スラムのアジト
僕とニッジはガーフェの屋敷の前に立っていた。お土産もしっかりと用意したし、ニッジに預けておけば安心だろう。師匠からのは、持っているのがちょっと怖いからね。
「ロラン。ちょっとトイレ」
「さっき行ったばかりだろ。何回行く気なんだ? もう漏らしてもいいから、ここにいろ」
ニッジはやたらと緊張している。ここまで来るまでに何度も引き返すことを提案してきたんだ。まったく、僕を守るという話はどこに行ってしまったんだ?
「なんでそんなに呑気なんだよ。ロラン!! 本当に何されてもおかしくないんだぞ」
「ニッジが守ってくれるんだろ? だから僕は安心していられるんだよ」
「ロラン……お前、そこまでオレを信じて……」
なぜか、ニッジが涙目で僕を見つめてきた。そんなに感極まることなんて言っただろうか? お土産は師匠がガーフェに用意したものだ。それだけはしっかりと守ってくれないとな。師匠に怒られてしまう。
「頼むぞ」
「ああ、任せておけ!! オレが必ず守ってやる」
やっぱりお土産をニッジに預けて正解だったようだな。ガーフェの屋敷はスラムでも目立つほど大きな建物だ。やっぱり、スラムのトップだけはあるな。建物の前には大勢のスキンヘッドの男たちが待ち構えていた。
「あの……ガーフェ様に会いたいんですけど」
「なんだ、糞ガキ。帰れ帰れ。子供が来るような場所じゃねぇんだ」
「あれ? 本当にいいんですか? ここで帰らせたら、困るのは貴方達だと思うんですけど」
「あっ? 俺達をおちょくってんのか? お前みたいなガキが会えるわけねぇだろ」
話しにならないぞ。こんなところで躓くとは……どうしたものか……。するとスキンヘッドの片割れがなにやらスキンヘッドに話している。くそ、スキンヘッドが多すぎて、誰だか分からない。とりあえず、僕の目の前をスキンA、横にいるのがスキンBってことにしよう。
B 「おい。ちょっと追い返すのは勿体なくないか?」
A 「どういう意味だ?」
B 「見ろよ。俺好みの顔だぜ。それにまだ子供。ちょっと遊ぶくらいいいんじゃねぇか」
A 「へへ。おめぇも好きだな。こんなことがバレたら親分に怒られるぞ」
B 「でもよぉ。こんな上玉、そうそうないだろ?」
A 「ちげぇねぇ」
スキンヘッドの二人がこそこそと話して、僕を舐め回すように見てくる。ハッキリ言って気持ち悪いが、おそらく僕の素性を探ってたりするのだろう。スラムのトップに危険人物を会わせまいとする考えがあるとは……仕事熱心なスキンヘッドだ。それだけでも十分に好感を持てるな。
「おい。とりあえず俺達と話を聞いてやる。ガーフェ親分に会うかは、それからだな」
なるほど。さっきは門前払いを食らいそうになったが、どうやら話だけは聞いてくれるようになったのか。スキンBが言ってくれたのか。一応、頭を下げて礼だけでもしておくか。
B 「おいおい。頭を下げてきたぞ。まさか、俺に気があるんじゃねぇのか?」
A 「鏡を見てからいいやがれ。でもよ、見れば見るほどたまらねぇな。女でもこんな顔がいいやつはいないぜ。オレも混ぜさせてもらってもいいだろ?」
二人はまたボソボソと話している。段取りの相談でもしているのだろうか。そうだ……一応、お土産を手渡しておこう。師匠のことだから危険物かもしれない。そんな物をずっと持っているのは、僕達が危ないだろう。
「これはガーフェ様への贈り物です。受け取ってください」
小さな小包をスキンヘッドに手渡した。これで危険物を手放すことが出来たぞ。あとは、野となり山となり、だ。
B 「これ、どうするよ?」
A 「一応、親分への献上品だ。オレ達がどうこうしていいもんじゃねぇ。それにガキの顔を見てみろよ。すげぇ安心した顔になったぜ」
B 「それがどうしたんだよ?」
A 「分かんねぇのか? この小包の中身は金目のものじゃねぇかって。スラムで金目の物を持ってくるのは度胸がいることだからな」
この二人は少し内緒話が多すぎないか? そう思ったら、ようやく屋敷の中に案内してくれるようだ。この間、ニッジはガッチガッチになっていた。
「オレがロランを守るんだ。オレがロランを……」
ダメだ、ずっとブツブツ言っていて、話が出来る様子じゃないな。案内されたのは、なんの変哲もない部屋だった。変わったところと言えば、奥にベッドがおかれているくらいか? 宿直室か何かだろうか?
