第一章 第六話 対面
入って来たのは俺の予想と違い、俺を助けてくれた少女ではなく黒服を見事に着てみせてる執事だった。
けど、よくよく考えてみたらこんなに大きな館(推測)に住んでいるんだから当たり前のことだ。
大きな館では執事が働いている。それは、俺の偏見ではなく全世界の主張だろう。
「お目覚めになららましたか。気分の方はいかがでしょうか?」
「はい、痛い所も無いし気持ち悪くもありません。すいません、わざわざ助けてもらって」
とりあえず今は向こう側に話を合わせておく必要があるな。
向こうから聞かれて一番厄介なのは、俺の出身についてだ。
俺も覚えていない部分があるのは最初混乱したが、輪廻転生をした後遺症と考えればそれほど不思議では無かった。
しかし、見ず知らずの人に一から異世界と輪廻転生について教えるのは正直面倒くさい。俺は省エネなんだ、無駄な所で労力を取られたく無い。
まぁ、そのうち暇になったら教えてもいいかもしれない。その時俺がここにいるかはともかく。
だから、こちらからわざわざ輪廻転生を教える必要は無いのだ。聞かれなければ嘘を言ったことにもならない。向こうから聞いて来たら、その時はその時で考えよう。
「良かったです。我が主のせいで関係のない一般市民を巻き込んだとなると、大変よろしくないので」
ん?
「おい、今なんか変なこと言いませんでしたか?巻き込まれてしまったのは、私に非があると思うんですけど」
「いえ、完全にこちらに非があります。本当に申し訳ありませんでした」
いまいち話が噛み合わない。
俺が無理矢理輪廻転生したから、近くをたまたま通りかかったあの少女が助けてくれるっていうご都合主義な展開じゃなかったのか?
「あの時我が主は森で狩りをしていました。普段なら難なくこなして帰ってくるのですが、あの日は狙っていた獲物が逃亡してしまい追いかけた矢先にあなたと遭遇したわけです」
「マジかよ」
それが本当ならあの少女はなんなんだよ。
俺が悪いみたいな流れだったじゃねぇか。
「あんたのせいで私がわざわざ助けに動いたんだからね、感謝しなさい!」なんて言葉が聞こえて来そうな勢いだった。
一発ブン殴りたくなった。流石にこの状況では自重するが。
「それと、主様がお呼びです。今回のお詫びも兼ねて、貴方様と話がしたいとのことです」
「……分かりました。案内してもらってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。きっと、主様もお喜びになります」
今の話が本当だったら、こうなる流れはほぼ必然だっただろう。
他人に魔物を追いやった挙句、気絶させてしまったのだから。
それにこの執事もチラッと言っていたが、この屋敷は大きい。故に、ここに住んでいる人達は有名な権力者なのだろう。だからそんな人物が一般市民を危機に追いやったとなれば問題になってしまうんだろう。
だから、俺にお詫びの意を示して今回のことは綺麗さっぱり水に流してくれといった所だろう。
そして今、一番危険だと思ったのは口封じだ。
俺が非力な人間だったからお詫びをしてまで周囲に言わないように促すよりよっぽどマシだ、なんて思われてたらだいぶ危険。
そんな人物ではないことは分かっているのだが。
あの時の少女とこの執事さんの様子を見るに、そんな思考の持ち主だとは考えづらいからだ。
たしかに見た目だけでは判断出来ないが、本当にそんな思考の持ち主だったら、俺なんかを助けずにあの時魔獣に殺させておけば良かった。
まあそんな理由から、俺はこの人達を信用することにした。
理由はどうであれ、この世界に来てからの初めての友好関係者だ。
今後も、良い関係が続いてくれるように努力したい。
俺は今、文字通り右も左もわからない状態だ。
この世界に来てからろくにこの世界の説明を受けていない。
アイテールさんに聞くのもいいけれど、この近辺の情報なんかも知りたい。まとめて聞いた方が違和感がないだろう。
