初めての魔法 前編
スラムでの生活は毎日が本当に楽しい。最近は、師匠の修行の合間に農業を始めることにした。なぜ、そんなことを始めたかと言うと、食料が手に入りにくくなってきているからなんだ。前々からスラムで調達できる食料が減ってきているとは思っていたけど、いよいよ本格的になってきてしまったんだ。
ここの人達は飢えに強い。貧しいから、食べないことなんて日常茶飯事だ。それでも食べなければ生きていけない。それを助けてくれていたのが、王国からの配給なんだ。金がある人だったら買えばいいけど、そんな人はスラムではごく少数だ。殆どの人はこの配給が頼りの人だったんだ。
そんな人達への配給もどんどん減らされ始めてきている。このまま王国の配給に頼っていては、いずれスラムの人達から餓死する人が出てきてもおかしくない。そうなる前に、僕は孤児院を巻き込んで、畑を作ってみることにしたんだ。
「シスター。なんか変なことを頼んですみませんでした」
「何を言っているんですか。ロラン君のお願いを聞いて、私は胸がキュンと……いえ、心が熱くなってしまいましたよ。口ではいいことをおっしゃる方は大勢いますが、行動に移せる人というのは少ないものですから」
ああ、なんて理解のある人なんだ。こんな人が身近にいて僕は幸せだ。
「でも、僕もシスターや孤児院の子供たちに頼りっぱなしですから、褒められるようなことは何一つありませんよ」
「いいえ。これが褒められないことなんてありませんよ。もう少し誇ってもいいんですよ!! それにロラン君と一緒に居られる時間が増えて、私は幸せなんですから」
本当にいい人だ。初めて畑を作ることになるけど、マリアと孤児院の子供たちがいれば、きっと何とかなるだろう。いや、なんとかしてみせる!!
僕はマリアに畑を作っても良さそうな場所に案内してもらった。ちょうど教会の裏手、孤児院からも見えるよな位置だ。ここなら、子供でも気軽に来ることができそうだ。ただ、場所は最高でも、やらねばならない事が多そうだ。
「草が……凄いですね」
「ええ。私がこの教会に赴任してきた頃は畑だったみたいなんですけど。それからやる人がいなくて、この通り荒れ放題で。とりあえず、草むしりから始めてみましょう」
マリアが結構乗り気になってくれるから助かる。孤児院の子供たちも興味があるのか、全員集まってくれている。マリアが皆に声を掛けた。
「皆さん!! この畑で皆さんが毎日食べる物を作ります。そのために皆さんの協力が必要です。やってくれますか?」
マリアの問いかけに子供たちはノリノリだ。反応は色々だが、大賛成のようだ。食べ物を作るということよりも畑という遊び場所を得たことに喜びを感じているように見える。飽きないか、ちょっと心配だな。
「この畑はロラン君の提案です。ですから、ロラン君の言うことを聞いてくださいね」
「えっ!? シスターは何するんですか?」
「何って……ロラン君の側にずっといますよ。唯一の大人として、見守りが必要でしょ?」
そうなのか? まぁ、マリアが変なことを言うわけがない。僕達だけでもなんとか出来ると信じてくれているってことか。きっと、そうに違いない。どっかの人みたくサボる口実にするとか、絶対にないだろう。
僕は子どもたちの前に立った。
「この畑で腹一杯食べれるくらいの野菜を作りたいと思うんだ。だけど、見ての通り、草が生えている。まずはこれをどうにかしないといけないんだ。ただ、手で取るのは大変だから、何かいい方法はないだろうか?」
すると手を上げたのがララだった。ただ、僕にはララが何をしているのか分からなかったが、どうやら意見を言いたい者は挙手をしてから発言するみたいだ。これは常識にようだ。ちょっと恥ずかしかった。
「ロランお兄ちゃんは魔法が使えるんだよね? 風魔法でサクサク草を切ることってできないの?」
魔法で? そんなこと考えたこともなかったな。なるほど……それはいいかも知れない。でも問題がある。僕は魔法を使ったことがない。正確には魔力の出現という訓練は欠かさずやっているが、魔法の属性を上乗せすることをしたことがないのだ。師匠は魔法がちょっとしか使えないから、属性魔法は別の先生が見つかるまでは保留になっていのだ。
「シスター。大丈夫かな? 僕、魔法を使ったことがないんだけど」
「ロラン君が珍しく気弱に……ああ、しっかりと抱擁をしてあげますね」
