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【箱】短編

機械仕掛けの約束

作者: FRIDAY

 科学技術の恐るべき発展と相反するように資源開発と環境問題が限界を迎え、人類がその科学力を駆使して造り上げた巨大宇宙船に乗り地球を離れて、およそ千年。地球に残った者たちは、わずかに残された土地を守りながら、少しずつ、少しずつ地球を再生し続けていた。『償いの浄化』として計画された地球の再生は、困難を極めたが、しかし残された者たちは決して諦めなかった。いつか、宇宙へ旅立った人々を迎え入れるために。


「……だがそれも、昔の話さ」

 蜜蝋の灯りが小さく照らし出す酒場のカウンターで、琥珀色の液体の注がれたグラスを傾けながら、男は言った。


「今となっちゃあ誰もそんな綺麗事なんざ考えちゃいねえ。ただ自分に課せられた指令に黙々と従っているだけさ。否応なく、な。宇宙に出てった連中は、ここに帰る気なんざない。捨てていったのさ。俺たちに不始末を押し付けて、な……実際、連中もここまで再生できてるなんて思っちゃいないだろ」

 なあ、と男は椅子を一つ挟んだ隣の女に言う。女は口許に淡い笑みを浮かべたまま、何とも答えない。


「自分たちが何のために生まれたか、なんてのは連中の大好きな文句だが」男は構わずに続ける。「俺たちにゃあ明確だ。地球を浄化するため。けれど、浄化したところでその先はない。全てが終われば、用が済んだ俺たちはどうなるのか。ただでさえ汚染に呑まれて俺たちの数は減り続けている。このままじゃジリ貧だ。しかもそれ以上の命令はないんだ、さて全員、壊れるのか、止まるのか……どうなると思う」

 男は女に問いかけた。さて、と女は首を傾げる。

「考えたこともありませんが……指針がないのですから、概ね予想はつきますね」

「全ては無駄なこと。俺たちがどれだけ頑張っても、認められることはない。報われることはない……ならば、どうして俺たちは活動し続けなければならない? せめて自我を持たされなければ、こんな先行きのなさに絶望することはなかった」

「確かにそうかもしれません。自立的に活動するために必要とされてはいたものの、余計な能力だったのかも。いつの頃からでしたかね、私たちがそんなことを思うようになったのは。四百年前でしたか」

「定かじゃねえな。だが、いつでもいいし、悩んでも無駄なことはわかってる。俺たちは指針には従わなくちゃならない。従わずにはいられない――だが虚しい。あんたは、どうなんだ」


 男は女を見た。女は薄く笑んでいる。

「あんたも長いことこの辺り……かつての中国だったか、ここらを浄化しちゃいるが、難航してるだろ。俺も随分前からここでやってるが、さっぱり進んじゃいねえ。あんた、その前はどこにいたんだ」

「日本、ですね。小さな島国ですから、さして時間もかかりませんでしたよ」

「だがあそこもここに負けず劣らず酷かったと聞くぞ。そこを終わらせてきたんだから大したもんだ。その上休まずこっちに移ってきてる……立派なもんさ。だが理解できねえ」

 なあ、と男は問う。

「あんた、どうしてそんなに頑張るんだ? 指針に従わないことはできなくとも、やり方は俺たちの裁量だ。最適化しようと遅滞はできる。けどあんたにはそんなズルをしてる様子はない……あんた、何でそんなに急いでるんだ」


 男の問いに、女はしばらく答えなかった。浅く開けられた窓から緩い風が入り、灯火を揺らす。

 ふ、と女が小さく吐息した。笑みを含んだ吐息だった。


「約束を、したんですよ」

 そう答えた。


「約束?」

「ええ」

「誰と、どんな約束をしたんだ」


 女はグラスを傾けた。唇を湿らせる程度に口に含み、飲む。

 昔語りですよ、と女は言った。


「私は、以前はハウスメイドでしてね。とある屋敷に仕えていました」

「ああ、そういう連中もいたな。そして全員、残留組だ」

「ええ、私もその一人で……お仕えした屋敷にはお嬢様がいましてね、その方と、お別れするときに一つの約束をしたのですよ」

 どんな、という問いかけに、女は笑みとともに言った。


「『私は必ず帰って来るから、その時までに地球を綺麗にしておくこと。それからまた、お母様に内緒で遊ぶの。やってみたいことがいっぱいあるんだから』、と」

「それは約束じゃなくて、指令だろ」

「私もそう思いましたが、お嬢様は続けて言ったのです。『約束よ』ってね。だから私にとっては、これは約束です」


 女の言葉に、しかし男は鼻で嗤った。

「俺たちに向かって、言うに事欠いて約束とはな。いやに幼いじゃないか」

「ええ、幼い。お嬢様は十を過ぎたばかりでした。けれど、お嬢様は私と約束をした――それが、全てなんですよ」


 言って、女はグラスを一息に呷った。それを音もなくカウンターに置き、立ち上がる。


「行くのか」

「ええ、約束を果たすためにね」


 身を翻し、女は出口へ向かって行く。その背に、振り返らずに男は言った。

「訊いていいか」

「どうぞ」

 女は足を止めない。構わず男は問う。


「連中が帰ってくるのかはわからない。ただでさえ千年経ってる。それでも待つのか」

「ええ、約束ですから」


「連中はとっくに宇宙のどこかで塵になってるかも、あるいはどこかの星に安住してるかもしれん。それでもか」

「ええ、約束ですから」


「これで最後だ」

 男は、グラスを置いて問うた。


「例え幸いにして連中がこの地球に戻ってきたとして、出て行ってから千年経ってるんだ。あんたのそれは、もう千年前の約束というわけだ。つまりあんたのお嬢様は、十中八九、もう生きちゃあいない――それでもか」

「ええ」

 女は出口で立ち止まり、浅く振り返って笑んだ。


「それが、私とお嬢様との約束ですから」


 扉の鈴の音とともに、女は出ていった。




 人類が地球を捨てて、千年。

 せめてもの罪滅ぼしにと、彼らが置いていった自動人形たちは、いつか彼らが帰るその日のために、ただ世界を浄化し続ける。

 例え、人類が戻らぬと知ろうとも。

 己の行いに無意味を悟ろうとも。


 小さな約束を果たすために。

時空モノガタリに投降したものの2000字越えです。

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