ガーフェの本性
スキンヘッド二人の情事を見せつけられた僕は、しばらく呆然と立ち尽くすしかなかった。なんとか、ガーフェ様の横にいる美女で目を癒やすことでなんとか耐えることが出来たが……正直、逃げ帰りたかった。
僕はようやく、自分の置かれている状況を飲み込むことが出来たんだ。スキンヘッド達は……仕事に忠実ではなかったのだ。自分の本能に忠実だっただけなんだ。ニッジが止めに入った理由も、もう少し遅かったら、一生消さない傷を負っていたことも全て理解できた。
「ガーフェ様。僕はもう十分に満足しました。これ以上は見る必要もないでしょう」
ガーフェもおそらく僕がこんな情事を見たいと言うとは思ってもいなかっただろう。そのせいで、ガーフェにもスキンヘッドにも要らない傷を負わせてしまったに違いない。僕はとても罪深いことをやってしまったのだ。
スキンヘッドの情事を辛く、真剣な眼差しで見るガーフェを見て、心を殺して罰することが出来るリーダーなのだと感心した。ところが、僕の言葉に、ガーフェが訝しげな表情を向けてきた。
「何をおっしゃっているのですか!!」
僕が止めるということに怒っているのか? これは罰だ。きっとガーフェがそう言っているに違いない。
「これから……これからが本番だというのに……二人の熱い息遣いが聞こえないというのですか? 私も年甲斐もなく、興奮してきましたぞ!!」
このおっさん、何言ってんだ?
「ガーフェ様、楽しんでませんか? これは罰ではないのですか?」
「これはうっかりしていました。しかし……困りましたな。これは罰にはなりませんぞ。一層のこと……」
ガーフェが美女に目配せをすると、意思が通じたみたいで美女がコクリと首を縦に振った。すると美女が急に服を脱ぎだした。こういう時って、どんな状況でも凝視してしまうものだよね?
だって、美女だよ。しかも、この空間で紅一点。足もスラリと長くて、スタイルもすごくいいんだ。胸は小さめだけど、それでも女性としての魅力がにじみ出ててさ、そんな人が脱ぎだしたらね……って、男だった。
なんで、そうなるの? ちょっと嬉しい場面とかじゃないの? もう完全に別世界になってるじゃん。男だよ。この空間には男しかいないよ。しかも、美女もどきの男がスキンヘッドがいるベッドに乱入していったよ。
もう……見るのがすごい嫌だ。なんなの? なんで、こうなったの? ガーフェ? いやいや、そこは興奮していないでさ。
「私の妻が……部下に寝取られてしまった」
なぜかショックを受けているガーフェが膝をついて、凄く落ち込み始めた。あれ? この状況を可笑しいと思っているのは僕だけか? ニッジは? ああ、ダメだ。上を向いて、なんか歌っているな。
自分で妻に……えっ? 妻? 男で、男同士で? あれ? 妻って女性……あれ? どうなっているか分からなくなってきたぞ。僕は訳も分からずに、とりあえずガーフェを慰めようと肩に手を置いた。
「ガーフェ様。そう、気を落とさずに。なんか……奥さん、楽しそうですよ?」
どうやら僕の声が耳に入らないようだ。相当ショックなようだ。
「もう耐えられません……私は……私も行ってきます!!」
そういうとガーフェが急に服を脱ぎだして、飛び込むようにベッドに走っていった。ダメだ……ここは。ただのホモの集まりじゃないか!! なにが、ガーフェ様はスラムに優しいだよ。ただの変態じゃないか!!
失敗だ。ここに来たのは失敗だ。やっぱりニッジの言う通り、ここには来るべきではなかった。殺されるとか、そう言う次元じゃない。僕の貞操と価値観がかなり危険に晒されている。ここは逃げよう。いや、二度と来ないようにしよう。
「ニッジ。おい、ニッジ!!」
くっ……ニッジ、済まない。こんなに心を痛めてしまって、上を向いたまま動けなくっている。
「待っている。すぐに、この場を離れてやるからな。外で新鮮な空気を吸えば、きっと良くなるよ」
僕はこの修羅場から逃げ出すように、ニッジを担ぎ、部屋のドアに向かった。すると、廊下側からカツカツとヒールが床を叩く音が聞こえてきた。この音……どこかで?
姿を現したのは、やっぱり……師匠だった。いつものだらしない格好じゃない。しっかりとマントを羽織り、いかにも錬金術師といった黒尽くめの衣装に身をまとっていた。
一瞬、らしくないと思ってしまった。出来れば、足はもうちょっと露出があったほうがいいとさえ思ってしまった。
「ロランか。一体、どこに行くつもりなのだ?」
「師匠!! どうしてここに? いや、その前にここから早く離れたほうが。きっと図太い師匠でも心の大きな傷を負ってしまいます」
僕の必死な説得も師匠には届かなかった。むしろ、必死になっている僕を笑っていた。
「いいから、そこをどけ。奥にガーフェがいるのだろ? まったく……逃げ帰るようではお前の意思など大したことではなかったようだな」
師匠の言うことは尤もだ。だけど、状況が普通ならばだ。こんな状況で逃げ出して、非難されるいわれなんてないぞ。師匠はそんなことはお構い無しで、僕とニッジを横に下がらせて、悠々と部屋に入っていった。
終わった……師匠もしばらく立ち直れないだろうな……そうだな。今日はなにか奮発して、美味しいものでも食べさせたほうがいいかな? ニッジも一緒に食べさせてやろう。ちょっとは元気になるはずだ。
僕は一旦、ニッジを部屋の外に座らせ、戻りたくもない部屋に戻ることに決めた。師匠が向かった以上は救助しなければ。
やっぱり、師匠も情事を見て、動きが止まっている。僕はなんとか、情事を見ないように背中を向けつつ、師匠の視線を遮るように移動した。
「何のつもりだ?」
「いや、師匠の心の傷を……」
「何を言っているんだ? よく見てみろ」
「いえ。絶対に見たくありません」
「見ろって」
絶対に嫌だ!! あんな光景、二度と見たくない。おっさん達の野獣のような声が……聞こえない? むしろ、ちょっと子供のような声が聞こえてくるだけだ。見たくないけど、気になる!! 僕は心を落ち着かせ、深呼吸をしてから、一瞬だけと思い振り向くと……。
信じられない光景だった。おっさん三人と美女風のお兄さんが……子供になっている。裸の子供たちがベッドの上で遊んでいるように見えてしまう。なんか……ちょっとほんわかとした気持ちになるな。
いやいや、おかしい。そういえば、師匠はなんで来た?
