二年後の約束
砂浜に到着したのは、一泊して次の日になってしまった。シャンドル公とは夜も一緒に過ごすことになった。正直、すぐにでも離れたいところだったが、シャンドル公のお言葉とあれば、誰が逆らうことができようか。それが出来るのは唯一、王のみなのだ。
一面の砂浜を見て、シャンドル公は特に何も言うことなく、ただ海をじっと見つめていた。その横で不満を溜めていた髭を生やした役人がついに爆発した。
「こんなところに金なんてあるわけがなかろう!! シャンドル公、我らはスラムの者たちに騙されたのですぞ。即刻、手打ちになされてはいかがですか?」
そんな騒ぐ役人をシャンドル公はじろりと睨むだけだ。こんな目をされれば、誰だって怖がるというものだ。ましてや役人など……股が濡れてしまっている。
「さて、ロラン。疑われているが?」
「我々が嘘でないと分かったら、役人を処罰してください」
とは言わないけど、疑われて気分のいいものではない。僕達には後ろめたいことがあるわけではないから、金の存在を証明するだけだ。
「ガーフェ。すまないけど、いつも通りやってみてくれないか?」
「分かりました。ところでロラン様は披露なさるつもりで?」
披露とは僕の魔法のことだ。僕は首を横に振った。一応、師匠からは表に出ないように言われている。これでも出過ぎていると反省しているくらいだ。その上で、魔法なんて使ったら大変なことだ。
「左様ですな。十歳で魔法が使えるなんて、王国歴史上類を見ませんからな」
そういうことだ。どうやら魔法は早くても12歳くらいと言われていて、学校という場所に行くことで教育を受けるらしい。もっとも魔法師を輩出するシャンドル家の場合は違うだろうけど。
早速、シャンドル公が見ている前で、砂金の収集が始められた。ニッジの考案した収集道具で、すぐに摘める程の砂金が集めることが出来る。僕も傍から見ていて、どうやら砂金はまだまだ採れそうだと実感できた。
「この道具は一体どうしたのだ? 王国でも秘伝とされていると聞いたが」
「それは僕の仲間が作ったんです。本だけを頼りに一月で作ったんですよ」
それには大いに感心をして、「是非とも技術者として招きたいものだな」と呟いているのが聞こえた。これは是非ともニッジを売り込みたいところだ。
「シャンドル公。その仲間なんですけど、こういった道具の他に農業にも精通しているんです。是非、シャンドル家に加えてもらえないでしょうか?」
シャンドル公は手を顎において考え事をしているようだ。もう一声欲しいところだな。
「彼も僕と同じ十歳なんですよ。それで大人並みの知識を持っているんです。雇って損はないと思いますよ」
「十歳だと? その者がこれを作ったというのか……ふむ。ところで、その子はロランの仲間と言ったな?」
僕は当然とばかりに首を縦に振る。
「もし、その子が二年後に我が家に来たいというのならば、雇ってやっても良い。ただし、それはロランが私の期待を裏切らなければ、だ。それでも良いなら、考えよう」
今ではダメなのかな?
「十歳では居場所がないのだ。貴族の家というのは、左様にしきたりにうるさい場所だ。どんなに優秀でも、スラム出身では侮られる。せめて、学校を出なくてはな。その子に才能があるというのであれば、学校にも行かせよう。もちろん、我が家で働くことが前提となるがな。もしくは……いや、まだ早いか」
凄いことなんじゃないか? 二年後……僕がなんで絡んでくるか分からないけど、それこそ貴族のしきたりというやつなのかも知れない。なんにしても、僕が頑張れば、ニッジが貴族の家で雇ってもらえる。しかも、王国で随一のシャンドル家だ。きっと、喜んでくれるに違いない。
「ちなみに仲間というのは、あとどれくらいいるのだ?」
ニッジ以外だと、ララくらいかな? その子も怪力が自慢だけど、騎士になりたいとか聞いたことがないから、ここで紹介する必要はないだろう。
「あと一人ですけど……」
「ふむ。仲間は多いに越したことはない。自分にとって良き相談相手をこの二年間の間に作るのも、課題にしておくか。よいな?」
なぜか、課題という名前に変わってしまった。まぁ、どんな言葉でも僕がやるべきことは変わらない。それよりも、砂金のほうがいいのだろうか?
