1話 僕
告白というのは、いついかなるものであっても勇気が必要だ。
好きな人への告白はもちろんのこと、罪の告白、宝物の告白。そんな胸に秘めた想いをなんの躊躇いもなくぶちまけてしまえる人間は、きっとミュータントか宇宙人か、そんな人外のなにかでしかない。
だから、我こそはミュータントならぬ真っ当なヒューマンたるものであると宣言せし者たちには僕から一つアドバイスをしよう。
告白をするときは、必ずドキドキしていなさい。
なんの勇気も、なんの躊躇いも、なんの人間性も持たない告白に価値はない。
当然だ。そんな告白は隠し事でもなんでもないことのはずだろう?
それとも君は、僕では想像もつかないような怪物的な隠し事を持っていたりするのかな?
―人にはそれぞれ内緒にしていることがある。大きさも恐ろしさも全て人それぞれ。
このお話は、そんな不純な人間たちの恋の物語である。
甘くて美味しい毒林檎を味見するような気分で覗いてもらえれば嬉しい。
〈〉〈〉〈〉
優しい人になりたい。
仕事やご近所。ところ構わず誰にでも優しい父を見て育った僕は、物心ついた頃にはそんな柔らかくて、でも漢らしい背中に憧れるようになった。
そうやって育ったからか、小学校に入った頃からはよく「大人な子だ」と褒められていた。
正直なところ嬉しかった。昔から大人に憧れる少年…いや、少年とすら呼ばないような坊やにとっては最高の褒め言葉。そう言って差し支えなかった。
大人な僕は、褒められても素直に喜ぶことなどなかったけれど、きっと本物の大人にはバレていたに違いない。
本物の僕というのはその程度には不完全なものなんだと、気付かなかった僕を責める人はいないだろう。
大体の子供が大人にはなり得ないのだから、仕方がない。
そして大人たちはそのことを知っている。
僕は知らない。
大人たちは僕がそのことを知らないことを知っている。
僕は知らない。――以下同文。
そうして大事なものを見損なったまま成長した僕は、
あるとき不意に壊れてしまった。
今思えば、壊れるべくして壊れたものだったかもしれない。
駄菓子のおまけのおもちゃみたいに、あるいは苦労して積んだ10段のトランプタワーのみたいに。
気づかずにちょっとした拍子が来ると、
ハラハラと、崩れさる。
ぴーんぽーん
「あ…」
ボロっちくて弱々しいインターホンの音を合図に、俺が2時間かけて震えながらうちたてたトランプタワーが音も立てずに崩れた。
舌打ちをする。あわよくばチャイムの前で立つ人間にも聞こえるように、なるべく憎々しく。
「あ゙い」
とがなりながら、俺は玄関を開けて来客を歓迎した。
「えっと…毎日ごめん。今日は学校来れそうかな?」
遠慮がちにそう言うのはクラスメイトの一宮 菜乃。
あまり学校に行かない俺のことを、毎朝律儀に迎えに来てくれる学級代表様だ。ひかえおろう。
普通ならここで絶世の美女として、その容姿について触れていくところなのだろうけれど、そこはひかえおろう。
なにせべつにそこまで容姿端麗でも才色兼備でもない。
…まぁ、あえて言うなら普通。髪は黒、くっきりとした顔のパーツは綺麗だとは思うけれど、5段階評価で4に届くか届かないか。えー、総評といたしましては、女の子としては可愛いけど、美少女としてはそれほどとさせていただきたく…
っと、これ以上はひかえおろう。こう思ってることがバレたらお前のせいだ。あ、ついでに胸もひかえおろう。
「あの? 」
なんて考えていると、一宮が心なしか怖い顔をしながら声をかけてきた。
「あぁ。悪いけど今日も無理、死にそうだから休む」
「…そっか。そうだね、相変わらず寝てないみたいだしね」
言われて思わず目の下を触る。
「…別にそりゃ関係ねえけど」
「じゃあ!」
食い気味に入ってきた一宮に、俺は思わず慄き後ずさる。
すると向こうはさらに踏み込んできた。
「どうして、高校に、教室に、」
言いながら、一宮はどんどんうちの敷地を侵食していく。
足跡がコンクリートのゴツゴツとした音から、平たい音に変わった。
「ぜんっぜん、」
今日の一宮は、やたらと強気だ。
いつもなら「そっか…じゃあ、また明日」みたいにしてさっさと学校に行くのに…
「うぉっ」
今は俺の、体の上だ。
「来てくれないの‼︎‼︎」