表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

校舎に突っ張る 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーむ、また近くの小学校同士が合併。前の学校が廃校になる、か。

 いやはや時代の流れとはいえ、学び舎がなくなってしまうのは寂しいものだね。そこを卒業した子たちにとっては、自分のふるさとのひとつがなくなってしまうことだ。

 いつか自分に子供ができたとき、運転する車に乗せてさ。「ここがお父さん、お母さんの通った学校なんだよ」と、過ぎ去りざまにいう。そんな夢のひとつが、壊れてしまうような気がしてね。


 義務教育の一環として、まず誰もが足を踏み入れるであろう学校。その年月、その通う人の総数は、運動場などをのぞけば屈指の長さと多さを誇る施設だ。怪談の舞台としては、うってつけの場所だ。

 かくいう私も、学生時代に不思議なものを見かけてね。その時の話、聞いてみないかい?



 その年の新学期は、三日とあげず強い風の吹く日だった。

 空はほぼ灰色だが、真ん中だけぽっかりと大きく青空がのぞいている。まるで台風の目のごとし。天気としてはこの状態でも、晴れと認められるらしかった。

 傘がいるかいらないか。ほぼ毎日、判断に困る私たちだったが、もっと気が散らされることがある。


 しばしば、この校舎が揺れることだ。

 当初は地震だと思ったが、教室のテレビをつけてチャンネルを回しても、速報のたぐいは流れてこない。そしていずれも強い風が吹きつけたとき、震えるように身体を揺らすことに、私たちは気づいたんだ。

 当時、最新式の鉄筋コンクリートを用いた校舎だと、私たちは聞いていた。なのに風に吹かれて揺らされるとは、下手するとそこらの木造建築に劣りかねない。


「実は手抜き工事なんじゃねーの?」


 笑い飛ばすネタにはなったが、4階にいるときなどに揺らされると、ちょっと心配になる。

 植物の茎みたく、いつ校舎が「ぼきっ」と折れてしまうか。気が気じゃなかったんだよね。みんなも同じ心配をしていたのか、休み時間に校舎へとどまろうとする生徒の数は減る。そして校庭でボール遊びをする子の数が増えていったのさ。


 ある休み時間のこと。

 外野としてキックベースに参加していた私は、ホームランされたボールの回収に出向いていた。落下したボールは、勢いのままどんどん転がり、校庭の反対側にあったフェンスに直撃。校舎の裏手へ向かってしまう。

「面倒だなあ」と後を追いかけて校舎を曲がりかけた私に、先ほどのボールが勢いよく飛んで来た。警戒していない私は、反射的にかわすのが精いっぱいだったよ。


 ――誰か投げ返してくれた?


