第一章 第十三話 内なる思い
「.......まさか盗賊ギルドから勧誘を受けるとは思わなかったよ」
「私もギルド長から話を聞いた時は冗談かと思ったよ。ついこの間まで身寄りのなかった、出身不明の少年をなんてね」
どうするか。
盗賊ギルドからの勧誘を受けたが、これに乗るか乗るまいか.......
普通の人なら断るだろう。非合法的な事にも手を染めているらしい。
「.......何となく分かるが、理由を聞かせてくれ」
「お前さんがライターを倒しちまったからさ。ウチのギルドはいつ他のギルドにのまれるか分かったもんじゃない」
.......俺には非合法的な事にも手を染める覚悟はある。
俺には明確な目的があるから.......
その目的を果たす為ならどんなことでもしよう。
俺にはこの勧誘を受けるメリットが存在する。
「そこで、ライターを倒した君ならその代役を果たしてくれると思ってね」
「.......他の強い奴でもよかったんじゃないか?」
明確な目的が存在しない通常なら、表の世界で活躍し勇者としてチヤホヤされながら生きていく《俺TUEEEE物語》でいいのかもしれない。
「ウチのギルドでは、幹部格の人がいなくなったらそいつを倒したやつが代わりにそこに入るのさ。昔からの伝統らしいぜ?」
「なるほど、それで、か.......」
だが、再三言おう。
何度でも言おう。
俺には明確な目的、【美紗希と再び会う】という明確かつ必須な目的がある。
そのためならなんだってしよう..........
.............美紗希.......
.......なぜ、美紗希が死ななければ...................
「そう、君は神に選ばれし者になったんだよ。君は救われたんだ。神によって。我らギルドの創造神によって」
.............神、か.......
神がギルドを造ったのか?
その創造主たる神とやらを盗賊ギルドでは信仰しているようだが.............
神は..................神ではない。
神は俺らに救いを与えてくれると、本気でそう思っているのか?
ふっ.............
「ふざけるなッ!!」
レフターが驚いているが構わずぶつける。
「神が.......神が本当に存在するんだったら、なぜ美紗希は死んだ?! なぜ美紗希だけが死ぬ羽目になった?! なぜよりにもよって俺の手で間接的に突き落とさせた?!」
一度出した本音はそう簡単には止まらない。
その言葉はヒートアップし、無自覚に《思考加速》を使うまでに。
「神なんてクソ喰らえだ!! なぜ何の罪もない美紗希を死なせ、俺には転生させた?! そしてなぜ美紗希は他の世界で転生を受けている?! どおしてだよアイテール?!」
《念話》で俺はアイテールに訴えかける。
「なぁ知ってんだろ?! 答えろよ!!」
未だに返事はない。
「俺達二人を引き裂くためか?! そこまでして何がしたい?! そんなに俺の恋が気に入らないのか?! 結ばれることすら、神の前には歪められ引き裂かれるのが絶対なのか?!」
「冗談じゃない!!」
「そんなに人で遊ぶのが楽しいのか?! 俺達人間は所詮盤上の駒だとでも言いたいのか?! 神の気まぐれで俺らの運命は決められてるってか?!」
俺の中の何かが熱くなっていく。
「舐めるな?! そこまでして何がしたいんだよ?! 神を名乗るのなら少なからず人を救え!! 世の中どれだけの人が苦しんでいる?! それに手を出せないというのならまだ仕方がない、だが!! 手を出せないのになぜ俺に、俺だけに手を出した?! 傍観者は傍観者らしく、椅子に座って眺めてればいいんだよ余計な手出しをしてるんじゃねぇよ!!!!」
俺の中の何かが熱くなったものが限界にたっしようとした時、
「すみ、ません、御言葉にすぐ答えられず!」
そこには路地裏に走って来た一人の女が居た。
そう、《思考加速》によって加速されている俺の意識の中で、現実とほぼ変わりない速度で。
そんなことが出来るのは.............