僕が指摘すると、ようやく思い出したかのようにシャンドル公は、採取した砂金を手のひらに乗せながら、しばらく見つめていた。
「量は? どの程度だ?」
ガーフェは恐縮したような表情を浮かべながら、「千人体勢で一日一キログラム程度です」と答えた。
「悪くないな。では、只今よりこの砂浜とその一帯は王国管理下に置かれることとする。これより先は王国の許可無く立ち入り、砂金の採取を禁ずることとする。二人とも良いな?」
僕とガーフェは共に頷く。それを見て、シャンドル公は部下達に何かを指示していた。
「あの、シャンドル公。相談があるのですが?」
シャンドル公は何も言わずに、話を聞く姿勢だけを取ってくれた。これは続きを言うように催促している構えだ。昨日からずっといるせいで、それくらい分かるようになってしまった。
「砂金の採取にスラムの人達を使っていただけないでしょうか?」
「理由を聞こう」
「スラムに住んでいるからと言っても、元は戦争で怪我をした者や貧困で苦しんでいるものばかりです。その者たちには仕事が必要なのです。しかし、スラムには残念ながら仕事がありません。唯一、この砂金収集が収入源であり、貴重な仕事でした」
シャンドル公はふむ、と首を縦に振った。
「砂金は当然王国に帰属します。この点に不服は全くありません。ただ、スラムの人達から仕事を奪わないでください。それに彼らの砂金収集の技術はかなりの域に達していると思います。どうか、考えていただけないでしょうか?」
「ふむ。それで? 王国はその者たちに賃金を支払わなければならないというわけだな」
もちろん、そのつもりだが、シャンドル公が難色を示す理由も分からなくはない。おそらく、シャンドル公は新たに人を雇うことを避けたいのだろう。それだけ王国の金庫は底をつきかけている筈だ。
「賃金をいただけるのでしたら、嬉しいのですが……我らが求めるものは王国に潤沢にある食料を頂きたいのです」
「食料を賃金の代わりにするというわけか? それならば、王国への負担はかなり少なくなるな。どうせ、余るほどある食料だ。それで納得してくれるというのなら、こちらが文句をいうつもりはない。技術ある者が格安で雇えるのだからな」
よし。いい感触だ。それともう一段だ。
「それとスラム全体への食料配給を再開してほしいのです。それらを全て合わせても、おそらく王国への負担はかなり少ないはず。いかがでしょうか?」
「ふむ。そこまで計算しての話か……よかろう。ただし、食料はこちらで手配するが、食料の運搬から配給までの人員はそちらで用意してくれ。それでいいか?」
やった!! やったぞ!! これでスラムの人達が食料で苦しまなくなるぞ。まずは一段目がなんとか達成できそうだな。これからはこの辺りで金の採掘はできなくなってしまうが、僕はすでに大量の金を持っているからな。これ以上の金は当面は不要だ。
「ガーフェ。これでいいかな?」
するとガーフェは涙を流していた。
「ありがとうございます。ロラン様。私は戦うことばかり考えておりましたが、皆が血を流さずに済みました。さらに食料まで。これ以上のことはありません」
その光景を見てか、シャンドル公が僕の肩に手を置いてきた。
「その歳で慕われるとは、なかなか出来るものではない。二年後が実に楽しみだな」
僕も何となく楽しみになってきた。シャンドル公はなぜか、僕のやることに感心を持ってくれて、それに適切な言葉をくれる。マリアや師匠も言葉をくれるが、シャンドル公の言葉は威厳に満ちていて、自然と緊張感とやる気を持たせてくれる。
「ありがとうございます。僕も楽しみにしていますね」
スラムは砂金という収入源を失った代わりに、安定的に食料を得ることができた。それに仕事も手にすることが出来、スラムの人達からはそれなりに評価を得ることが出来た。やはり、食料が賃金というのが難点だが、配給を得るためには仕方がなかった。
なんにしても、現金は必要だ。だから、次の一手は産業を興すことにした。二年という時間を使って、色々な産業を起こしてみたいと思う。
ちなみに二年後に僕はシャンドル公にやって来たことを伝える。それで納得を得ることができれば、師匠が僕を育てた本当の理由を教えてもらえることになっている。そして、ニッジをシャンドル家で雇ってくれて、学校まで行かせてもらえることになっている。