しかし、さっきからずっと屋敷の廊下を歩いている。
歩くペースがそこまで遅いわけでは無いが、かと言って速くもない。
純粋にこの廊下が長いのだろう。
その廊下の長さから、この屋敷の主の権力の大きさが伺える。
少なくとも、こんな大きな家は日本では見なかった。
海外に行けばあったかもしれないが、それでもこの屋敷は映画で見たお城並みにデカい。一種の要塞かなんかかなんて思った。いや、普通に俺が思っていた通りに城かもしれない。
そう思うと今更ながら緊張してきた。
今更感が凄いが、急に緊張してきてしまったんだから仕方ないね。
少しでも緊張を紛らわすために辺りを見渡してみると、高そうな壺やら絵画やらが置いてあった。
どれも装飾が細かく施してあって、素人目から見てももんのすごい値段がかかったことが分かる。
気をそらそうとしたが逆効果でしかなかった。
この屋敷がとんでもないお偉いさんの所有物だと再認識させられた。下手な行動は起こさない方が身のためだな。
そうこうしているうちに、ある扉の前までやってきて、
「こちらで主人がお待ちしています」
と、執事が一言説明してから扉を開けた。
「……っ!」
中は食堂のようになっていた。
壁には見事としか言いようがない気品を感じさせる多種多様な飾り付けが施されていた。
天井からは大きなシャンデリアが吊るされていて金色に輝いていた。
中央に様々な料理を載せた、よくドラマで見るような長いテーブルが置いてあった。
そして、そのテーブルの先の一番離れた席に座っている人こそがこの屋敷の主人なのだろう。
俺を助けて(?)くれた少女ではなく、もっと大人な女性がこちらを向いて微笑んでいた。
「あなたが例の人?」
「あ、はい。その例の人です」
突然声を掛けられたが特に緊張することなく受け答えできた。
この人からは何か安全なものを感じる。例えるなら聖母のような。
それほど緊張して会話する必要はない気がするような雰囲気を漂わせている。
もちろん良い意味で。
「まずは席におかけになって。それから話をしましょう?」
「分かりました。失礼します」
「そんなに畏まらなくていいのよ?こちらも聞きたいことがあるから」
聞きたいこととはなんだろうか。
少し気になったがとりあえず席に座った。
「わたくし、この地域の領主を務めています、リーエル・シェイルと申します。この度はうちの者が迷惑をかけました」
開幕早々に相手から謝罪された。
「いえ! こちらの落ち度であります。私があんな森に入らなければ」
「そうは言っても魔物をけしかけたのは私たちの責任ですので。これはそのお詫びも兼ねています。遠慮せずにお食べになってください」
「はぁ......それなら遠慮なく」
正直、起きてからめっちゃ腹が減っていた。
輪廻転生する前の腹ペコステータスが受け継がれるんだったら分からなくもないが、この世界に来てからそれほど経っていないからこの申し出は素直に嬉しかった。
テーブルに並べてある料理からは猛烈に食欲を刺激する匂いを放っている。
世界が違うから料理も違うんじゃないかと心配していたが、ほとんどが俺の知ってる料理だった。
目の前に置かれている魚の丸焼きを始め、クリームパスタ、ステーキ、魚介サラダ、スープ、フルーツ、多種多様なパンとなんでもある。
ちょっと残念だったのは日本食に似た料理が無かったことだ。
まあ確かに日本食は他の食文化とはかけ離れた異色なものだから仕方ないと言えば仕方ない。この世界のどこかには日本食に似た食文化があると今は信じよう。
とりあえず目の前に置かれている魚の丸焼きを切り分けて口にしてみたが、これが美味すぎた。
向こうでも食べたことないくらい美味い魚だった。これだけの位の人が食べている魚の丸焼きだから当然なんだろうけど、これを毎日食べているとしたら大変裕福なんだと思う。ここに来るまでに散々知ったことだが。
「それで話をしましょう?」
しまった!
