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クリエイターが戦うべきもの


 古典物理学では、観察者がどうであれ、体系は観測には左右されない絶対的なものとしてある。だが、量子論においては、観察者が客観的な事実に対して影響を及ぼす。ここにおいて、主観と客観とが整然と分離できるという古典科学の前提が崩れた。


 今の世の中を見ると、古典科学よりも量子科学に近似しているように思う。つまり、観測者の方が客観的事実よりも強大な力を持っており、客観的事実(それが何であれ)は観測に左右される。


 将棋指しがイケメンであるかどうかという事は、将棋の実力とはまるで関係がない。俳優の個人生活がどうであろうと、役者としての能力が高ければそれでいい。そんな見方もあるだろう。しかし、そんな見方を貫く事は不可能になりつつある。オーディエンス、聴衆、観客らの方が、演者よりも強大な権力を持っている。実質的に、メディアという舞台に載る演者は、観客の傀儡であると言った方が良いだろう。


 例えば、ユーチューバーのような存在が、自分を映像化して、世界にばらまく事は、害のない事であるように見えるが、これは極めて慎重にやらなければ非常な危険を伴うと思う。ニコニコ生放送なんかもそうだが、「自分のプライベートを垂れ流して金を貰える」というのであれば、手段としては楽そうに見えるが、よく考えるとかなり危険な行為ではないか。


 というのも、観ている方は映像として現れている個人を、個人そのものとして見る。例えば、僕が立派な善人としてのイメージを散布して、観客から金、拍手を受け取っているとすると、イメージは逆に僕自身を規定する。僕が、、自販機の下の小銭を拾っている所を観客の一人が発見すると、それだけで「幻滅」され「叩かれる」原因となるかもしれない。自分を映像化して世界に発信する事は逆に、行為そのものが自分をきつく縛る。この相互関係を承知しながらやるのであれば、それほど問題は起こらないだろうが、何も考えずにやるのは危険であると思う。


 クリエイティブ関係に関しても、同様の事は言える。ここで、簡単な二分法を使おう。例えば、お笑い芸人には観客を「笑わせる」芸人と、観客から「笑われる」人間と、二つのタイプがあると考える。前者は能動的であり、後者は受動的である。言うまでもなく、前者の方が芸人としてはレベルが高いのだが、一見すると、後者だってムーブにのって売れっ子になったりするから、ぱっと見には後者の方が価値があるように見えたりする。しかし、彼はただ観客に笑われているだけなのだ。自分の芸を売っているというよりは、自分を売っているにすぎないのだ。


 自らが努力して作り上げたものを社会に売り渡す行為と、自らそのものを売り渡す行為の二つを観客は区別しない。会社も社会も区別しない。儲かればいい、面白ければいい。これが淡白な世の理論だ。しかしこの理論に安易に乗っかると、後々クリエイターは後悔するように思う。


 広い意味でのクリエイターというのは、世の中のこうした見方と争闘しなければならないように思う。今、僕達の経っている地平において、価値は、世の中が作り上げるものなのか、それとも自分が生み出すものなのか、区別はできない。藤井四段のムーブメントはその大方を、本人ではなく、メディアや観客によって作られている。もし僕が藤井四段その人ならば、僕は一体どういう風に精神の平衡を保てばいいか。メディアに対して「塩対応」して、わざと人嫌いする発言をして、意図的に嫌われ者になろうとするかもしれない。いずれにしろ、このような状況で、当人が将棋に専念できないとしても、誰もそれには注意を払わない。気にかけない。だが、こうした事で嘆いても仕方がない。世の中から全く無視されているという事、世の中から過大に見られている事、そのどちらにも舞い上がらずに自分のすべき事をするにはどうするか。観客が自分の価値を作り上げるのではなく、いかに自分が価値を作り、それを観客に提供するか。今のクリエイターは後者の道を取る為に、複雑な経路を取らなければならないように思う。こうした戦いはまだ、始まったばかりのように思われる。

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― 新着の感想 ―
[一言] そのうちクリエイターは、大衆心理学を学ばなければいけなくなりそうですね。 こっちの方が面白いという、製作者としての意図が、違う歩き方をする場合がありますから。ネットに対応する、メディアに対応…
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