「お前が心配だったからな」
嘘だな。おそらく……お土産だ。師匠が人にお土産を渡すなんて初めての事だ。きっと、それが関係しているはず。
「なかなか鋭くなってきたではないか。私の教育の賜物だな」
いや、何も言うまい。ここで言えば、話が進まなくなる。
「実はな、錬金術の秘術、若返りの薬を作ってみたのだ。だが、この薬の欠点は性欲が最大限になった時でなければ効果がないのだ。自分で試すのも面倒だったから、ガーフェに一服盛ったのだ。案の定……成功だったな。やはり、餌が良かったようだな」
すごい!! すごいよ。こんな薬を作ってしまうなんて……やはり師匠は並の錬金術師ではなさそうだな。いろいろと問題点はありそうだけど、盛ったとかちょっと人聞きが悪いけどさ……。ん? 餌? 何のことだ?
「お前に決まっているだろ? ロランの容姿は私でも認めるほどだ。そんなのが、ここに来てみろ? こうなることは簡単に想像が出来る。ロランはこの実験に大いに役立ってくれたのだぞ」
……決めた。今日は師匠の一番キライな料理を作ろう。僕にガーフェ様に会いにいくように仕向けたのは全て実験を行うため。僕の貞操に何かあったら……。
「何もなかったろ? 一応、ガーフェには手紙で念を押していたからな」
師匠……やっぱり僕を心配して……いや、騙されるな。この人は僕の貞操を……。そんなことを考えていると、子供たちの戯れに変化が現れた。どうやら薬は一時的なものだったみたいで、姿が元に変わり始めていた。
「私はそろそろ退散するかな。やはり、薬はもう少し研究が必要なようだ。ガーフェには、そうだな。よろしく言っておいてくれ」
そういって、師匠は帰ってしまった。情事を終えた四人はスッキリとした表情をしていた。ガーフェは僕と目が合うと、慌てるように服を着替え、角をしっかりと捻ることに多くの時間を割いていた。角がなかなか決まらないのか、美女風のお兄さんが手伝ってようやく満足する形になったようだ。
……帰りたい。
「いや、申し訳ありませんでした。まさかロラン様にこのような恥ずかしい姿をお見せするとは。しかも、今日はなにやら終わった後の爽快感が違いますな」
たしかに、ガーフェの肌艶が先程とは比べ物にならないほどだ。10歳は若返ったと言えるほどだ。僕は、とりあえず師匠が姿を見せていたこと、毒……ではなく薬を一服盛られていたことを告げた。きっと怒るだろうな。
「またやられましたか……いやはや、ティス様には困ったものですな。まぁ、おかげでこうやってスッキリとした気持ちになるのですから、またお願いしたいところですな」
師匠は何回も同じことをやっているのか? いや、そんなことよりも僕は話を早く終わらせて、帰りたいのだ。スキンヘッドもまだ余韻が残っているのか、スキンヘッドどうしていちゃいちゃしているのが、視界に入るのが堪らなく嫌だ。
「やっと話が出来ますね。実は畑を……」
「ロラン様の仰せのままに」
「へ?」
僕はガーフェの返事に呆気をとられてしまった。なんて言ったんだ?
「仰せのままに、と。私はスラムのリーダー役として長年おりましたが、ロラン様がリーダーをやりたいとおっしゃりたいのであれば。正直、疲れたので妻とゆっくりと旅を……」
何言ってんだ? 僕はリーダーになりたいなんて一言も。
「じゃあ、どうしてこのような場所に? てっきりティス様に代わって、ここのリーダーに志願してくれたとばかり思っておりましたが」
まったく話が分からない。まるで師匠がスラムのリーダーみたいな言い方じゃないか。
「ティス様はここの影のリーダーとも言える存在で、私はただの飾りです。ティス様の手紙にはロラン様が変わりを務めると書いてあったのですが……」
どうやら僕の知らない事がたくさんありそうだ。とにかくこの話は保留にしよう。僕はともかく、ニッジに早く新鮮な空気を吸わせてやらないと大変なことになるかもしれない。
「ガーフェ様、続きはまた今度にしましょう。師匠とも少し話をしてからでもよろしいですか?」
「もちろんです。私はティス様のお考えを尊重します」
なんで、この人はこんなに師匠を信頼しているのだろうか。気になるところだけど……一旦、帰ろう。僕は最後に美女に目をやる。服を着ていればあんなにきれいな人なのに、すごい凶器を持っているんだもんな。世界は僕が想像した以上に広いようだな。




