スラムの裏リーダー
僕とニッジは、ガーフェのところでとんでもないものを見せられ、心に大きな傷を負ってしまった。僕はともかく、ニッジは相当深刻だ。
「美女が男に……オレは美女が好きだ。てことは男が好きなのか?」
まずいな。ニッジの恋愛対象が男側に移動し始めている。しばらくマリアの下で療養したほうが良さそうだ。重い足取りでニッジを教会に連れて行った。元気だったニッジをこんなことにしてしまって、マリアに会わせる顔がない。
「ロラン様!! 今日は会えないかと。神に感謝します」
「シスター。ごめんなさい。ニッジが……ひどい姿になってしまって」
マリアはニッジの様子を見るとただ事ではないと、すぐに理解したみたいで医務室に連れていくことにした。
「一体、何があったのですか?」
僕は包み隠さず、今日の出来事を話すことにした。やはり、マリアも男四人の情事については顔をひそめていた。師匠の話をすると、興味深いのか身を乗り出してきた。
「子供たちがなんですって?」
やはり中身がおっさんでも、子供たちがいかがわしいことをしていることに心を痛めているに違いない。顔が紅潮して……元凶を作った師匠への不満を抑えきれないのだろう。
「子供たちが……そうですか。私も是非、その現場に立ち会いたかったものです。いえ、私にはロラン様がいるので心は一切揺らいでませんよ。神に誓って」
話がよく分からなかったけど、シスターと仕事には悪人を諭すというのがあるらしい。きっと、その仕事を果たそうとする熱意があるんだな。パンツの一件以来、少しマリアへの接し方に悩んだが、やっぱりいいシスターのようだ。
僕が帰ろうと席を離れると、マリアが手を握ってきた。
「ところで、ロラン様の心は大丈夫なのですか? 男同士の情事を見て、すこし心が乱れているのではないですか?」
今日あたり、夢に確実に出てくるだろう。その程度の傷は負っただろうが、ニッジに比べれば。
「いけませんよ。そのような考えは、無理をしている証拠です。ここは教会なのです。素直な心になってください。さあ、こっちに来て。すこし休んでいってください」
マリアの優しい言葉に嬉しくなり、言われたとおりにニッジとは別室のベッドに横になることにした。ニッジと離されたのは、ニッジをゆっくりと休ませるためのものらしい。僕は疑うこと無く、ベッドで今日のことを思い出しながら、なんとか消去しようと念じていた。
すると、マリアが薄手の衣を身にまといながら姿を現した。いつもの修道服とは違って、なんとなく妖艶な感じがして、少しドキリとした。
マリアは何も言わずに、ベッドに入り込んできて、衣を外した。……裸だった。
「ロラン様。私の姿を見て、心の傷を癒やしてください」
僕は言葉も出なかった。マリアが身を挺してまで、ここまで僕のことを……ならば、遠慮も無用というものだ。実はマリアの体に興味があった。だって、修道服って結構体に密着しているから、なんとなく体のラインが分かる感じがして……やっぱりマリアの躰は……エロかった。
堪能した僕は、意気揚々と教会を後にした。マリアはずっと何かと葛藤していたみたいだったから、静かに離れてしまったけど大丈夫だったかな?
家に戻ると、師匠が相変わらずだらしない格好で酒を飲んでいた。
「師匠。あの格好を家でもしてくださいよ。なんか、錬金術師って感じで格好良かったですよ。行いは最低でしたけど」
「辛辣なことを言うな。錬金術師は成果を得るためには結構肩身の狭い思いをすることが多いのだ。その点では、ここは最高の場所だな。実験しても誰も文句は言わからな。ちなみにあの格好はもう出来ん。さっき、汚れてしまったから錬金釜に放り込んでしまったからな」
そのためにスラムのリーダーになったってことか? 錬金術の練習台を得るために? なんていうか……師匠らしいな。聞くだけでは最低だが……ガーフェの態度を見る限りでは、嫌がる様子もなかったし。意外と師匠の考えがここでは合ってるのかな?
