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看病

 一月ぶりに家に帰ると、そこは……ゴミ? 屋敷になっていた。酒瓶が転がっも納得。やたらと増えた小動物は餌を求めてやって来たのだと思えば納得。でも一番場所を占めているガラクタは何だろう? 乾燥した動物? 何かの液体に浸かった何か、何かの粉に保管された何か……そんなのが辺りを埋め尽くしていた。


 まさか、久しぶりに帰ってきてやることが師匠を探すことだったとは。いつもの寝床には当然いない。緑色の液体が飛び散っていて、とても寝られるような場所じゃなくなっている。


 ふと思った。まさか、泥棒でも入ったのか? さすがに散らかり方が尋常ではない。棚のものは全て地面に落ちているし、タンスもぐちゃぐちゃだ。


 「師匠!! どこにいるんですかぁ!!」


 返事がない……残念だけど、これからは師匠がいない暮らしも考えないといけないようだな。その辺に転がっている下着を師匠の形見として取っておこう……どれにしよう? 


 ……結構、たくさんもっているんだな。おっ!? これなら良さそうだ。師匠の暗く陰湿なイメージにピッタシだ。紫のスケスケ……ちょっと汚いけど、洗えば大丈夫そうだな。


 さてと……とりあえず、居住エリアを確保しないとな。キッチンと居間さえあれば。


 ……ここも凄いな。食料保管庫も見事に空だ。片付けるか……。それにしてもガラクタが凄いな。とりあえず、ゴミとガラクタに分けよう。さっきから気になっていた干からびた皮みたいなのが散乱しているのだ。食べかすか何かなのかな?


 こんなのがあると虫が湧くから、すぐに捨てないと。あとのガラクタは……


 「全部、師匠の部屋に放り込んでおくか。どうせ、もういないんだし」

 

 それにしても背中に背負っている砂金袋が重いな。一旦、私室に戻るか。ドアの前で盛大にゴミ崩れが起きているみたいで、ドアが開かない状態だ。それらを一旦積み直して、開けると懐かしの私室。ここだけは汚されていなかったみたいだ。


 ベッドに横たわると、何か柔らかいものが背中に当たった。シーツを剥がすと、そこには……師匠の亡骸……いや、かなり衰弱した師匠がいた。


 「師匠!!!!」


 呼吸は少なめ、頬が痩せこけて、死相が出ている。なんとかしなければ。こういう時は……僕が焦って辺りを見回していると、腕をがっしりと掴まれた。


 「ひいっ!!」

 「何が、ひい、だ。まずは食べ物をくれ。それと酒を……」


 いつもの師匠らしくもない弱々しい声で懇願してくる姿に少し心が痛んだ。僕は師匠に精一杯の笑顔を浮かべた。


 「酒はダメですよ」


 すぐにどうにかなりそうな状況ではなかったので、食料の備蓄を買い出しに行くのと、教会に体力を回復させる薬を買いに行くことにした。


 やっぱりスラムで食料を調達するのは難しいな……まぁ、これから砂金でスラム外からたくさんの食料が入ってくるだろうから、それまでの辛抱だな。食料店の店主も同じことを言っていたし、結構話はスラム中に伝わっているようだ。


 大きな荷物を背負い、教会に足を運んだ。僕が辿り着くか否かの時に、教会の方から修道服を来た人が全速力で駆けてきた。そして、数メートルはあるという距離をジャンプして、抱きついてきたのには驚いた。


 背中の大荷物と抱きついてきた人の重みで僕はなんとか踏ん張ろうとしたが無理だった。盛大に尻餅をついてしまった。


 「ああ、食料が……シスター……酷いよ」

 「申し訳ありません。申し訳ありません」


 マリアがペコペコと頭を下げる姿がなんか可愛かったので、怒る気もなくなってしまった。

 「ロラン様の気配がして、つい飛び出して……嬉しさのあまり飛びついてしまったのです。これも若気のいたりというものなんでしょうか?」


 なんとなく気恥ずかしさを感じる言葉を言われて、ちょっと照れくさくなってしまったが、若気? マリアはたしか……百歳を超え……ん? これ以上は考えないほうがいいと本能が訴えかけているぞ。恐る恐るマリアの目を見ると笑顔だけど、目が笑っていなかった。


