魔法
この世界には魔法というのが存在する。火・水・土・風の四属性の他に無属性というのがある。ただし、全員が使えるというわけではない。使える人というのは、どういう理由があるかは分からないが、偏りがあるようだ。それが魔法一族と言われるような家系だ。
王国で有名なのが、シャンドル家だ。公爵家であり、王国の順位でも王家に次いで二番目に君臨している。まさに貴族の中の貴族。その理由が、代々強い魔法師を生む家系だからだ。そのため、王宮魔法師の筆頭は常にシャンドル家が担っている。
ちなみにシャンドル家の得意な属性は火だ。攻撃的な特徴を持つ火属性は、戦争において無類の強さを誇る。それ以外にも魔法が使える者を輩出する家系は存在するが、シャンドル家が他と違う点がある。
それが魔力の総量だ。魔法が使える者が100いたとしても、戦争などで使えるレベルと言われると10もいない。本当の意味での魔法師と呼ばれる存在は選ばれし者達なのだ。
「師匠は魔法は使えないんですか?」
「使えなくはない。が、魔力の総量が少ないからな。生活程度だったら役には立つだろうな」
「だったら役に立ってくださいよ」
「その必要はないだろ? そのために、お前がいるんだから」
うわ……この人の生活力は絶望的……いや、協力する気がない。僕がこの家を管理していなかったら、きっと酒瓶に埋め尽くされて師匠は死んでるんじゃないだろうか。そんな未来が簡単に想像できてしまう。
「ロラン。それは間違っているぞ。酒瓶は錬金の材料だ。無駄にはしないぞ」
そこじゃないよね。掃除しようって話だよ。錬金釜はゴミ箱じゃないんだからね? 分かってる?
「そんなことよりも魔法の勉強は進んでいるか? 私も暇ではないのだ」
寝てるだけの人が? 起きてても酒しか飲んでないよね?
「まぁ、一応は。でも思ったより魔法の出力が上がらないんですよ。師匠に言われた通り、魔力を循環させるっていうのを実践しているんですけど」
「まぁ気長にやってみろ。本来、十歳で魔法が使えるほうがおかしいのだから。それと筋トレも欠かさずやっているか?」
師匠が言うには、魔法の出力は魔力操作と肉体の強度に依存しているらしい。
魔力操作は一言で言えば集中力。体内にある魔力を感じ取り、それを循環させる。少量であれば、然程難しくはないが、大量ともなるとそうはいかない。循環に少しでも乱れを起こすと、魔力が暴走し、ひどい場合は魔法が使えなくなるからだ。集中力を高めることで、大量の魔力を循環させることできるようになる。
それが出来るようになる頃には、魔力を一点に集中するという事が可能となっているみたいだ。それが大出力魔法の重要なポイント。そして、もう一つ重要なのが、肉体の強度。魔法は体内にある魔力を無理やり動かして使われるものだ。一点に集められた魔力は、その肉体に負荷を与えてしまう。
その負荷に耐えるために肉体の強度を強める必要がある。つまり、筋トレだ。強大な魔法師は全員ムッキムッキである。魔法師のローブからも滲み出す筋肉美こそが魔法師の自慢でもある、と師匠から教えられた。
「感心感心。よく勉強しているな。その通りだ。魔力操作はどうでもいい。筋トレだけは怠るなよ!!」
「はい!! 師匠」
そのおかげか、僕の肉体は十歳としては恵まれた体へと変貌を遂げていた。しかも、師匠は抜き打ちで筋肉の確認をしてくる。肉体づくりの妥協のない師匠の姿だけが師匠らしいと感じる瞬間だ。僕を魔法師として育てようと必死になってくれているのだ。
「よし。服を脱げ。私が見定めてやる!!」
「はい!! 師匠」
師匠は指圧をかけるように僕の体を触ってくる。強度を確認しているらしいが、なぜか息が荒くなるのだ。
「はぁはぁ。いいな。若い体。そして、この筋肉……たまらないな」
数十分ほど触ると、満足したかのように帰っていく。どうやら、順調に筋トレが進んでいるようだな。もっと頑張って、師匠を驚かせてやろう。
