第一章 第八話 襲撃
「ノーマル、ですか.......」
「そうです。残念ですが、あなたに魔法の適正はほとんどないみたいです.......」
せっかく異世界に来たが魔法はお預けか.......
「.......まぁいっか」
「はい?」
「いや、良くないでしょ」
ん?
「何か不味いのか?」
「不味いに決まってるでしょ! ノーマルでどうして「まぁいっか」で済むのよ!」
えぇー、そんなにノーマルってダメなのか?
「今の時代、魔法がないとダメよ!」
「今この時代では技術的にも、文化的にも、軍事的にも魔法がないとどうしようもないのです」
リーエルさんが補足してくれた。
なるほど、魔法がないとこの世界ではきついのか.......
「《剣拳》じゃダメなのか?」
「《剣拳》だけだとどうしようもないですね....... 遠距離から魔法攻撃されたり、動くよりも早く魔法が飛んできますからねぇ」
はぇ〜、どうしようもないと来た。
けど少し試したいことがあるんだが.......
「あの、すみませ.......」
と、リーエルさんに聞こうとした声は爆発音によって遮られた。
とても大きな音だ。
そしてガラガラという壁か屋根が崩れるような音。
「なに?!」
「一体どうしたと言うんですか?!」
俺らがそれに対処出来ないでいると、
「主様、大変です! 噂の賊が侵入しました!」
「なんですって?!」
廊下からメイドが走ってきた説明してくれた。
ふむ、噂の賊とはなかなか強そうだな。
やはりその賊も魔法を駆使してくるのだろうか。
「狙いは主様の可能性もあります。速やかに最上階に避難してください!」
「分かりました。リン、あなたは賊を迎え撃ちなさい」
「えっ」
思わず声に出して驚いた。
母親は最奥に引きこもり、娘は前線で戦う?
「何驚いてんのよ。私こう見えてめっちゃ強いのよ!」
そういえば国内難易度最高峰のネオシスの森とか言うやつにいたな。
そんな中で1人で戦ってたんだから強さは折り紙付きだろう。
「レイさんは他の安全な場所に避難してください」
「.......分かりました」
俺がそう言ったのを確認してからその場にいた人たちは各々に散っていった。
恐ろしく素早い対応だ。普段からこんなことが起きているのか?
まぁ今この部屋に残っているのは俺だけだ。
「.......さて」
俺はさっき覚えたスキル《気配察知》を発動した。
俺を中心に目に見えない円形のセンサーのようなものがある。色は分からないが形や動きは鮮明に分かる。
それに意識を向けて込める力を強くする。これが魔力ってやつなのか?
すると円が急激に大きくなった。その範囲は屋敷をほぼ包んでいる。
そして、1箇所派手に動いている場所を察知した。
シルエット的に一人の男が複数人に囲まれている。
そして次の瞬間、男が高速で動き魔法とおぼしきものを打ち始めた。
それに対応するように囲んでいる人たちも高速で動き始めるが、賊と思われる男の方が上手だ。
翻弄されて相手にかすりもしていない。
そこに一人の少女が割り込んできた。
シルエットから察するにリンだろう。
彼女は見事と言える体さばきで相手の攻撃を躱し、魔法を打った。
何発かは相手にあたり、ダメージを負わすことに成功した様子だ。
しかし、賊の方はそれほど苦にした様子無く再び魔法を打ち始めた。
激しい魔法の応戦が始まったが、それは5分程で方が着いてしまった。
リンが苦しそうに立膝をついた。
それを合図にしたかのように、賊はリンを飛び越え走り去って行った。
「.......だいぶリンも強かったけど、それを難なく倒す賊強くね?」
(はい、あの賊は相当の手練だと思われます)
アイテールも同意してくる。
「まぁいっか。もうすぐわかる事だし」
俺は扉の方に向き直り、
「そうだろ? 噂の賊さんよ」
言い放った。
そうすると屈強な男が部屋の入口に立った。
「よく俺がここに来るとわかったな」
開口一番そう言ってきた。
「いや、良く考えれば当たり前のことでしょ。賊が入ってきたのにリーエルさんの命が狙われてるとか訳分からんくて笑えるわ。普通に金目当てだから金目のものがあるこの部屋を狙うだろうに」
「確かに、なんて滑稽なんだろうか」
2人してふっふっふと笑ったあと、
「お前には見込みがあるな。どうだ、こちら側に来ないか?」
賊に誘われた。
「そうしてみるのも面白そうだな。けどすまんがそれは出来ない。なんてったってここの少女に命を救われたもんでな」
「.......ほぅ。残念だがその少女というのはさっきのあいつの事かな? あの強さに救われたってことは大したことなさそうだな、お前」
「それはどうかな」
挑戦的な笑みを浮かべた。
「まぁいいさ。戦ってみればすぐわかる事だ」
そう言って男は廊下の方を親指で指さした。
廊下でやろうという意味だろう。
「わかった」
俺は返事をすると部屋から出た。
廊下に出たら右側に男が立っていた。
俺は左側に行けという意味か?