「アイテールか?! 今すぐだ俺の問いに答えろ!! なぜ神は美紗希を殺した?! なぜ美紗希は神から見捨てられた?! なぜ神が俺に手出ししてくる?!」
「すみません、その事についてはちゃんと説明するので.............」
「そうやってはぐらかすのか? 今すぐ答えろ!!」
「すみません、説明しますので今は.......」
「早く答えろ!! なぜ美紗希は.......」
「落ち着いてください!!」
「.......ッ?!」
初めて、アイテールの張りあげた声を聞いた。
それまではどっかの誰かさんの忠実な僕だと思っていたがだからこそ、その声には驚いた。
そしてそれは、俺の熱くなった頭と体を冷やすのに十分だった。
「.............悪い、すまなかった」
「いえ、私にも不備がありました。このお叱りはなんなりと」
「.......俺が一方的に悪かったんだ。気にする必要はないよ」
「ですが.......」
「それよりも、なぜこの世界に来ている? 降りたったと言った方が正しいか?」
俺はとりあえず本題に戻す。
あのアイテールがこの世界に降りたつとは、一体何が.......
「マスターの、いえ、マスターが前世に言っていた通り、神族が私を狙い始めました」
ふむ.............
「またか.......またなのか、前世の俺?! 来世の俺にどれだけ後回しにしてるんだ.......」
こんだけ色々後回しにして死ぬのはやめてくれ.......
確かに俺かもしれないかけどもはや他人、迷惑極まってる。
「私の特殊能力は戦闘向きではないので、こうして下界に降りるしかなかったんです」
「なるほど............. それはあとでまたしっかりと話すとして、これから先アイテールはどうするんだ?」
アイテールに匿ってもらう場所があればいいんだが.......
「特にこれといった場所はありません。これから探そうと思っていたところです」
まずいなぁ.......
「匿ってもらう場所の最低限の要求は?」
「人前では神体になることは出来ません。人間の姿で居ないといけないので衣食住は必須になってきます。それとあと一つ.......」
「.......あと一つは?」
アイテールは少し言うか悩んでから、
「.............ある程度の神族なら追い返せるような人が近くに居てくれれば」
「.............ちなみに、こいつが何人いれば神族一人に対抗出来る?」
そう言って、俺は加速した世界の中止まっているレフターを指さした。
「...................すみません、桁が違うという言葉はご存知ですよね? あれは間違っていて、本当に力の差が明確に表れているとしたら、どんなに数が違っていて、桁が違っていても、それには及びません」
「.......要約すると?」
「10の64乗人いても無理です」
「はい、無理ゲー確定乙でーす」
どんだけだよ?!
どんだけ強いんだよ神族は?!
だって俺レフターが10人集まって合・体ッ!!したら勝てる気がしないぞ?!
「.......どうしてそこまで明確な差が出るんだ?」
「それにはマスターも思い至っていますよね?」
まぁ、ないっちゃない。
さっきのレフターがどうので思い付いた。
「.............《思考加速》か?」
「はい、その通りです。この世界ではパワーバランスがとれているように見えて、一瞬でそれを崩壊させる魔法が幾つか存在します。その一つが、《思考加速》です」
確かにな。
俺がライターやレフターにここまで圧倒的優位に立てるのはこの魔法の存在が大きい。ぶっちゃけ、時間停止並の強さがある。並っていうか、もうほとんど時間停止だけど。
俺が内心納得していると、アイテールは説明を続けた。
「このように、パワーバランスを一瞬で崩壊させる可能性がある魔法のことを《軌跡魔法》、元から無類の強さを発揮する魔法のことを《奇跡魔法》と呼びます」
なるほどねぇ。
《思考加速》みたいに文字通り極めれば、俺やアイテールみたいに時間停止となんら遜色ない強さに化けるのが《軌跡魔法》。
文字通り《時間停止》なんていう魔法があったら、それが《奇跡魔法》に該当するわけか。
簡潔にまとめると.......