魔法とは本当に奥深いものだ……。
師匠が教えるのは魔法だけではない。一般的教養も教えてくれる。といっても本を手渡されるだけだ。
「これを読んでおけ」
手渡されたのは、国語、数学、王国の歴史といった本の他に体技に関する本も含まれている。歴史、国語、数学に関しては、学校といわれる場所で習うもの全てが書かれているというのだ。僕は一心不乱にそれらを読み、暗証できるほどに身に付けていた。
それらが終わると土木や農業、医学なども一通り勉強することになり、それも本を授けられて読み込むことで吸収することが出来た。
僕の知識欲は収まる気配がない。師匠に相談して、本を集められるだけ集めてもらい、それを読み込むという日々を送っていた。しかし、最近は本が手に入らないのか、師匠から手渡される本は体技に関するものだけとなってしまった。
この体技に関する本は実に優れている。全裸の男と女が描かれており、実にわかりやすく描写されている。主に寝技を中心としたものだが、マスターすれば体術で負けることはないだろう。しかも、師匠の熱の入れようが他の学問とは大きく違っていた。数学などは数冊程度しかないが、すでに体技の本だけで百冊は超えている。他の本が手に入らないくても、体技だけは必ず手に入れてくるほどだ。
しかし、体技を習得するのに他の学問とは違って難しい点がある。それは相手が必要だということだ。頭で分かったつもりでも、体でやるのとは訳が違う。
孤児院でひっそりと悩んでいると、ララが心配そうな顔をして話を聞いてくれた。
「私がその体技っていうのの練習に付き合ってあげる」
「でも体技は痛みを伴うぞ。それでもやってくれるのか?」
「もちろんよ。ロランお兄ちゃんからはそれ以上のものをもらっているもの。私でも返せることはしておきたいの。それに私は強いのよ。ニッジにも勝ったんだから」
ニッジとは僕と同じ歳の孤児院の一員だ。ララに負けるとはな……少し物悲しくなった。それよりも練習相手が出来たことの方が嬉しくて、ニッジのことは忘れてしまった。
そこで、僕は孤児院のララによく体技の練習相手になってもらうことになった。
体技は相手に苦しみを与える技だ。痛みを覚悟しているララが相手でも、痛みがないように慎重にやらなくては。しかし、手加減が甘いのか、ララが時々苦しそうな息をする。
「すまない。苦しかったか?」
「えっ?……いや、その……気持ちよかった、です」
気持ちよかった、だと? そんなはずはない。体技の本のとおりにやったはず。今頃、ララは苦悶の表情を浮かべているはず……それが気持ちいいだと? まさか……ララは相当の手練か? それとも体技のスペシャリストだったというのか……。そういえば、師匠に聞いたことがある。痛みを快楽に変えてしまう強者がいると。それがララという事か……。
だとすれば、ララに体技を教えてもらった方がいいかもしれない。そう決まったら、まずはマリアに相談だ。しかし、残念ながらマリアからは色良い返事は聞けなかった。
「私ならともかく……ララには絶対禁止です。いいですね? 変なことはしないでくださいよ。またやったら、これを着てもらいますからね」
どこからか取り出した物を僕に握らせてきた。手には黒い物体が。広げてみると黒のパンツ? みたいなものだった。
「シスター。この生暖かい生地は?」
「私の愛用品の一つですよ。いつかロラン君に履かせ……いえ、これは罰となる物。いいですか? 絶対にララにしてはいけませんよ?」
というか、こんな物をいつも持ち歩いているのか?
しかし分からない。マリアはなぜそこまで……なるほど……どうやら、孤児院では体技に関して門外不出の技があるようだな。それが僕に吸収されることを警戒しているのだろう。だとしたら、無理は言わないほうがいいな。でも、僕は諦めない。いつか、盗んでやる。ララが無理でも、マリアが教えてくれるのではないか?