「そうだ。考えることが重要だ。私のやっていることは一見すれば、ひどいと思うやつもいるだろう」
自覚あったんだな。酷いことしているって。師匠の人間らしさを少し感じられて、少しホッとした。
「師匠がリーダーをやっている理由はなんとなく分かったんですけど、どうしてそうなったんですか?」
「説明が面倒だな。そんなのはガーフェにでも聞け。と言いたいが若返りの薬が成功に一歩近づいたからな。気分がいいから、説明してやる」
師匠は酒を一気に飲み干し、僕におかわりを催促してくる。話を聞くために、僕はあまりやらない酌をすることにした。
「うむ。どこから話したものか。このスラムは私達が来た頃……」
ん? 私達? 僕はここの生まれのはずだ。それじゃあ……
「ロランは正真正銘、ここの生まれだ。私と一緒に来たのはお前の母親だ」
母親……そういえば、僕は自分の母親のことって考えたことがなかったな。いつも師匠が側にいてくれたし、寂しいと感じたことがなかったからな。
「母親……リリーの話はまた今度してやる。話を続けるぞ。ここに来た時、このスラムには疫病が蔓延していた。当然だろ? ここの衛生状態は最悪だ。当時、スラムのリーダーをしていたガーフェも疫病にかかっていた。そこで私が魔法薬を作ったのだ。あの魔法薬は回復薬の効果もあるが、元は疫病を治療するためのものだったのだ」
そうだったのか……あの魔法薬にそんな効果が。そうなると今でも人気が高いというのは、疫病が少なからずスラムで出続けていて、感染が爆発しないのは魔法薬のおかげということか……師匠が人助けをするなんて。
「だから、私は人助けなど興味がないと言っているだろ? ガーフェは当然、対価を支払うと言ってきた。だから、私は錬金術の実験に付き合ってほしいと言った。それにガーフェは快諾したんだ。私は知らぬ間にスラムの救世主になっていたというわけだ」
見ようによってはそうだな。師匠のおかげで、スラムの人達は救われた。そして、今も。ガーフェが師匠に信頼を寄せるのにも理由があったのか。ただ、師匠が恐ろしい存在とか、そんな理由だと思っていたよ。
「じゃあ、どうしてスラムの人達はガーフェをリーダーと思っているんです? 実際は師匠なんでしょ?」
再び、空のコップに酒を催促してきた。
「私を見て、リーダーの柄だと思うか?」
思わない。傍若無人だし、家事は出来ないし。やろうとも思わない。仕事も最低限。寝てるか、酒を飲んでいるかしかしない。
「存外失礼なことを言われている気もするが、その通りだ。私にリーダーは務まらないよ。リーダーというのは、私利私欲が強いものに務まらない。ガーフェくらいが丁度いいのだ。ところで、ガーフェから聞いたか?」
僕がリーダーになる話は師匠がガーフェに薦めたことだ。僕としては寝耳に水だった。
「お前はスラムをどうにかしたいと思っているのだろ? だったら、リーダーになった方がいいぞ」
そうなのかな? ガーフェの性的趣味を見てしまったので、いまいち尊敬することは出来ないけど、スラムではそれなりに尊敬を集めている。そんな人に代わって、僕に務まるのだろうか? たしかに、師匠が言うようにスラムで何かをしたかったら、リーダーが最適なのは分かるけど。
「なら、話は決まったな。まぁ、当分はガーフェにやらせておけばいい。一応言っておくが、お前にはまだ表に名前が出てもらっては困るんだ。まぁ、大人の事情というやつだ。だから、表のリーダーは今までどおりだ。お前はガーフェを使って、好きにスラムを変えてしまえばいいのだ」
なんとも都合のいい話のような気もするけど。
「あとはガーフェにでも相談しろ。あいつもスラムのことはそれなりに考えている奴だ。それに教会のシスターにも相談してみろ。あいつはここに誰よりも長く住み着いているからな」
ガーフェの話はわかったけど、マリアが何だって? 誰よりも長くって……マリアが?
「ん? まだ知らなかったか……まぁ、そのうち、あいつから聞かされるだろう。その時、同判断するかはロランに任せるが……まぁ、悪い存在というわけではない。あまり気にするな」
なんかよくわからない話になったけど、結局ガーフェに話をするということで話がまとまってしまった。まぁ、師匠から話が聞けただけでも良かったか。
結局、僕は師匠が嫌いな料理を出した。やっぱりなんだかんだで、僕とニッジの心の傷は師匠が悪いと思う。当然、酒に酔った師匠は皿を投げ飛ばしてきたことはいうまでもない。