マリアに挨拶のように抱きつかれてしまった。いつもより密着して息が……。
「ぷはっ。違う。そうじゃなくて、使ったことがないから、調整が出来ないと言うか、失敗するかも知れないんだ。それでもやってみていいですか?」
「ええ。もちろんよ。ロラン君が弱っている姿を見るのも乙なものですから、成功しても失敗しても私には嬉しい展開ですから。大丈夫です。好きにやってみてください」
もしかしたら、孤児院と教会に損害を与えてしまうかも知れないというのに……僕はこの優しさにどうやって恩返しればいいか分からない。いや、畑を成功させることが僕に出来る精一杯の恩返しなんだ。
僕は畑の前に立ち、魔法を生まれて初めて放ってみることにした。危険が伴うかも知れないので、マリアと子供たちには避難をお願いした。
「いいえ。私だけはここにいます。ロラン君の初めて、なんですから」
マリア……ありがとう。マリアがさっきから妙にもじもじしているけど、やっぱり緊張しているのだろうか? 当たり前か。これから危険が訪れるかも知れないのだから。マリアのためにも失敗はできないぞ。
「では、いきます!!」
目の前には草が生い茂った一面の大地。それらを見つめてから、僕はゆっくりと目を閉じた。普段の訓練を思い出しながら、体の中にある魔力をゆっくりと引き出していく。もはや周りの音は聞こえない。なんとなく、循環させている魔力を一箇所に集め、練りあげていく。それがなんとなく暖かく感じてきた。
一塊になった魔力玉と言うべきものを手に集まるようにゆっくりと動かしていく。これならなんとか耐えられそうだな。手に負荷がかかると思ったが、意外と不快な感じはない。やはり普段の筋トレの成果が出ているんだろう。師匠の言ったことは正しいんだな。
さて、ここからが問題だ。あとは属性ということになるが、これはイメージになる。火をイメージすれば、火が出るし、水を想像すれば、水が出る。でも今、欲しいのは風だ。風……草を切るには鋭い刃のような風……そして、広範囲に広がらせる。手前だけではダメだ。奥にも風を送り込まなければ……出来た。
僕はイメージを明確にし、目を大きく見開いた。そして、手元に集めた魔力を一気に放出した。すると、一瞬の空白があり、手から強烈な風が一刃となって飛んでいくのが見えた。すると、広範囲に広がっていた草が次々と倒され、瞬く間に視界の開けた空間が姿を現した。
初めての魔法がうまくいった……その喜びが体に駆け巡るのにしばらく時間がかかった。目の前で起きている光景が自分でも信じられなかったからだ。ようやく実感が湧いてきた頃にふわっと後ろから抱きしめられた。
「すごいわ!! 魔法よ。ロラン君は本当に凄い子だわ。美少年で魔法も使えて、しかも十歳で……もう将来性がありすぎて、鼻血が出てきそうだわ」
頭上に鼻血を出されるのは勘弁してほしいかな。でも、喜んでもらえるのは嬉しいな。目の前の開けた場所を見て、再び喜びが湧き上がってきた。
マリアがようやく離れてくれた。鼻血は出ずに済んだようだ。子供たちもマリアの騒ぎ声で事態が分かったのか、戻ってきた。子供たちも驚いてくれて、中でもララが自分のことのように喜んでいた。
「お兄ちゃん!! すごいよ。私もこんな魔法を使ってみたいなぁ。ねぇ、私にも魔法を教えて欲しいの」
僕は首を横に振った。魔法は便利なものだ。人の何倍もの仕事をしてくれる。けれど、危険も伴うものだ。魔法の失敗がどれほど危険か、師匠にも教えられている。僕はまだまだ魔法のことを分かっていない。勉強とは訳が違うんだ。
「ごめんな。でも魔法は便利そうに見えるけど、危険なものなんだ。でもララがどうしても魔法が使いたいって言うなら師匠に聞いてみようか?」
「ううん。いい」
あ、そうですか……あっさりララが引いたことに戸惑いはあったが……まぁいいか。でも、学びたいという気持ちを無下にするわけにはいかない。
「ララ。もう少し……あと何年かかるか分からないけど、魔法にもうちょっと詳しくなったら、教えてあげるよ」
「うん!! 魔法を使うんだったら、絶対にロランお兄ちゃんから教えてほしいの。手取り足取りでお願いね!!」
手取り足取り? 魔法の訓練にそんなものはないが……まぁ、知らないララには分からないことか。僕はララの頭をなでながら、頷いた。
畑作りはもうしばらく掛かりそうだ……。