「シスター。いつか、僕に色々教えてくださいね」
「えっ!? そんな事急に言われても……私も初めて……そんなきれいな目で見ないで。おお、神よ。子供に悪戯したいという邪な思いを持ってしまった私をお許しください。……でも、ロラン君がもう少し大人になって気持ちが変わらなければ……その……考えてもいいですよ。それでしたら、神も許してくれるでしょう。それにしてもロラン君って意外と大胆なんですね」
「本当ですか!! 僕の気持ちは絶対に変わることはありません!! 約束ですよ。僕に究極の体技を教えてくださいね」
「ロラン君!! そんな大声をあげないで。気持ちは分かりましたから。全く……ロラン君は神も恐れないんですから」
当たり前だ。知識欲の前には、神など気にしていられない。やはりマリアは優しい人だ。数年後、必ずマリアにもう一度頼みに行こう。忘れないように脳裏に刻み込んでおこう。
「師匠。今帰りましたよ」
相変わらず、大股を開いて……勉強の時は頼りになるけど……残念な人だな。それにしても、ショックだ。体技を会得する練習相手がいなくなってしまった。やはり、最初から師匠に頼んでおくべきだったかも知れない。
「師匠!! 師匠!! 体技の練習に付き合ってもらえないでしょうか? もう少しで体得できそうなんです」
「ん……ん……こい……」
これには少しイラッとした。寝ぼけていても僕など相手にならないということか。だったら……今までララで練習した成果を見せる時だ!!
「いきますよ!! 師匠」
まずは基本。大股を広げ、相手の動きを封じる型だ。既に大股を広げている師匠には簡単だ。これで動けなくなるは……ず。ん? なんだろ? ララとは違う柔らかい感触が手に伝わってくる。それになんだかいい匂いがする。目をつぶっている師匠をみて、ふと思ってしまった。なんで、僕は師匠の股を広げてるんだろう?
すると師匠がようやくこちらを見る気になったようだ。僕と師匠の顔は息がかかるほど近い。大股を広げて、完全に押さえ込んだ形だ。
「な……」
「な?」
師匠の顔がみるみる赤くなっていく。
「な……何してるんだぁ!!」
「え? だって体技の練習に付き合ってくれるって……」
師匠はなぜか大きなため息をついた。
「まったく……まずはどけ」
僕があまりにもきれいに技を決めたもんだから、怒っているのかな? まだまだ弟子には負けない師匠でありたかったのだろうか?
すると、師匠は僕に正座をさせ、いつもの説教のポーズになった。どんなに威厳さを出しても、さっきの大股の師匠を思い出すと笑ってしまう。すると少し気落ちしたような表情に変わった。
「ロラン。私はお前に謝らなければならないことがある」
うん。知ってる。一杯あるからね。
「体技の本のことだ。あれは本当に申し訳ないことをした。まさか、そこまでロランを追い詰めていたとは。確かに私は魅力的だ。この体を見て欲情しないのは無理なことだ。しかし、お前は理性が強い子供だったはず。それを追い詰めたのはきっと私なのだろう。本当に済まなかった」
ん? 言っている意味が分からないぞ。師匠に欲情? 欲情ってなんだ?
「師匠。自分で魅力的とか言って恥ずかしくないんですか?」
なぜか、師匠が絶望的な表情を浮かべた。今日は師匠の色々な表情を見れるな。
「ロラン……一つ聞くが……体技の本を何だと思っているんだ?」
体技は体技でしょ? 格闘技の一種と言うか、寝技の教本的なものでしょ?
「本当に申し訳なかった!! あれは……お前が思春期だから気を利かせたものだったが、ちゃんと教えておくべきだったな。あれは……エロ本だ」
……僕は数日寝込んだことはいうまでもない。