ゲームは主人公に、今は悪役に
「それで?どうしていきなり片渕メガネなんてつけようと思ったの?」
ヨコピーことわたくし……いや、僕は転生仲間の友人のイメチェンを問いただす。
僕は以前保健員の教員としてとある学校に勤務していたが、階段から落ちた女子生徒を保健室のベッドに寝かしつけて診察しようかと思ったところで、何故かいきなり保健室の壁が壊れてトラックが突っ込んできた。女子生徒もろとも跳ね飛ばされて死亡。
そして今は、その女子生徒が転生した《メリッサ》によるとゲームの世界に来てしまったらしい。
根拠を尋ねると、今の僕、ヨコピーの見た目が昔やった恋愛ゲームに出てきた主人公とそっくりなんだそう。
ただ本人はそのゲームの内容を覚えていないらしく、信用できない。本当にここは彼女の言う通りゲームの世界なんだろうか。
あ、ちなみに生前の名前は《横平拓郎》ね。
「ふふん、それはもちろんオシャレをして、あのお方さまに褒めていただくため……」
恋する乙女のようにハート型片渕メガネの奥で目をキラキラさせるメリッサ。
「お方さまって……あー、カインさまの事ね」
カインとは僕達が通う学校で女子生徒からとても人気がある男子生徒で、確かお偉い公爵家の長男だったはず。えーと、恋愛ゲームで言うところの攻略対象と言った存在だ。
「そう!カインさまにこの姿をお見せして、挙げ句の果てにはわたくしのアゴを持ち、甘く優しいお声で『ああ、可愛いメリッサ、僕の可愛いメリッサ』と囁き……そして……」
「はあ……」
身体をクネクネさせながら妄想の海に沈んでいくメリッサに頭を抱える。
カインの事となるとすぐこんな風に暴れ狂う。
あんな女見たいな男のどこがいいんだか。
すると、噂をすればなんとやら、今僕達がいる廊下の向こう側からカインが歩いてくるのが見えた。
丁度メリッサの後ろから歩いてくるから、メリッサはまだその事に気づいていない様子。
カインの容姿は……まあいい感じではある。
ただ小顔で身体も女の子のように華奢で、頼り甲斐のない男だ。
ほんと、あんな奴のどこがいいんだか。
気に入らないけど、メリッサにカインが後ろにいる事を教える。
「えっ⁉︎カインさま⁉︎」
僕が教えた途端、メリッサは勢いよく振り返る。
向こうもこちらに気づいたようで、カインは柔和な笑みを浮かべて近づいてきた。
【やあヨコピー……とメリッサ、今日はいい日よりだね】
容姿に違わず、声もソプラノのように高く、口調も柔らかい。
「御機嫌よう、カインさま。あなた様にお会いできるなんて、本当にいい日よりでございますわ」
気に食わないが、礼儀としてスカートの裾をつまんでご挨拶。
「ご、ごごご、ごご、ごげんき……いえ、こほん。御機嫌麗しゅうございますカインさま!!」
最初はどもりながらも、途中から気を持ち直してきちんと挨拶をするメリッサ。
【ああ、本当君たちに会えるなんてこれ以上嬉しい事はないよ】
「そんな滅相も無い」
「そ、そそそ、そうで……いえ、こほん。ヨコピーさんの言う通りでございますわ」
【そうかい…………と、ところでメリッサ】
「はいっ!なんでしょう!」
褒められる、と思い顔を輝かせる。
そこまで気合いを入れてつけてきたのか、ハート型の片渕メガネ……
しかしカインの放った言葉はメガネを褒めるではなく、ましてやメリッサを褒めるのではなくーー
【僕は今からヨコピーと話がしたいんだ、悪いけど席を外してくれないかな】
「ーーーーっ」
出たのはメリッサよりも僕と話したいという言葉だった。
それを聞いたメリッサの顔は歪み、今にも泣きそうになっている。
………………
「わ、わわわ、わかり、ました……ぐすっ、席を外し……」
「いいえお待ちを」
「よ、ヨコピーっ……⁉︎」
鼻声になりつつ立ち去ろうとするメリッサを止める。そしてカインの方を向く。
「カインさま、申し訳ございませんがわたくし共はこれから街に出てお茶をしようと言うお約束がありますので、申し訳ございません。ご用があればまたの機会に」
【……そうかわかった。約束なら仕方ないな】
納得のいかない顔だったが、カインは承諾してくれた。メリッサはというと僕とカインの顔を交互に見て戸惑っていた。
「え、えと、ヨコピー?」
「申し訳ございませんメリッサさん、わたくしは今から少しご用があります。なのでわたくしのお部屋でお待ち下さい、すぐに用は済ませますので」
「え、あ、は、はい。で、ではカインさま、御機嫌よう」
戸惑いながらもメリッサはカインに挨拶してから、学校の寮に向かって行った。
その背中を見送ってから、改めてカインを見つめる。
「カインさま」
【何かなヨコピー】
「わたくしとあなた様だけのお約束にして頂きたいご用件がございまして、よろしいでしょうか」
【?何だい】
すうーーーー、ふうーーーー
「二度と僕の友達を泣かせるような事を口にするな、もしもう一度あの子を泣かせてみろ。ただじゃおかないからな。よーく覚えておけーー青くさいひよっこが」
【…………え】
「ーーでは、御機嫌よう」
それだけ言って、僕はメリッサの後を追う。
ーーーー
「ぐすっ……ぐすっ……」
部屋に入ると、中ではメリッサが部屋のベッドの上ですすり泣いていた。
メガネは部屋の片隅に放られていた。
「ううっ……ぐすっ、ここにきてまたやり直せると思ったのに、新しい恋を始められると思ったのに……どうして……」
「メリッサ……」
「そうよね、わたくしなんて悪役なのよ、主人公には勝てない運命なの、どうせわたくしなんて……転生したって……うわぁーーん!!」
とうとうメリッサは泣き崩れてしまった。
………………
そっ、とメリッサに近く。
そして優しくメリッサのアゴを持つ、そしてーー
「ああ、可愛いメリッサ、愛らしい僕のメリッサーー
メリッサは目を丸くした。
「え…………」
呆然とするメリッサから顔を離して、そっぽを向く。
「……実は、ね。わたくし……いや、僕は君のことが好きなんだ」
「ス、スキッて……へぇっあ⁉︎」
「おかしい、かな」
「い、いいい、いや……こほん、どどどど、どうしてっ⁉︎」
「うーん、どうしてって言われても、恋にひたむきな所とか、ちょっと感性がずれてるけどそこが可愛いかったり、あと君の笑った笑顔が可愛いかったり、後は……」
「もういい!!もういいですわ!!」
メリッサは顔を真っ赤にして手を振って止める。
それから顔をうつむかせた。
「………………もう、どうしてこうなる、かな」
「え?」
いつものお嬢さま口調じゃない、女子高生のような柔らかい口調になったメリッサに戸惑う。
いつのまにかメリッサの視線は部屋の隅に放られているハート型の片渕メガネに負けられていた。
「本当は悪役じゃなくて主役の景色が見えたらなと思ったのに、どうしてこんな風になっちゃうかな」
「メリッサ……?」
ふっ、と顔を上げたメリッサの顔は泣き腫らして目が赤くなり、それでいて優しく微笑んでいた。
その笑顔は僕に向けられている。
「ゲームをしてた時は私がヨコピーに……主人公に感情移入してたのに、今は悪役令嬢に感情移入してる……ふふ、どうしてかな」
「……知らないよ」
おそらく完結