「それにしても賊のくせに随分と律儀じゃないか。俺が部屋から出た時に殺さないなんてな」
俺は歩きながら問いかけてみた。
「そこまでクズ野郎になったつもりはねぇ」
「ふーん....... じゃあなんで賊なんかになったんだ?」
「お前には関係の無いことだ」
軽い掛け合いをしながらお互いに向き合った。
「.......じゃ始めようか」
「あぁ....... 来い」
俺が返事したと同時に男は両手を上げて魔法を打とうとして止まった。
そう、止まったのだ。
俺は《思考加速》を使って加速された世界の中で呑気にアイテールと会話していた。
「なぁアイテール。この《思考加速》って思考を加速するだけのものだよな?」
(その通りですマスター。)
「けどよ、この加速された世界の中で普通に俺動けそうなんだけど」
(あなたの元のスペックが高いせいで身体能力向上系統魔法を使わなくても難なく動けるのです。)
「へぇ、便利なもんだな。あとひとつ質問なんだが、《剣拳》ってあるじゃん。あれって剣に関係しているんだから剣とか使えないの?」
(勿論使えます。己の中で剣をイメージして下さい。)
言われた通り剣をイメージする。
形は特に考えていなかったが、イメージしていくうちに自然と剣の形が視えてきた。
すると、自分の開いた手の中に剣の柄が現れた気がした。
直感に任せて握ってみるとそれは重量のある実態を伴った剣と化した。
「おぉ、すげぇ」
(《剣拳》の能力のひとつの剣実体化です。それはほかの誰もが使ったことの無いマスターだけの剣です。)
へぇそうなのか。
俺はその剣を片手で振ってみる。
見た目的に結構重量がありそうなのに木の棒のようにブンブン振れる。
しかも自分で見ててキレがある。
剣道なんてやったことないのにこのキレが出るのはおかしい。
つまり.......
「俺の魂に刻み込まれた技ってことか.......」
一体前世の俺はなにをしていたのか。
今世の俺と同じくろくなことにあっていない気がする。
「まぁそれはそうと.......」
俺は腰を落として剣を構える。
少し息を整えたあと、足の力を思い切り使い男の方に飛び出した。
そのまま剣を男の左肩から右腰にかけて切り裂いた。
そして勢いのまま男を通り過ぎた。
人間を切った感想は特にない。
切れ味が良すぎてスっとすぐに切れてしまう。
さて、どうなるか.......