「努力に努力を重ねて頑張ってつくった魔法が《軌跡魔法》で、そんなもの関係ねぇと才能だけでその差を埋める天才が使う魔法が《奇跡魔法》って雑な解釈でオーケー?」
「そういうことです」
なるほどな。
俺の大っ嫌いな部類だ。
人が頑張って努力して足掻いてもがいて苦しんで、ようやく手に入れたものを『才能』の二文字で一蹴する。
『才能』は時に残酷なほど理不尽。
それを痛いほどよく知っている。
「.......それはそうと、そろそろ場所を変えた方が」
「そうですね。リンさんもお待ちです」
あっ、そうか。
リンを完全に放ったらかしにしてた。
あの兄弟に絡まれた時から俺を探していたとなるとだいぶ心配させてしまってるな。
けど、その前に.......
「すまない、レフター。ちょっと訳アリだ」
「.......ッ?!」
《思考加速》を解除して、レフターに話しかけた。
さぞ驚いたことだろう。
いつの間にか目の前にアイテールが現れているんだからな。
「.......そちらのお嬢さんは?」
「アイテールっていう、俺の仲間だ。変に手を出すなよ?」
急に目の前に現れたんだから、相当な実力者だと思っているだろう。
そうしたら、アイテールも勧誘される可能性がある。力ずくで連れて行かれることもあるかもしれない。
それは事前に防ぎたい。
「.......君の頼みなら聞くしかないね」
まぁ、さっきがさっきだからな。俺の言ったことを受け入れられなかったら、どうなるかは嫌でも分かっている。
「と言っても、入れることを強要するなというだけだ。いいぜ、入ってやるよ。盗賊ギルド《ローベル》に」
「.......本当か?」
まるでなぜそんなにあっさり入るとでも言いたげだな。
「《盗賊ギルド》なんて名前なんだからココはいいよな?」
そう言って、俺は自分の耳を指さした。
「.............なるほどね。分かった、一週間以内に使いを送ろう。それまでに色々準備をしといてくれ」
「分かった。楽しみにしてるよ」
レフターに笑いかけると、彼は苦笑しながら背を向けてどこかに跳んでいった。
やっぱりあいつも強者らしい。
まぁ、色々用件が済んだので、ようやくリンと合流できる。
「よし、じゃあ行くか」
「はい」
俺達は表の通りへと足を進めた。
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同時刻。
「.......ハァ、ハァ.......先輩! どうなりましたか?」
「.......すまない、逃した。足が素早い奴らめ....... そっちはどうなった?」
「すみません、目を離した隙に.......」
路地裏でのちょっとした騒動に駆けつけた騎士達は、合流しお互いの現状報告をしていた。
「.......そうか。しかし本命にも逃げられるとは、痛いなぁ」
「.......すみません。私がもっとしっかりしていれば」
「別にお前は悪くねぇよ。ただでさえ入ったばっかりなのに」
この騎士二人組の若い方、レイに事情を聞こうとしていた騎士は、先月騎士団に入ったばかりの新人だった。
もちろん騎士団には簡単には入れない。数々の努力と地獄の訓練、厳しい入団試験をクリアした者だけが入れるエリート職だ。
騎士団に入っただけで周りからは羨望の眼差しで見られるだろう。
しかし、いくら頭も良く、厳しい訓練をしてきたからといって、実際に職をやってみるとなると難しいものだ。
故に、新人騎士は先輩である騎士から責められない。
「本当にそんな魔法あるんですか?」
「あぁ.......出兵時なんかにお前も説明を受けることになる....... 国家機密レベルの魔法で我々を呼んでいた。一体何者だ.......?」
彼らは兄弟の事などどうでもよく、《念話》を使って呼び出してきたあの少年、レイに深い関心を向けていた。