 「一月も離れていたけど、元気そうな姿で安心したよ」

 「ロラン様も元気そうで……私はこの一月、満足に食べ物も喉を通らずに苦しい日々を送っていました」


 まさか、マリアが病気にでもなっていたのか? 僕がいれば看病でも出来たのに……。


 「大丈夫なの? 病み上がりなのにそんなに激しいことをしても?」

 「ええ。もうすっかり。私の病気はロラン様欠乏症ですから。こうやって抱きついているだけで、元気になっていく気がします」


 聞いたこともない病気だ……そりゃあそうか。なんだよ。ロラン様欠乏症って。しかし、よく見るとマリアの表情も決して明るいものではない。食事が喉を通らなかったのは本当みたいで、師匠みたく顔にやつれが見える。


 「本当に大丈夫なの?」

 「ええ。でも、なんだか……安心したら……」


 マリアは僕に抱きついたまま、気絶した。大荷物を持って、マリアをどうしろと? 僕はあらん限りの力を振り絞ってマリアを抱き上げ、教会にゆっくりと向かった。途中でニッジに会えたから、荷物だけを持ってもらい、医務室のベッドに連れて行くことにした。


 「シスター、倒れてしまったけどニッジ達に預けても大丈夫?」

 「無茶言うなよ。子供のオレ達がどうにか出来るわけ無いだろ?」


 そりゃあそうか。どうしよう……。


 「僕のところも師匠も倒れちゃって、これから看病しないといけないんだ」

 「じゃあ、一緒に頼むよ。ロランは料理も出来るし、一人も二人も一緒だろ?」


 ニッジは何を言っているんだ? 

 

 「ニッジ達はどうするの? 料理できる人いないの?」

 「オレ達はなんとかやるぜ。畑の野菜だってあるんだし、それで食い凌ぐから平気だ」


 僕は買い出し用に持ってきた金をニッジに手渡した。

 「何か困ったら、この金を使ってよ。スラムにはまだ食料は手に入りにくいけど、お肉とかならまだなんとかなると思うから」

 「おう。ありがたく貰っておくぜ」


 マリアはまだ目覚める様子はない。勝手に家に連れて行っても大丈夫なのだろうか? という不安がないわけではないが、距離もそんなに離れていないし、どうしても教会から離れたくないって言ったら、戻せばいいんだよね。


 僕はマリアをおぶり、ニッジに荷物持ちをしてもらい家に向かうことにした。ニッジは家の惨状を見て、かなり不安そうな顔をしていた。


 「おい、こんなところで看病なんかしたら、余計ひどくならないのか?」

 「ニッジでも言っていいことと悪いことがあるんだぞ」


 「すまねぇ。別にロランの家をバカにしたわけじゃないんだ」

 「そこじゃないよ。僕の看病の腕を甘く見ていることだよ。二人共すぐに全快にさせてみせる!!」


 「お、おう。まぁ頑張ってくれ。オレは、しばらく砂金収集の道具改良でもやっているぜ」

 「うん。荷物持ち、ありがとうね」


 さて、どうしたものか。マリアもこの家で一番安全な僕の部屋に連れて行ったほうがいいな。一応、マリアはお客さんだから、ベッドはマリアにして、師匠は地べたで十分だな。


 師匠もマリアも気絶してくれているので、文句も言われずに作業できたのはありがたかった。その間に料理をして、片付けをして、なんとかキッチンと居間だけは確保することが出来た。その代わり、師匠の部屋と玄関周辺は大変なことになってしまった。しばらくは勝手口から出入りすることになりそうだな。


 「師匠、シスター。起きていますか?」

 一応、ノックをして尋ねてみるが、返事がない。まだ寝ているのかな? ゆっくりとドアを開けると、なぜか地べたに横たわらせた師匠がベッドでマリアと一緒に寝ていた。なんか、争った形跡もあるし、一体何が起きたというのだ?