食べるのに夢中になりすぎてた。
「ゴホッ、ゴホッ、…すいません、話をするためにここに来たのに食べるのに夢中になってしまい……」
「いえいえ、気に入ってくれたようでなによりですわ。これらは家のコックの自慢料理なんですのよ。たくさん食べて下さい」
「すいません……ありがとうございます」
本当に親切な人だ。
口には出さずにそっと、そう思った。
「それで、いくつか質問してもいいかしら?」
……来た、
ついに質問攻めが始まる。
「はい、答えられる範囲であれば」
そう返答したらこの屋敷の主人、リーエルさんは意外そうに少しだけ目を見開いた。一瞬だけだったが。
何がそんなに意外なのだろうか。相手と会話する上で必要なことをやったまでである。
今の「質問してもいいかしら?」に対する返答の仕方は「はい、喜んで」ではダメだ。相手に恩義を感じていてもここでは俺が言った風に答えないと後々面倒なことになる。
ここでもし、「はい、喜んで」と答えてしまったが最後、どんな質問にも答えないといけないという一種の暗示にかかってしまう。
これは責任感が強い人ほどかかりやすく、一度なんでも答えると言えば相手から答えにくい質問が来ても答えないといけないという使命感に駆られてしまう。
責任感がそれほど強い人でなくても相手の質問に対して答えなかった瞬間、相手から非難の目を向けられてしまうことだろう。
俺が向こうにいた頃、成績はそこまで良いものでもなかった。
世界地理とか公民とかの社会科は得意だったが、数量などの純粋な計算は苦手だった。
そのかわりと言ってはなんだが、昔から相手の思考を読むのに長けていた。
よく学校の先生だったり親からは驚かれた。
当時子供だった俺はこの程度誰でも出来るのにと思ったが、今となってはその異常性がよく分かる。
ただし、思考を読みすぎると嫌になってくる。
相手の自分に対しての思いが分かってしまう。これは子供だった俺にはかなり強烈なことだった。
せっかく友達をつくっても、すぐに友達じゃなくなってしまう。
友達と遊ぶに連れて、自分に対して不快感を持った瞬間が分かってしまうのが原因だった。
少しからかっただけなのに、不快感をあらわにする。
一般人からしてみたら、そこで笑って相手も笑って楽しく終了なんだろうがそうはいかなかった。
俺は相手の不快感を敏感に察知してしまう。そのせいでこちらが口よどんでしまい、相手も笑わずに変な空気になって終わってしまう。
そのおかげで高校生活では美沙希と優大以外の友達はいなかった。
あの二人は小さい頃からの幼馴染ということもあって、変な空気にはならずにいた。
リーエルさんはさっき聞いた限りではここ周辺の領主であるらしい。つまり貴族だ。そうでなくても地位の高い人であることは間違いない。
そうであるならば、もちろん何かしらの地位が高い者同士の会議か何かがあってもおかしくない。
そういう生活を送ってくる中で、必ず相手との会話術を身につけるだろう。
今驚いていたのは俺がその中の一つを使ったからなのだろうか?
もしそうならその会話術というのはかなり初歩的な内容が記されていることになる。
流石にあり得ないだろうから、リーエルさんが驚いたのは一般市民である俺がその会話術を絡めてきたからだろうと予想がつく。
「あなたは……どこかで教育を受けていたのですか?」
「いえ、特別どこかで教育を受けたことはありません」
「…そうですか」
少し残念そうにリーエルさんは呟いた。
このセリフもそうだ。
ここで教育を受けたことがバレてしまったら、記憶があることになってしまう。
そういった事態は極力避けたい。
俺が発見されたのはこの国でも難易度の高い森、ネオシスの森らしい。国の中でもかなり重要視されている森だ。
そんな危険な森の中に一人で生き残っている人を見かけたら、まず間違いなく只者ではないことが分かるだろう。
そしてそんな人が記憶喪失だと言っている。
なぜか?