 ボールが飛んで来た方向を見る私は、校舎の壁の近くでかがむ少年の姿があった。

 知らない顔だが、だいぶ図体が大きい。先生たちか、下手するとそれを上回るかもしれない。彼は校舎の足元をじっと見つめたまま、手も足も動かさなかった。

 ひとまずお礼をいい、ボールを拾いに向かう私。どうにか押さえ込んで振り返ると、彼は立ち上がって、校舎の壁を両腕で突っ張るような姿勢をとっていた。

 足を引いて力を入れるその背丈は、やはり2メートル以上はあるように思えたよ。



 それ以後、改めてお礼をいおうと私は他学年のフロアへ行ってみる。けれど、彼の姿を見かけることはなかった。

 あれだけの背なら、見た目でわかりそうなものなのに、それらしい人影はない。

 だが、休み時間になるとどこからともなく、ふっと姿を見せる。件の校舎裏手でだ。

 観察できたのは、たまたま校舎の3階にいたとき。どうも人の気配に敏感らしく、一定の範囲内に誰かが入ると、すぐに裏門から出ていってしまう。足はかなり速い。

 それらがないと、たいてい彼はじっと地面にかがんでいる。ときどき思い出したように立ち上がっては、ここの校舎を押しにかかる素振りを見せるんだ。その繰り返しだった。


 最初はまさかと思ったが、彼が壁を押すタイミングと、校舎が揺れるタイミングは合っていない。

「さすがにひとりで校舎を揺らすのは無理だろ」と踏んでいた私だが、帰りがけに彼がいた場所を見て、思わず目を見張る。

 彼の押していた壁の足元に、数センチ足らずだが湿り気のある土がのぞいていたんだ。周りの土はすっかり乾いているから、色の差は歴然だ。

 あの彼が土を継ぎ足したのかもしれない。だがそれにしては、湿った土がこの裏手の壁伝いに長々と姿を見せるような、手の込んだ真似をするだろうか。

 私の頭に一抹の不安がよぎる。そしてここから反対側の校舎の壁、そことフェンスの間を測ったんだ。



 予想は当たった。彼を見かけた日、長さを測り直してみると数ミリ程度だが、校舎がフェンスに寄っている。

 彼はこの校舎を揺らしはせずとも、動かしていた。そのものの重さはもちろん、何百といる中の人の重ささえも、上乗せされたものをだ。

 いよいよ不審さを増していく、彼の動き。先生方は気づいているのかいないのか、彼を拘束しようとする動きが見られない。そもそも、彼の引き際が素晴らしすぎるのもあるが。


 そうこうしているうちに、校舎はとうとう、私の握りこぶしひとつ分ほど動いてしまった。

 放課後。ひとけがなくなった頃を見計らって、私は改めて観察に入る。

 色の変わった土ははっきりと姿を見せていた。しかもこの土、何度も鍬を入れられたようにすっかり柔らかくなっていたのさ。

 私はぴんと来たよ。「あの子はここに何かを埋めてるんじゃないか?」とね。

 その日も空はまた雲がいっぱいで、頭上の一角だけが青をのぞかせる妙な天候。長い傘は持ってきている。その先っちょで、私が件の土をほじくり返そうとしたときだ。



「やめろ」


 むずっと、後ろからシャツの襟をつかまれたかと思うと、後ろへ思い切り投げられた。

 あっという間に校舎が前へ飛んでいくや、私のすぐ横を、あの背の高い彼が通り過ぎる。もちろん、私が前を向いたまま後ろへ吹き飛んでいるからだ。

 途中で渡り廊下のすのこに足が引っかからなかったら、そのまま背後の体育館の壁に叩きつけられていただろう。かといってすのこも勢いを止められず、私と一緒にひっくり返って倒れ込む羽目になったがね。



「もうすぐ『芽』が出るんだ。そうすればすぐ終わる。邪魔をするな」


 こちらに背中を向けたまま、野太い声を出す彼。

 その言葉通り、かがんだ彼の身体の脇から、「ぽん」と音がしそうなくらい、勢いよく双葉が地面から飛び出した。

 にんまりと、彼の横顔がほころぶ。双葉は見る間に茎をのばし、その身体はわずか数秒で彼と遜色ない高さにまで至った。


「ようやく帰れるな」


 彼は成長した茎にしがみつく。

 そこからはまさに電光石火の動き。一瞬で茎は校舎を、周りの建物を置き去りにして、天空へと伸びあがったんだ。

 わずかにのぞく青空の中へ飛び込んだかと思うと、今度はまばたきひとつで、ぱっと姿を消してしまったんだ。

 ほどなく、校舎全体がブルブルと震えるのを私はこの目で見る。この体育館の渡り廊下は揺れていない。

 本当に校舎だけが振動していた。中から小さく叫び声をあがるのも聞こえたが、十秒ほどで揺れはおさまる。音だけ聞くに、物などは落ちずに済んだようだ。

 

 身体を起こした私は、先の双葉が生えた箇所へ近寄るが、そこにはもう湿った土の姿はない。校舎の反対側もまた、フェンスとの間隔がちゃんと元に戻っていたんだ。

 それ以降、あの妙な天候が続くことはなかったよ。ひょっとしたら学校が揺れていたのも、あれを芽吹かせるために、特大の農具の役割を果たしていたのかなとも、いまになって思うんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] おお、面白かったです! 私はど根性植物みたいな、芽を出そうにも頭上の校舎が邪魔で「えい、えい、あれ?」みたいな感じで下からつついていたから揺れてたのかなと……(笑) そこに彼がすき間を作って…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