俺は《思考加速》を解除した。
「.......グファッッ?!」
男が血を口や傷口から噴き出しながら前のめりに倒れ込んだ。
「なっ?! バ、カな....... いつ動いたというのだ.......?!」
「お前が腕をあげた時だよ」
「.......なんて、速さだ....... 全く見えなかった............. お前の、属性は、なんだ.......?」
息を切れ切れにしながら聞いてきた。
若干良い奴だったし魔法に関して興味があったんだろうな。
この様子だともう助からないだろうし言っておく。
「俺はノーマルだ」
「.......そんな、バカなこと.......あるわけ、ない.............だろ...................」
男は沈黙した。
完全に死んだらしいな。
まぁだが魔法が存在する世界だ。復活魔法があったとしても不思議ではない。
俺はこいつの仲間が居ないか辺りを見回した。
すると少し離れたところに少女がこちらを向いて倒れているのが見えた。
「.......あなた、今何をしたの?」
少し怯えた様子でこちらを見ているのはリンだった。
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私は賊と魔法の応戦をして倒された。
正確には倒されてはいないが魔力も底を尽きた。完全に無力化された。
賊はこちらを見ると、
「お前なかなかやるな。大したことないけど」
そんな侮辱とも賞賛ともとれるセリフを投げてきた。
「.......そういう、あなたこそ....なんて....ハァ.......つよさなの.......?!」
私は自分の力に自信を持っていた。
この男はそれを完膚なきまでに叩きのめした。
そんな強者が何故こんなことをしているのか。
「まぁ俺は強いけどよ。お前もこの館の中にいる少年程強くはないがなかなかだぞ」
少年?
この館には母様とメイド達と執事達しかいない。
少年と呼べるものはいない気が.......
いや、今日入ってきた人がいた。
「あなた、レイが目当てなの?!」
そう聞くと男は首をかしげて
「何故レイ? レイ関係の書物が何かあるのか?」
男は知らない様子だ。ならこれ以上喋る必要も無い。
けど気になることを言っていたわね.......
「それよりも、私よりもその少年の方が強いっていうの?」
「当たり前だろ。見なくてもわかる」
なっ?!
「とんだ馬鹿賊ね.......私の方が強いわよ」
「そんな気はするがな、何故かあいつの方が強く感じるんだ。なんでだろうな?」
この男っ、馬鹿にして
「まぁお前さんはもう動けない。放っておくぜ」
「あっ、ちょっと、待ちなさいよっ!」
しかし私の言葉に見向きもせず走り去ってしまった。
「くっ、レイが....危ない.......っ」
魔力欠乏によって体がだるく、相手の魔法攻撃をモロに食らってしまったから体が痛い。
立ち上がるのも精一杯。
それでもなんとかしないと.......
渾身の力を振り絞り、壁に寄りかかりながらなんとか歩き出した。
1歩1歩進む度に体が痛むが諦められない。
今日会ったばかりとはいえ、せっかく助けてやったんだから.......あそこで助けたことを無駄にさせないでよね.......
しかし、歩き出してさほど経たないうちに声が聞こえてきた。
男の声だ。
一体こんな所でなにをして.......
「ふーん....... じゃあなんで賊なんかになったんだ?」
(レイっ?!)
心底私は驚いた。
どうして賊と会話なんてしているんだ。
まさか.......
「お前には関係の無いことだ」
廊下の角から声がする方を慎重に覗いてみる。
そこには向かい合っている賊の男とレイがいた。
「じゃあ、始めようか」
そう言い2人は腰を落として構えた。
その様子を見てとても安心した。
レイが賊の仲間だったらどうしようと考えていた。
勿論あんな優しい少年が賊の仲間であるはずがないんだけど、やっぱり少し不安だったというか.......優しい? いやいや何を考えているの?! ほら落ち着いて、早く争いを止めないとっ!
再び2人に目を向けて飛び出そうとする。
しかしその瞬間、レイが賊を切り裂いた。
(なっ?!)
《思考加速》を使っていないとはいえ、この私が全く見えなかった?!
しかも切り裂いた武器も不明、一体どこから武器が現れどこに消えたのか。
手で切ったなんて馬鹿げた話あるはずないし.......
だからといって武器があの瞬間だけ現れたなんてこと、もっとありえないし.......
すると彼がこっちを見た。
全身に恐ろしい何が走った。
それが鳥肌なのか、悪寒なのかは分からないがなにかを感じた。
彼の目はそれほど凍てつくように光っていた。