理由は簡単。素性を調べられたくないからだ。
素性を調べられたくない人というのにはロクなものがない。
真っ先に思い浮かぶのはスパイ、諜報員などだろうか。
その中のエリートがスパイとして街に入り込むというのは少しどころの騒ぎじゃない。下手すれば国家問題だ。
だから、ここでは記憶喪失ということで押し通さないといけない。
スパイではないかと疑われないために。
リーエルさんは改めて俺を見て、
「あなたは記憶喪失だと聞いています。あれから何か思い出したことはありますか?」
「すいません、何も思い出せて無いです。基本的な情報も覚えているものはありますが、一部覚えていないこともあります」
「そうですか…早く治れば良いですね」
この人は親切だ。だからこそ裏がないか探ってしまう。
〈綺麗な薔薇には棘がある〉
この言葉は俺の好きな言葉の1つだ。
相手がどうのこうの関係なく、出会ったら相手の全てを観察して理解しそれを用いる必要がある。
相手が騙してきてもそれを見破れば良いだけの話。
だから俺は人が騙されててもかわいそうだとは思わない。騙される方が悪いんだと思う。
「あなたは年齢からしてどこかの生徒かもしれませんね。近くの学校を探してみましょうか」
学校か.......
こちらの世界にも学校というものは存在していたんだな。異世界に学校は無いという先入観にとらわれていた。確かにあっても不思議ではない。
「学校、ですか.......そこでは何をしているんですか?」
「...学校のことも忘れてしまったのですか?」
「すいません、何も思い出せないです」
「そうですか.......それは困りましたね」
「なぜです?」
「学校に行く人と行かない人とで、探し方の難易度は大きく変わってくるんですよ」
うむ、確かに一理ある。
学校に行っていたら様々な記録が保存してあるだろうが、言っていなかった人は話が別だ。
学校に行けない層、つまり貧困層だ。
こちらの世界では義務教育なんて言うものは未だ存在していないだろう。あれはあらゆる政治機関がそれぞれの役割を果たし、なおかつ国民主権じゃなければなかなか成り立たないものだ。
こちらの世界にあったら俺以外の異世界人の存在を疑わなくてはならない。
逆に学校に行ける裕福層は貴族である可能性が高い。
もし仮に俺が貴族だとしたら、子供のいる有名な貴族を順々に尋ねていけばいい。
時間はかかるが確実性に長けている。
そして、もう1つのメリット。
俺が貴族だったら、俺の親に媚びを売ったり借りを作るチャンスになる。
屋敷を見て来て外を眺めた感じ、どうもこの国は貴族制度らしい。
貴族制度なんていうややこしい政治競走の場で、他の貴族を内に入れられるのはとても大きなものとなる。
「学校には記録が必ず残されているものです。しかし、学校に行っていないとなると難しくなってきますね」
「そうですか.......僕はどうすれば良いのですか?」
「まずは、あなたの魔力を測定しようと思います」
ほう、魔力測定ときたか。
この世界にはやはり魔力が存在するらしい。
恐らく、魔法を発動するための燃料といったところか。
地球には魔法なんてものは当然ながら無かった。
ただ、小さな子供から成人して働きだした大人まで、紀元前からありとあらゆる人間から欲されてきた存在。
目的はどうであれ、魔法を欲しない人間はまず居なかった。
当然、俺も魔法は使ってみたいと思った。
おかげでさっきから体中のうずうずが止まらない。
「魔力測定すると具体的に何が分かるんですか?」
「本来はその人の魔法適正や魔力量を計る為に用いられますが、今回は魔力の波を感じ取って個人の特定をします。特定と言っても詳しいことは分かりません。しかし、波に特徴があると一瞬で誰なのか判断出来ます。」
なるほど、個人の特定を進めるのと同士に自分達にとって有力かどうか調べるってことか。
なかなか上手く考えるものだ。
「それじゃあ早速計りましょうか」
「どうやって計るんですか?」
「隣の部屋に魔力測定装置があるんですよ。お食事の最中ですけど移動しましょうか。あなたの家族が帰りを首を長くして待っているかもしれませんし」
その言葉が合図となり、俺とリーエルさんは立ち上がった。
遅くなってしまい申し訳ありません。