6.能力を作る
調和型という事で、全ての属性に適正がある俺が最初に選んだのは重力だった。なぜ重力属性かと問われればロマンだと答える以外ないだろう。幼い頃に見たアニメで自由自在に空を飛び回る主人公に憧れた。あれに憧れを抱いたのは俺だけではないはずだ。
もし仮に実現できる可能性があるのなら、挑戦しないなんて事はあり得ない。
成功させる為には、重力属性が最も可能性が高いと考えたのだ。
何はともあれ重力属性を定着させる必要がある。山口を送り届けた後、俺は一人集中力を高めていた。
山口との約束で次の土曜までに属性を定着させておく事になったからだ。
属性を定着させるには、繰り返して使う必要がある。しかし肝心の一回目が出来なければそれも意味がない。
俺は深呼吸をして自分を落ち着かせると、テーブルの上に置いた百円玉に向かって重力属性を使用する。体内の零が俺の手を通して重力の属性へと変化するようにイメージを膨らませる。
手から出た光が百円玉を包み込む。カタカタと動き出した百円玉が宙に浮いた。ゆっくりとほんの数センチだけ浮かんだ後、それは数秒で落下した。
「やった」
一先ず上手くいった事に胸を撫で下ろす。
空を飛んでみたいと思った俺がイメージしたのは上に向かって作用する力だった。今はまだ百円玉だが、いつかは自分も空を飛んで見せる。自己暗示をするように強く自分に言い聞かせた。
回数を数えながら重力属性を使用し続ける。慣れていないからなのか、属性を使用するのは思った以上に零を消耗する。休憩を挟みながら一時間で十回程度が限度のようだ。それでも時間を見つけては一日三十回を目標に重力属性の定着を目指した。
俺が使用する重力属性が見るからに変化を遂げたのは金曜日の夜。すでに繰り返して使用した回数は百五十回を超えていた。重力属性を込めた百円玉は、それまででは考えられない程スムーズに浮き上がった。そしてそれは、テレビで見た宇宙船の中の映像のようにくるくると回転しながら俺の目の前に留まり続けた。
一体どれほどの時間、ぼーっと眺めていたのだろうか。込められた力を失った百円玉が、音を立ててテーブルの上に落ちる事でようやく我に返ったのだった。
上手く定着出来た事に歓喜した後、今度は恐る恐る自分に同じ力を使ってみた。すると随分と体が軽くなったのを感じたが自分が浮かぶ程にはならなかった。ガッカリしながらも試しに体重計に乗ってみれば、驚く事に表示は十キロを下回っていた。
でもゼロでなければ身体は浮かない。
今後、練習を重ねれば浮く事が出来るのだろうか。それとも能力として固定すればいけるのだろうか。様々な事を考えながら、自身にかけた重力属性を解除して疲労感たっぷりの身体をベッドに投げ出した。
◇◇◇◇◇◇◇
土曜日、俺達は互いに定着した属性を見せ合う事にした。
まずは俺からという事で、練習の時と同様に百円玉に重力属性を使用して見せた。
「おおー。すごいね。重力ってより無重力だけど」
空中でくるくると回転する百円玉を見る山口は随分と楽しそうだ。
「まぁね。でも重力を操るって事は無重力を作り出す事と同じだろ?」
「そうだね。じゃあ次は私の番ね」
俺は重力属性を解除した百円玉をキャッチして山口に頷いた。
山口が見せてくれたのは、野球ボール程の雷の球体だった。上向きにした掌の先、十センチ程の所にそれはバチバチと音を立てながら浮かび上がっていた。
「最初は静電気程度だったんだよ」
そう言って山口は苦笑した。
しかし静電気程度のモノがよくもまぁ、ここまで凄い物に変わったものだ。
「すごいな」
思わず見入ってしまった俺が口に出せたのはたったそれだけだった。
「でしょ」
そんな俺を見た山口はやけに得意げだ。
無事に希望通りの属性を定着させる事ができた俺達は、その属性を自分だけの能力に変える為の練習へと移った。ここから先はしっかりとイメージをする必要がある。もし、いい加減なイメージを繰り返せば出来上がる能力がどうなるか分からないのだ。
俺達は失敗しないように、自分が考えた能力を紙に書きだす事にした。
山口の書いているのを見ようとしたら手で隠されてしまった。
「だめー。完成してから」
残念に思いながらも自分が書き込んでいる紙に目を向ける。若干の不安はあるが、大丈夫だろう。
そこから先の練習は、これまで以上に楽しかった。
反復練習ではあったが、繰り返す毎にイメージに近づいていくのは非常に嬉しく、俺達の練習は今まで以上に熱を帯びたのだった。
とは言え、一日二日で能力が出来上がるなんて事はない。
楽しみながらも悪戦苦闘を繰り返して、ようやく形になった時には、すでに季節は春へと変わっていた。
