を尖らせるものだ。その土地を与えるという意味は僕が考えているようにも大きいようだ。


 「でも、父上もそうですけど、僕も相当困ることになりませんか? 標的にされると言うか……」


 「そんなものは土地の話がなくても、標的にされる。どっちでも一緒なのだ。後継者候補……しかもシャンドル家の……一筋縄で行くとでも思っていたのか? その甘さは、本当の意味で命取りになるぞ」


 あれ? ちょっと怖くなってきぞ。後継者争いってそんなに熾烈なものなの? 


 「当たり前だ。クラレスのときも、後継者争いがすごくてな、一人死んだ者がいたな」


 直近の話じゃないか。


 「ふふっ。死んだものはもともと体が弱くて、ただの病死だ。でも、一時は暗殺も疑われた。それほど後継者争いというのは、色々な憶測が飛ぶものなのだ。後継者になるには常に正しい情報を掴み、正しい行動を心がけねばならない。私が言いたいことは分かるな?」


 なんとなく分かってきた。多分、以前父上にも言われたことだと思う。


 「信頼できる者を作れ」


 そう言っていた気がする。師匠も似たようなことなんだろうな。僕だけでは色々と限界がある。信頼できる人を側に置き、その者たちから情報を集めること。そして、行動を決めるために相談すること。


 でも、思いつくのは……ニッジとガーフェとマリア。そして師匠。でも屋敷内まで連れていけるのは、ニッジくらいか。ララもいたけど、最近は脳筋だから、まともな会話が難しくなってきている。基本、「押忍」しか言わないしな。完全にマリアの教育の失敗が原因だと思うけど……。


 この辺りは、ガーフェにでも相談してみよう。この辺りの話は詳しそうだからね。


 「そうそう。言い忘れていた。というか、今考えたんだが……」


 どっちなんだよ。まぁ、師匠のいつものことか。シャンドル領での酒の心配でもあるのかな?


 「私と結婚する気はないか?」


 流石に食べているものを吹き出してしまった。


 「ゴホッ……ゴホッ……な、何を言い出すんですか。冗談にも限度がありますよ」


 「冗談ではないのだが……実はな。前々から面倒だったのだ」


 言葉を省略するのを止めて欲しい。


 「男に誘われることが多いのだ。見ての通り、私は美女だ。誰の目にもそう映ってしまう。私もそう思う。それゆえ言い寄る男は数知れず。その対応をするのが面倒なのだ」


 つまり、男除けのために結婚するってこと? でも、こういってはなんだけど結婚したくらいでいいよってくる男の数は変わらない気がするけど……


 「お前はシャンドル家の後継者候補だ。そんな者に喧嘩を売るやつはこの国にはいないさ。どうだ?」


 どうだって言われてもな……自然と悪い気持ちにはならないけど。僕は結婚はもうちょっと本気の恋愛ってやつをしてから決めたいと思っているんだ。だから、こんな形で決めるのはちょっと……。


 「意外と純粋なんだな。まぁいい。今すぐというわけではないし、好きな女が出来たら、その者と結婚すればいい。私は二番でも三番でもいい。ただし、マリアより下は絶対にゴメンだがな。何でもあいつより上でありたいのだ」


 「一つ聞いていいですか? 本当に男除けのために僕と結婚しようと思っているんですか?」


 「どういう意味だ? 私がお前に恋い焦がれているとでも思っているのか?」


 「そうではないですけど、それだけなら別の方法だってあると思うんです」


 具体的に方法を提示できるわけではないけど、師匠くらいなら男避けの薬とか作れそうな気もするけど。


 「ふむ。実はな、私は恋というものをしたことがない。長い人生で一度もだ。それゆえ、男で感情が揺らいだことなど一度もない。だが、お前は別だった。それが恋かは分からぬが、お前は今まで出会った男で唯一、私の心の中にいることが出来た。それが答えだ」


 分からないけど……なんとなく師匠との距離が近づいたような気がした。それに初めてだ。師匠の本音みたいのを聞けたのは。それが堪らなく嬉しく感じた。


 「分かりました。けど、本当にこれからどうなるか分かりませんよ。あとで変えてくれと言っても聞かないかも知れないですからね」


 「ああ、構わない。私にとって結婚というのはそんなに重要なものになるとは思っていないからな。とはいえ、ロランはこれからは私の旦那様になるのか。なんとも面映いものだな」


 今すぐじゃないよね? この歳で奥さんを持つなんて嫌だからね。


 「ああ。そうだな。後継者として選ばれたらで構わないぞ。一応は婚約者という地位で。なにか、証のような物をもらえると助かるな。せっかくだから、明日から男除けの効果を発揮してもらいたいのだ」


 師匠が婚約者……なんで、こうなったんだろ? まぁ、本人がこんな調子だから、僕もそこまで本気に考えなくてもいいだろう。とりあえず当面の目標は後継者になることだ。


 適当なリングを作って師匠にプレゼントした。


 「ほお。悪くないな。金なら困ったら売れるからな。ふふっ。冗談だ。そんなに睨まないでくれ。旦・那・様!!」


 絶対にふざけているな。なんか、今から頭が痛くなるよ。


 「もう一度言っておくが、マリアの下だけにはするなよ」


 もうどんだけマリアが嫌いなんだよ。別にマリアと僕が結婚するわけないんだから、心配しすぎだと思うんだけど。

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