一章 第四話 非日常
あ、ありのまま、今起こったことを話すぞ? 目が覚めたかと思ったら、目の前では化け物と人間?が争い合っていたんだ。何を言っているのか分からねぇかもしれねぇが俺も...
「ちょっと、あんた! 早く逃げなさいよ!」
直後、目の前の少女(推定)が俺に声をかけた。
「えっ、僕のことか?」
「あんた以外に誰がいるのよ! 自殺志願者だったら、そんなことやめてさっさと家に帰って!」
うーむ...いまいち情報が理解できない。
少しずつ思い出していこう。
俺はここで目が覚める前にどこにいた?
確か...天界でアイテールさんって言う女神と会話していた記憶が...
って、そうだ。
俺、輪廻転生したんじゃなかったのか?
(ちょっと待って下さい。今ご説明致します。)
うおっ! ビックリした.......
しかし、発言した本人は見渡してもいない。目の前の少女でもなさそうだ。声の質が違う。
そう思い少女に目を向けたが、
? なんか違和感を感じる。
っていうか、とてもゆっくりに見える。
(それを含めてご説明致します。)
!
またどこからか声がした。
(それよりこの声質......アイテールさんか?)
(そうです、私アイテールでございます。先程はお世話になりました。)
やっぱりか。
忘れるはずがない。むしろ忘れていたら、失礼以前の問題だ。自分の認知症を疑わなくてはいけない。
(で、どこにもいないのに俺にこうして声が届くということは、またさっきの念話をしたのか?)
(その通りです。スキル名もそのまま《念話》です。離れた人と頭の中だけで会話ができるようになるスキルです。すいません、話がずれました。今こうして貴方様に会話しているのは他でもない、貴方様の記憶が保持されていることについてです。)
そうだよ、それが一番聞きたかった。
目の前の不思議な現象については後ほど聞くとして、とりあえず最大の疑問をぶつけてみた。
(これはどういうことです? 俺、記憶が消されるのにだいぶ覚悟必要だったんだけど? 今思い返すと悶絶して死にたくなるぐらいキザなこと考えていて気がする......)
(まずはそれについてご説明致します。先程も説明した通り、輪廻転生では記憶が消されるのが第一条件です。しかし、貴方様は転生なされる時に記憶が消えないで欲しいと願ったはずです。それが具現化し、貴方様の記憶は消えなかったのです。)
端的にまとめられたが、まあそういうことなのだろう。
(しかしそうなると変だな。そうすると殆どの人が記憶を保持した状態で転生することになんちゃうけど、向こうの世界ではそんなこと一切聞かなかったぞ。)
そう、俺のようなただの一般人がちょっとやそっと願っただけで輪廻転生の概念を根本から覆すようなことはできないはずだ。
(それは、貴方様が願ったからです。貴方様の魂にはそれだけの力が備わっていたということです。)
(それは、さっきアイテールさんが説明した俺の前世との関係が?)
(その通りです。)
うむ、となるとつまり?
(俺の転生は失敗。記憶を消去してやり直し、ってところか?)
(いいえ。私にそちらの世界にそれほど干渉する力はございません。)
ん?
(こっちの世界にいる人にやり直しさせられる、ってことか?)
(いいえ、それも違います。貴方様はこちらの世界の住人ということになるので、そちらの世界の神は干渉しません。)
(えっ? じゃあどうするの?)
(貴方様には、記憶を保持した状態でその世界で生きていただくことになります。)
はぁ、なんて予想外なんだろうか。
この記憶とはあまりおさらばしたくなかったからなぁ。いやぁ、良かった、良かった。
何より、美沙希のことを忘れなくて良かった。
あぁ、そういえば、
(目の前で起きている現象についての説明もしていただけますか?)
(はい。これは《思考加速》というスキルが関係しています。これは、スキル発動者の反射神経を驚異的なまでに引き延ばすという効果となっています。そのせいで、貴方様の見ている世界では少し時間がゆっくりに見えるでしょう。)
なるほど。スキルがあるのか。
《思考加速》
なるほど、とにかく素晴らしいスキルだということは分かった。
(しかし、なぜそんなスキルを俺が持っている?この世界に来たのは初めてなのに。)
(いえ、そのスキルをあなたが持っている訳ではありません。)
ん?
(貴方様の魂は驚異的なまでに強靭です。貴方様の魂には、前世のスキルが不完全ながらも染み付いているようです。今貴方様が行なっている《思考加速》は本来の《思考加速》ではありません。魂に染み込んだスキルとは違う、単に前世から引き継がれた才能です。)
アイテールさんが説明し終えたと同時に、目の前での戦闘は終止符を打った。
体の至る所からトゲが出てきたクマのような魔物を見事倒した少女はこちらを向いて問いかけてきた。
「ねぇ、あんた。なんでこんな所で無装備でうろついてたの?」
「い、いやぁ。たまたまここに居ただけだよ。偶然だよ偶然」
そう苦し紛れの嘘を言うと、彼女は少し機嫌悪そうに顔をしかめて、
「あんた、つくんだったらもうちょっとマシな嘘ついたら? ここ、ネオシスの森だよ? この国の中でも危険度は最高峰だよ? そんな場所にいてそのセリフはおかしくない?」
うむ、危険度が高いことは知らなかったがその通りである。特に反論する事は無い。
しかし、今一つ重要な情報を手に入れたな。
「ここがこの国最高峰の危険度のネオシスの森だって? それは本当か?」
とりあえず、この情報の真偽を探る。俺、何も知らない状況だから情報は大事だ。
すると、彼女はひどく驚いたようで、
「あんた本当に何も知らないの? そうすると自殺志願者じゃなくて、記憶消失者ってことになるねぇ。それってだいぶマズいんじゃない?」
「話が早くて助かる。その通り、俺は記憶を失っただいぶマズい奴だ」
ここはとりあえず話を合わせておく。別世界から来たとかいちいち説明してたら面倒この上ないもんな。あとからいくらでも説明できる。別に今説明する必要はない。
「あんた、本当に何も思い出せないの? やっぱり自殺志願者なんじゃないの?」
「どうしてそこまで自殺志願者を推すんだ! そんなに死んだ顔に見えるか.......」
「これといって死んでいるわけでもないし、かと言ってイケメンというわけでもない。平凡。平均値ぴったし。コメントに困る」
「酷い言われようだな俺の顔.......」
なんと俺の顔は平均値ぴったしだったらしい。イケメンじゃなかったのは残念極まりないが、ブスでもないから良しとしよう。
「じゃあ、あんた自分の名前も思い出せないわけ?」
「あぁ、そうだな。自分の名前も......」
……………。
マズい。
マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい。
流れで自分の名前も思い出せないことにしたけど、本名でさえも思い出せない。
俺の中からさっき消えたはずの不安の波が再び暴れ出す。
さっき自分の名前を思いだけなくてそこまで動揺いなかったのは、それよりも状況が状況だったからだ。
けど、今はそうじゃない。
目の前の魔物も死に、アイテールさんとの会話も終わり、安全な状況になった今だからこそこの不安の波は暴れ出す。
自分の名前を失ったら自分じゃなくなるというのを実感した。唯一の自分が自分であると確かめる方法だったのに、それを失うとなると...
突如、不意に足元の地面が崩れ落ちるような感覚がした。
周りがゆっくりに見える。これがさっきアイテールさんが説明してた《思考加速》なのだろうか?
俺はショック状態になり、特に受け身を取らずそのままの勢いで地面に衝突した。
ちょっと短くなって申し訳ありません。