「へへ。さてと。名前はなんていうんだ?」
「ああ、言うのを忘れてました。僕はロラン。そして、こっちがニッジ。本当は言うなって言われていたんだけど……どうやら、ガーフェ様は僕のことを知らないわけがないらしいんですよね」
「おかしなことを言うガキだ。まあいいや。早速お楽しみを始めようか」
するとニッジが急に僕の前に立ちはだかった。
「ロラン!! やっぱりこいつら、お前が目当てだったんだ。早く逃げろ!!」
何を言っているんだ? 僕はガーフェ様に会いに来ているんだぞ? スキンヘッドが僕に用があるのは当然じゃないか。
「ニッジ。止めろ。折角のチャンスを棒に振る訳にはいかないんだ。邪魔をするな」
「な……んだと。まさか、ロランにそんな趣味があったとは……オレはどうやら邪魔者だったようだな」
どうやら僕の考えが伝わったようだな。ニッジが静かに椅子に腰掛けるのを見て、満足げに頷いた。
「なんだか、訳が分からねぇが、おめぇが楽しみたいって言うなら歓迎だぜ。さあ、こっちに来てもらおうか」
スキンヘッドがベッドの方を指差してくる。ベッドでどんな尋問をしてくるというのだ? 実に興味深いな。もしかしたら、スラム流の尋問の秘技でもあるのかもしれない。
僕がベッドに横たわると、スキンヘッドが近寄ってきた。きっと、所作すべてが尋問に必要な行動に違いない。一切漏らさず確認していくぞ。
そう思っていたら、邪魔者が入ってきた。じゃなかった、目的のガーフェが姿を現したのだ。なるほど……見た目はニッジに聞いていたとおりだ。オニような顔をしているけど、隣りにいる女性は凄い美女だ。二人が並んでいるせいか、なんか違和感を感じるな。いや、違和感はガーフェ様の頭に生えている角だ。
どうやら、随分と息を切らしているな。……なるほどな、分かったぞ。尋問の秘技を見られるわけにはいかないってことだな……さすがだな。ガーフェは部屋に入るなり、スキンヘッドに詰め寄っていった。
「貴方達……一体何をしているんですか?」
僕はベッドに横たわり、スキンヘッドがなぜか上半身裸という状況。尋問のスペシャリストが見せる秘技が今まさに行われようとしている状況だ。スキンヘッドはガーフェの言葉に反応できず、身動きできないでいる。おそらく、秘技を安易に晒してしまったことに罪悪感を感じているのだろう。
僕からガーフェの姿は見えるが、向こうからは見えないようだ。ガーフェがこちらに更に近づいてくる。スキンヘッドはそれに恐縮している様子で、すぐにベッドから離れ、直立不動の姿勢をとった。ガーフェは部下に厳しいのだろうか? スキンヘッド達はガーフェに恐れおののいているようだ。
僕はそんなことよりもガーフェが連れている美女が気になっていた。夜のお店のお姉さんみたいで、なんというか目のやり場に困る格好だ。だが、僕はじっと凝視することに抵抗はない。師匠で慣れている僕に隙はないのだ。
ふと、視界に動くものがあって目をやると、誰かが土下座していた。よく見ると、ガーフェだった。
そして、新事実が知ってしまったのだ。頭頂部がかなり寂しい……ガーフェは長身のおっさんだ。この事実を知っている者は数少ないだろう。
「申し訳ありません!! ロラン坊っちゃんにこのような事をしてしまいまして。私の監督が行き届かなかったばかりで……こいつらには命をもって償ってもらいます!!」
僕はガーフェの姿を見て、考えるように真剣な表情を浮かべた。
「ご立腹なのは当然でしょう。しかし、何卒、この件についてはティス様にはご内密に……お願いします!!」
「ひとつ、確かめたいことがあるんです」
「ええ、なんなりと」
僕はガーフェに近づいた。角がどうしても気になるんだ。土下座で頭を床にぶつける度に角が動くんだよ。つい、衝動にかられて、僕は角を鷲掴みにしてしまった。これは……髪の毛?
「なんだ、これは⁉」
「それは生まれてからの物で。癖っ毛なんです」
これが癖っ毛? バカな。こんなにきれいな渦を巻いて……カッチカッチじゃないか。よく見ると、すべての頭髪がまるで角に吸い込まれるように毛が集まっている。
「これでも昔はもっと角が大きかったのですが、歳ですかな……」
歳ではない、ただのハゲだからだ。しかし、新事実が分かって、僕は満足だ。とりあえず、今日は疲れたから帰るか……。今日はガーフェと顔繋ぎが出来れば良しとしよう。
「ニッジ。そろそろ帰るか」
「えっ⁉ もう帰るのか。オレが言うのもなんだけど、スキンヘッドが凄くお前に懇願しているように見えるけど。無視して帰るつもりなのか?」
懇願? よく見ると、スキンヘッド二人もガーフェと同じように土下座して、目をうるうるさせながら手を合わせている。美女に夢中でまったく眼中に入っていなかった。
「ところで、三人共なんで土下座してるんですか?」
ガーフェは僕が変なことを言っているような顔を浮かべていた。それは僕がとるべき表情でしょ? 急にやって来たと思ったら、土下座されたら、「何してるんですか?」って顔になるよね? それを指摘したら、「こいつ、何言ってんの?」みたいな顔してくるんだもんな。
「いや、ロラン坊っちゃんに部下が失礼なことをしたと思いまして……それで謝罪を。こいつらは、ロラン坊っちゃんに許しを請うているのだと思います。私が言うのも何ですが、部下達の事を許してくれると助かるのですが」
「じゃあ、許します」
「いや、しかし。それでは示しが……やっぱり、こいつらには命で償いを」
「いい加減にしてください!!」
さっきから聞いていれば訳の分からないこと。確かに、スキンヘッドは秘技を漏らそうとしたんだろう。それをガーフェが罪に問うのは分かる。筋としては問題ない。しかし、それを僕に投げ出すとは……なんという無能なんだろうか。ガーフェはもっと尊敬できる大人だと思っていたのに。
「ロラン坊っちゃんがそこまでおっしゃるのならば、二人には便所掃除くらいさせておきます。それでよろしいでしょうか?」
僕に異論はない。だが、ちょっと不満だ。
「僕にやろうとしたことを二人でやってくれないか? 実は僕は凄く興味があるんだ」
やっぱり尋問の秘技を見てみたい。しかし、全員がそれにうろたえていた。
「ロラン坊っちゃん。さすがはティス様のお弟子さんのことはある。なかなか厳しいことをおっしゃいますね。分かりました!! 二人にはやらせましょう」
……僕は後悔した。いや、なんでこんな事になったんだ? ……もう帰りたい。それからしばらく、ニッジに距離を取られることになった。




