プロローグ
ーーーーーああ、月が赤いなあ、と。
ただ漠然と、そう思った。
体は悲鳴をあげていて、視界すらも覚束なくて。
もっと言えば、此処がどこで今自分がどんな状態なのかすらさえ全くもってわからない。
そもそも、此処に至るまでの経緯すら思い出せない。
頭が、完全に思考を停止していた。
感覚的になんとか分かるのは、水の中にいるような感じ。腕も重くて、足も動かなくて、息もしにくい。ただ、動かせないわけではない。背中が濡れているような気もするし、多分水の中だろうな、と思う。
それでも、薔薇は大量に咲いているのはわかった。
だから、怖くはない。
いつも通り、だ。
ひとりで知らない場所に倒れていることはあった。
周りに誰もいないことが普通だった。
薔薇は、薔薇だけは、いつもそばにあった。
ひとつだけいつもと違うのは、此処が空の下だということだろうか。
いつも見えるのは無機質な天井で、外にいることはなかった。
だから、だろうか。
憧れ続けた空に浮かぶ、大きな大きな赤い月。
綺麗で、綺麗で。
思わず、手を伸ばして。
「ーーーーーー、ーーーー」
そこで、意識は闇に落ちた。
「俺が君の願いを叶えてあげるよ」
だから、今はおやすみ。
意識が落ちる寸前、そんな声が聞こえた気がした。
優しい、声だった。