第一章 第七話 ステータス
俺達が立ち上がると同時に、少し奥で控えていた執事が少し早足でこちらの前に回り、入り口の大きなドアを開けてくれた。
俺はリーエルさんの後ろにピッタリとくっついて行く。
隣の部屋だと言っていたのに隣のドアまで20メートル近くあることにはもう突っ込まない。
リーエルさんの歩き方はとても綺麗だった。
どこか上品で、尚且つ洗練された動きをする。
ここで少し気になって聞いてみた。
「すいません。間違っていたら申し訳ないのですが、何か昔武術に精通していましたか?」
するとリーエルさんは立ち止まり、振り返った。
その目は見開かれていて、何故分かったのかと言わんばかりの表情だった。
「何故分かったのですか?! 私が剣を置いてから10年近くの経つというのに?!」
「ふむ、なんでだろうな」
「.......はい?」
リーエルさんが明らかに頭の上に疑問符を浮かべた。
実際自分でもなんで分かったのか分からない。
ただ何となくそう思っただけなのだ。
「分かりません。本当にふと思っただけなんです」
「.......なるほど、記憶が現れる前兆なのかもしれませんね」
そんな話をしているうちに、頑丈そうな扉の前に来た。
リーエルさんはポケットから3つの大きな鍵を取り出し、鍵穴に差し込み回した。
鍵を3つも利用しなくてはいけないところを見るに、中には相当大事なものが入っているらしい。
もしかしたら測定装置がそうなのかもしれない。
「すいません、少し汚いですね」
中は薄暗く、テーブルや棚がいくつか置かれていた。
窓にはカーテンがかかっており、この部屋をより一層暗くしている。
テーブルや棚はやはり気品を感じる物だが食堂にあったもの程ではなく、全体的に少し埃を被っておりしばらくの間使われていないことがうかがえた。
リーエルさんは1つの棚の前に行き、中から1つの箱型の装置を取り出した。
恐らく、それが魔力測定装置なのだろう。
リーエルさんはそれをテーブルの上に置き、手をかざした。
「.......何をしているのですか?」
リーエルさんには邪魔になってしまう可能性があるので、一緒に部屋に来た執事さんに聞いてみた。
「あの魔力測定装置は魔力をこめることにより効果を発揮します。特にあの装置は適正をも見極めるので多くの魔力が必要になってきます」
なるほど。じゃああれは魔力をこめているのか。話しかけなくて良かった。
そう思いリーエルさんの方を見てみると、彼女の手が少し淡く光り、装置も共鳴するように光出した。
あれが魔力か、なんて初めての魔力を興味津々に見ていると廊下からドタドタと音が聞こえたと思ったら、
「とーう! みんな何してるの?」
この世界に来て初めて会った少女がそこに立っていた。
彼女は俺がいると分かった途端、バツが悪そうにそっぽを向いた。
「なんであんたがいるのよ.......」
「怪我したからだよ」
「知ってるわよ!」
彼女はすぐに言い返すもまたそっぽを向いてしまった。
「.......あんた、名前はなんて言うの?」
「え?」
「名前よ、名前。.......まさか名前も覚えてないの?」
いや、そういう訳じゃないんだが何か引っかかるものを感じて返答に遅れた。
しかし名前か.......
思い出そうとすると虚無感に襲われてしまうからここは偽名で通そう。
「ごめん、名前も思い出せないんだ」
「.......ホントに? .......ごめん、私のせいだよね.......」
「別に君のせいじゃないよ。あんな所にいた俺が悪いんだから」
「.......ありがとう。優しいのね」
「.......けどどうしよう。名前が無いと不自由なんてものじゃないよね?」
「記憶を思い出すまで自分で決めればいいんじゃない? 自分の記憶なんだし」
それもそうだな。
「うーん.......名前か。名前ねぇ.......」
今後使っていく名前となると慎重に決めなくては。
「んー.......そうだ」
たった今何となく思いついたテキトーな名前だが、
「レイっていうのはどうだ?」
日本語で零と書いてレイ。
まさに今の俺にピッタリの名前だ。自分の名前を忘れ、零からスタートしているこの状況に。
しかし、彼女らは揃って大きく目を見開き顔を驚愕で染めていた。
「.......えぇと、何か問題ある名前でしたか? 既に誰か有名人が使っているとか」
「.......覚えてないの? レイを知らないの?」
少女が真剣な眼差しで問い掛けてきた。
そうは言われても.......