 「師匠? ご飯が出来ましたよ」

 そう言うと師匠が口を開け始めた。様子を見ていたが、口を閉じる様子がない。えっ? 食べさせろって意味? すごく嫌なんだけど。


 「自分で食べれますよね? 面倒なので、ここに置いておきますよ」


 それでも一向に口を閉じる気配がない。


 「分かりましたよ。でも、本当にいいんですか?」

 コクリと頷くので、あっつあっつの粥を口に流し込んだ。


 「熱いではないか!! 私を殺す気か⁉」

 「元気じゃないですか。一人で食べられますね?」


 師匠は盛大に舌打ちをして、僕から粥が乗っている盆をひったくって、ガツガツと食べている。マリアはまだ起きないかな? 顔を枕に埋めて苦しくないのかな? 僕は仰向けに戻そうとすると師匠が止めに入った。


 「そいつは気にするな。もう前から起きて、ずっとその調子だ」


 起きてる? 顔を埋めて? そんなバカな。そっとマリアの顔に近づくと、なにやらブツブツと呟いているのが聞こえた。


 「ああ、ロラン様の匂い……たまらない!! もうずっとこうしていたいわ。なんで、ここにいるか分からないけど、今はロラン様の匂いを思う存分満喫するのよ」


 ……しばらく放っておこう。


 「ふう。生き返った。これで酒でもあれば最高なんだがな」

 ちらちらとこっちを見てくるが、僕は首を横に振った。


 「ダメですよ。病み上がりなんだから。それに酒なんて、どこにもないじゃないですか」

 「買ってくればいいだろ?」


 「嫌ですよ」

 「頼む!! もう一月も飲んでいないんだ。知っているか? 私は酒を飲まないと死んでしまう病気なんだ」


 何!? そんな病気があったなんて。


 「私は本当は酒なんて見たくもないし、実は大嫌いなのだ。しかし、この病と戦うために、無理をして飲んでいたのだ」


 そうだったのか……あんなに嬉しそうに酒を飲んでいたのに、実は心では苦しんでいたのか。

 「分かりました!! そういうことであれば、すぐに酒を買ってきますね」


 「ちょっと待ってください。ロラン様」


 さっきまで変なことを呟いていたとは思えないほど、凛とした声で顔をあげたマリアが声を掛けてきた。

 

 「さっきから聞いていれば、何ですか? 酒を飲まないと死んでしまう? ティス、いつからそんな病気になったのですか? 私はあなたとニ百年以上の付き合いですが、聞いたこともありませんけど?」


 「ちっ!! 枕に顔を埋めて、悦に浸っていればいいものを。マリアだって、ロラン様欠乏症だって? ふざけた名前をつけて、どういうつもりだ? ロランに付け入るための作戦か? だとしたら、お粗末なものだな。高潔なエルフのする事ではないな!!」


 「私はハーフエルフ。エルフとは違うわ。それにこうやってロラン様のベッドにいる時点で、私の努力は無駄ではなかったの。酒を消費するだけの人生を送っているおばあちゃんには分からないことでしょうけど」


 「私がおばあちゃんなら、マリアなんてもっとおばあちゃんではないか」


 「違いますよ。エルフ後を引いている私はもともと長寿なんです。この歳でも若い方なんですよ? それに比べて、ティスは人間の寿命を遥かに超えて、無理やり生きているだけじゃないですか。おばあちゃんの中のおばあちゃんよ。一緒にしないでくださいます?」


 「ぐぬぬぬ……言わしておけば。そもそも、マリアはどうしてここにいるんだ? ここは私の家だ。出て行け!!」


 「いいえ。私はロラン様から正式に招待をされて、ここにいるんです。家主にとやかく言われたくはありません。それに家主とはお粗末ですね。こんなゴミ屋敷にしておいて。ロラン様がいなければ、ティスなどとっくにゴミに埋もれているのではないですか?」


 やつれた二人が言い争っている姿というのは見ていて、ハラハラするものなんだな。とりあえず、用意した粥を食べて欲しい。

 「あの……粥が冷めてしまい……」


 「ちょっとロラン様は黙ってください」

 「お前は黙っていろ」


 そこは息が合うのね。もういいや。僕は部屋の片付けでもしてこよう。

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