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9.革命

 待ちに待ったお盆休みがやってきた。今年は山口と旅行に行く計画を立てており、まだ旅行まで三日もあるくせに俺の心はすでに浮き足立ってしまっている。


 その日も俺達は二人仲良く零の練習をしていた。夏という事で、それまで使用していた河原は使えなくなったので再び部屋に戻って来た。今回は二人とも危険な能力は避けた為に特に問題はない。むしろこんな熱い日にわざわざ外に出かける気にはならない。では旅行は?といえばそれは別となるのだから我ながら呆れてしまう。

 冷房の効いた部屋で基礎練習をしながらテレビを見ていると、突然砂嵐が起こった。

 山口と顔を見合わせていると画面が切り替わり、ずっと行方不明だった長谷川教授が現れた。


「みなさんお久しぶりです。私の事を覚えておいででしょうか?零薬開発者の長谷川です」

 そう言って頭を下げる彼の頭は綺麗に禿げ上がっている。

「突然の事に驚いている方も多いかと思いますが、とにかく私の話を聞いていただきたい。一年前、我々は世界中に零薬をばら撒きました。そしてそれは数か月間に渡って行い、世界中の人々に行き渡る規模で行えたと確信しております。ではなぜそんな事を行ったのか?それはこの世界があまりにも退屈だからです。私はずっと、ファンタジーな世界に憧れてきました。不思議な力を使い、様々な強敵と戦うそんな世界は素晴らしいと思いませんか?私は、私の持ち得る全てを使ってそれを実現する事にしました」

 そこまで一気にしゃべった長谷川教授はニヤリと笑った。


 画面が切り替わる。

 そこに映し出されたのは、見た事もないたくさんの生物達。そして突然彼の口調が変わった。

「こいつらは俺が作り出したモンスターだ。非常に狂暴で肉を好む。捕食対象には当然のように人間も含まれている。さらに素晴らしい事に繁殖力は非常に強い。嫌われ者のゴキブリ並だと言えば伝わるだろうか」

 再び画面が切り替わり長谷川教授が映し出される。彼は両手を広げ高らかに宣言した。

「今から十分後の十二時ちょうどに、世界中にこのモンスター達を解き放つ。これは革命だ。退屈な世界を俺が変えてやる。今日から俺は魔王と名乗ろう。世界中にいる勇敢な諸君。平和を取り戻したければ俺を探し出して殺す事だ。俺が生きている限り、新たなモンスターを世界中に解き放し続ける。もちろん俺に賛同してくれる者がいれば歓迎する。それでは新しい世界を存分に楽しんでくれ」

 気持ち悪い高笑いと共に画面は、元へと戻った。

 映し出されたアナウンサーは呆然とするだけだった。


「どう思う?」

 山口が心配そうな顔で訪ねてきた。そんなことあるわけない。そう答えたいけれど、残念ながらそんな甘い事はないだろう。

「事実だろうな」

「どうするの?」

 これまで何度もしてきたように山口の頭をくしゃくしゃに撫でる。

「大丈夫だよ。俺達は零が使える。とりあえず家族に連絡しよう」

「うん」

 小さな声で山口は頷いた。


 十分。この時間は長いのだろうか、短いのだろうか。俺達に出来たのは家族に連絡をして簡単な身支度と整える程度だった。

 そして長谷川教授が宣言した十二時ちょうど。世界中で悲鳴が上がった。


 幸いと言うべきだろうか。俺達の住む地域はすぐに危険になるというような事はなかった。代わりに他の地域では、大変な事態に陥っているようだった。

 テレビに映し出されたのは日本の首都。道路上で暴れるのは、通常より遥かに巨大化した熊だった。車の上に乗って押しつぶしたり、トラックを持ち上げていたりとやりたい放題だ。そして少し離れた所では翼を生やして空を飛ぶ鰐がいた。鰐は時折滑空しては逃げ惑う人を咥えて再び舞い上るという事を繰り返している。


 画面が切り替わり映し出されたのは、巨大な倉庫から続々と出てくる新種の生物。長谷川教授の言葉を借りるならモンスター達とでもいうのだろう。さらに驚いたのは、大型のトラックの荷台からモンスター達が解き放たれている映像まであった事だ。この方法でいろんな場所にモンスターを解き放つのだと思うと背中を冷たい汗が流れた。

 画面を見ていると、どうやらモンスターの内の一匹がカメラに気づいたようだ。大きな口を開けて飛びついてきた。大きな音を立てて映像が乱れ、だらりと伸びた足とゆっくりとアスファルト上を流れる血が映し出された。終いには咀嚼音のようなモノが聞こえてくるのだった。

「こんなことって……」

 映像を見て震えてしまっている山口を抱きしめる。

「大丈夫だから」

 そんな言葉しか出てこない自分が悔しい。

 

 不意に外から悲鳴が聞こえてきた。ついにこの辺りにも奴らがやってきたようだ。

 悲鳴に驚いた山口が腕の中でビクリとした。抱きしめる腕に力を入れて山口を安心させる。

「大丈夫だよ」

 他の言葉を忘れてしまったかのように、俺の口からは同じ言葉ばかりが出てくるのだった。


 それから数十分。

 ようやく落ち着きを取り戻した山口が顔を上げた。

「ありがとう。もう大丈夫。ねぇ」

「ん?」

「お母さんが心配なの。一緒に行ってくれる?」

 山口は母子家庭で、親戚とも疎遠になっているらしい。唯一の肉親である母親が心配なのだろう。本人も怖いだろうに勇気を振り絞って助けに行こうとしている。山口の眼を見れば、強い意志を感じさせられた。