「レイって誰か有名な人の名前なのか? すまんが覚えていない」
「.......そうですか。まぁ本人が決めた名前なので私達がとやかく言う必要はありません」
「.......分かったよ。じゃあ私の名前も教えてあげる!」
何故か変な空気になったが俺は知らない。本当に何も知らないから仕方ない。
そういえば少女の名前を聞いていなかったな。
「なんて名前ですか?」
「私はリンっていうの。よろしくねレイ」
「あぁ、よろしく」
リンか.......
随分と日本人っぽい名前だな。
まぁ日本以外でもリンって人はいるし不思議では無いのか。
「レイさん。魔力補給が終わりました」
そうだ。魔力測定をするためにこの部屋に来たんだった。すっかり忘れてた。
「ありがとうございます。この上に手をかざせばいいのですか?」
「そうです」
言われた通りに装置の上に手をかざしてみた。
すると、装置が光り輝きキラキラした光の粒子みたいなものが装置から出てきた。
その光の粒子は徐々に広がっていき、やがて長方形を形作った。
それはモニターのようであり、事実その長方形に文字が浮かび始めた。
「ここにステータスが書いてあります。細かいところまで確認して下さい」
ほー、細かい部分まであるのか.......
.............。
カラッカラなんだけど.......ステータス表.......
「.......あの.............これ、変じゃないですか.......?」
「どれが.......あれ?」
リーエルさんは今日驚いてばかりだな。
まぁほとんど俺のせいではあるのだが。
「.......本当だ.......ステータス表がスッカスカだ.......」
リンもビックリしているに
改めてよく表を見てみると、書いてあることは4つしかない。
1つ目はおなじみ《意識加速》
2つ目もおなじみ《念話》
3つ目はさっき手に入れた《気配察知》
4つ目は初めて見るスキル?《剣拳》
3つ目までは問題ないとして、最後のやつが問題だ。
さて、これはどうしたものか.......
(お呼びですか、マスター?)
.......危うく吹き出してしまうところだった。
周りを見てみるとリーエルさんも、リンさんも、執事さんさえも、動きが止まっていた。
....否、止まってはいない。超ゆっくり動いている。
この現象は.......
(《思考加速》か?)
(その通りです、流石マスター。状況察知能力が高いですね)
(.......とりあえず言いたいことは色々あるが、これを最初に聞いておこう)
俺はここで一拍おいて、
(どうしてマスター呼びなんだ?)
まず1番気になったことを聞いてみた。
( .......? 主様呼びは止めろと申し上げていたので.......)
それかぁ、それが原因かぁ。
どうしてこうなってしまったんでしょうねぇ.......
(ま、まぁそれは置いておくとして、どうしたアイテール?)
(いえ、マスターの質問に答えようとしたまでですが)
(質問? .......あぁ、《剣拳》についてか)
(そうです。《剣拳》は文字通り、剣術と拳術に優れたスキルのことです。スキルには10段階あり、マスターのスキルレベルは勿論10です)
はぁ。最大評価なら色々と面倒だが仕方ないことだ。
自分の身は自分で守らなくちゃな。
それに、このスキルは《思考加速》と相性が良さそうだ。
(なるほど、それを伝えるためにわざわざ?)
(はい。 .......お邪魔でしたか?)
(いや、むしろ助かった。ありがとう)
(お褒めに頂き光栄です)
その言葉を聞き、俺は《念話》を切った。
まぁなんとも忠実な部下?もいたもんだ。
俺から聞こうと思っていたのに先読みしていたとは。
《念話》を切ると同時に《思考加速》も切っていたので再び周りの時間が加速し始めた。
「ま、まぁ《剣拳》があったってことで良かったんじゃない?」
なんて分かりやすい励ましなんだろうか.......
ここまでハッキリ言ってくる人は少ない。
するとリーエルさんも
「それよりほら、属性の方を見てみません?」
露骨に話を逸らし始めた。
魔法をあまり使えないということはそんなに不便なのだろうか?
格差があったりするのか?
まぁ、それはさておき.......
「えぇと、属性は.......」
俺はスキルの欄ではなく隣の属性ステータスの部分を見ると.......
「.......ん? 無属性?」
こちらにはひとつだけ《無属性》とだけ記されていた。
後ろではリンがあちゃー、という顔をしている。
何がなんだか分からずにいると、
「無属性には、大きく分けて2つあります」
リーエルさんが話し出した。
「1つ目は火、水、自然、光、闇の5属性に存在しない特殊な属性。歴史を遡ると時空を扱えた場合もあるようです。しかし、最近だと無属性とはあることを指します。それが2つ目で.......」
ここでリーエルさんは一言区切り、
「ノーマルと言われています」
そう言い放った。