「わかった。だけど危なくなったらすぐに逃げるって約束してくれ」

「うん、わかった」

 渋々ではあるが頷いてくれた。

「大丈夫だよ」

 俺は出来るだけ優しく山口に微笑んで見せた。


 零を使えるとは言え、一般人である俺達にどれだけの事が出来るのだろうか。不安を振り払うように山口と二人で外へでた。

 アパートを出てすぐの所で二メートル程のサイズの犬が炎の剣を持った男性と向かい合っていた。男性の後ろには子供を抱いた女性がおり、彼女たちを守る為に下手に動く事が出来ない状態のようだった。

 俺は山口に合図をしてから、巨大な犬に向けて腕を上げ、しっかりと時間をかけて作り出した重力球を弾く。一直線に巨大な犬に向かっていった重力球は見事に犬の半身を吹き飛ばした。

 驚いたようにこちらを振り向いた男性と目が合う。

「石田さん?」

「村田か?」

 そこにいたのは会社の後輩だった。以前零について話して以来、会社で何度か話をしていたが炎の剣を実際に使っているのを見るのは初めてだった。

「ありがとうございました。お蔭で助かりました」

「間に合ってよかったよ。そちらの人は大丈夫?」

 俺の言葉に反応して村田がすぐに、子供を抱いた女性を立ち上がらせた。どうやら怪我はしていないようだ。

「大丈夫みたいです」

 そう言って、その女性を紹介してくれた。どうやら村田の奥さんと子供だったようだ。せっかくなので俺も隣にいる山口を紹介する。

「こいつは山口。今頑張って口説いてる相手」

 俺の言葉に山口が反応してこちらを見るが、それを無視して村田と話をした。

 どうやら駅の方にモンスターが溢れているらしく、村田達はそこから逃げてきたようだ。情報にお礼を言って、俺達は駅を避けて山口の母親の元へ向かう事にした。

 

 近くの中学校へ避難するという村田達に別れを告げた俺達は、慎重に歩き出した。あの映像を見る限り、車での移動は逆に危険だと判断したのだ。

「ねぇ。さっきのはどうゆう事?」

「さっきのって?」

「だから口説いているって話」

 そう言って真っ直ぐにこちらを見る山口の耳は真っ赤だ。少しでも気分を紛らわせようと口から出た言葉だったが、思った以上に効果的だったようだ。さて、なんて答えるべきだろうか。

 一瞬、冗談として誤魔化そうと思ったがやめた。今伝えたい。鼓動が速くなる。犬のモンスターを倒した時の、緊張感なんて大した事なかったと思える程だ。何度も思った事だが、もしかしたら山口との関係が崩れてしまうかもしれない。でも、もうそんな事を言ってられなかった。今伝えなければ、もう伝えられない。そんな気さえした。

「どうもこうも事実だよ。俺は山口の事が好きだから」

 なぜだろう。これまでずっと言えなかった言葉が自然に出た。眼を見開いて固まる山口の頭を軽く撫でる。

「返事は落ち着いてからって事で。とにかく行こうか」

 無言で頷いた山口に笑いかけてから、俺は前を向いた。視線の先には、夏だというのに氷が散乱している。きっと誰かが戦った後なのだろう。


 慎重に進んでいた俺達の耳には、いろんな方向から悲鳴が聞こえてくるようになった。

 助けてやりたいが、俺達二人にそんな力はない。それに俺達の目的は山口の母親の安全を確認して、保護する事だ。山口の母親はお盆だというのに仕事をしているらしく、ここからほど近いビルにいるそうだ。


「里紗!」

 不意に声が聞こえた。声のした方を見れば、こちらに向かって走って来る女性が見てとれた。女性は靴を手に持って裸足で走っている。ヒールの高い靴では走る事が出来なかったのだろう。その顔には疲労が色濃く見えた。

「お母さん!」

 女性は山口の声を聞くとその場に立ち止った。膝に手をあてて肩で息をしている。俺も何度か会って話したことがある山口の母親だった。

「早く逃げなさい!」

 こちらに向かって叫ぶ山口の母親の後方には巨大な熊が迫っていた。


 山口の母親は巨大な熊のモンスターから逃げてきたくせに、俺達の姿を確認して足を止めた。隣の山口を見る。必死な顔で母親に訴えかける。

「なんで止まるの!早く逃げて!」

 再び山口の母親の方を見れば穏やかな顔で笑っている。何をしようとしているのか分かってしまった。でも俺達は、ただ唖然とするばかりで、それを眺める事しかできなかった。


「洋一君、里紗の事よろしくね」

 こんな状況なのに飛び切りの笑顔でお願いされてしまった。俺はただ頷くことしか出来ない。それでも伝わったのだろう。山口の母親も頷き返してくれた。

「お母さん!」

 叫ぶ山口に向けて彼女は首を横に振った。

「里紗!洋一君と仲良くね。強く生きるのよ!」

 大きな声で叫んで、笑顔でこちらに手を振る山口の母親。その姿は普段よく見かける見送りの風景にしか見えなかった。

 そして熊との距離がなくなってしまった。後ろからやって来た熊が大きな口で、驚くほどあっさりと山口の母親の上半身に食らい付いた。


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