◇◇◇◇◇◇◇
零を取得するという事は、生命エネルギーの向上も意味している。それはつまり、どうゆう事かと言えば病気になりにくい強い体になるという事だ。
俺が長年苦しめられてきた花粉症は、零を取得した事で完治してくれたようだ。マスクも薬も必要なく、春の空気を胸いっぱいに吸い込めるのは思っていた以上に気持ちが良かった。
属性を定着させて、能力を固定させるための練習を始めて五か月。ようやく形になった能力をお互いに披露し合う事になった。
当然のように毎週会っていたのだが、お互いに能力を秘密にする為にわざわざ離れて練習をしてきた。
その為、山口の能力についてはまだ詳しくは知らない。
全力で能力取得に取り組んだ期間だったが、俺達はその辺の恋人達のように色々なイベントも一緒に過ごして来た。クリスマスにはプレゼントを贈り合い、年越しを一緒に過ごし、バレンタインに手作りのお菓子を貰い、ホワイトデーに頑張って焼いたクッキーを返した。二人で誕生日を祝い合う事もした。
これだけやってまだ付き合っていないのだから自分でも驚きだ。
俺は一体何をやっているのだろうか。臆病になり過ぎている自分が嫌だ。
とにかく今日は待ちに待った能力のお披露目の日だ。
晴れ渡った空に桜のピンクが良く映える。車窓から桜を眺めながら最近よく使用している河原へとやってきた。
能力の質が高まるにつれて、当然ながら家の中ではいろいろと問題が出てきた為に探し出したのがこの場所だ。夏になればバーベキュー等で人が集まるだろうが、今はまだ春。人のいない河原は絶好の練習場所と言えた。
「じゃあ早速私から見せるね」
「頼む」
「じゃあ、あれを狙うから見ててね」
山口は十メートル程離れた所にある人間大の大きな石を指さした。
俺が頷くと、山口は真剣な表情で石を見つめて、呪文を唱え出した。すると山口の周りにバチバチと電気が集まり出し、胸の前あたりでサッカーボール程の球体へと変わった。そして青白く発光した球体は、先ほどの石に向かって飛んでいった。
ドカン!という音を立てて石の一部が崩れ落ちた。雷の性質上、石に対しては相性は良くない。にも拘らずこれ程の威力を出す事に驚いた。
「どうだった?」
褒めて褒めてと言わんばかりの勢いでやって来た山口に賞賛の言葉を送る。髪の毛がくしゃくしゃになる程に頭を撫でまわしてやった。
「そう言えばどうして呪文を唱えたんだ?」
「え?どうしてってその方がカッコ良いからに決まってるじゃん。それにそうやって制限をかければ威力が上がるでしょ?」
「なるほどな。確かにカッコ良かった。もしかして呪文を変えれば違う事も出来る?」
「さすが石田。その通りだよ」
山口が目を見開いた。驚いているようだが、それくらいはわかる。いくらなんでも定番だから。もちろんそんな事は口にしない。
「見せて貰える?」
「うん、いいよ。と言っても威力とかスピードが変わるのがほとんどだから、種類は少ないけどね」
そう言って山口は俺から距離をとった。
再び呪文を唱えれば先ほどと同様に山口の周りに電気が集まり出した。しかしそれは一つに集まる事はなく、彼女を包むように周囲に停滞している。
「雷の盾?」
「せいかーい!障壁と一緒に身体を包むように展開してるんだよ。これで簡単にはやられないよ」
山口はその場でくるくると回った後、移動して見せてくれた。山口の動きに合わせて電気が付いて回る。それはまさしく攻守一体の盾と言えた。
「次は石田の番」
雷の盾を解除した山口が隣にやってきた。俺は頷くと、先ほど山口が狙った石へ向けて腕を上げた。左手で右手を支えるように掴んで、右手はでこピンをするような形を作り、中指の前にビー玉程の重力の球を形成する。数秒で出来上がったそれを弾き飛ばすと一直線に石へ向かって飛んでいった。
「すごい」
内部から砕け散った石を見て山口が驚いた顔をしている。
俺が打ち出した重力の球は、石に命中すると小さな穴を開けて中に入って行った。そして内部で破裂した重力球が石の後ろ側半分を吹き飛ばしたのだ。
「すごいだろ?」
山口を真似てドヤ顔をしてみた。しかしそれに突っ込まれる事無く普通に絶賛されてしまった。
「他には何が出来るの?」
「後はこれかな」
山口から少し距離をとって自分を中心に重力球を展開した。三メートル程になった重力球は形を変えて俺の身体にフィットする。そして意識を集中すれば……。
「すごい。浮いてる!」
自由自在には程遠いが、こうして宙に浮く事が出来るようになった。
「でもこれが限界。使い方としてはこっちの方が本命かな」
俺は地面に降りた後で、高速で自分が吹き飛ばした石の元へと移動した。そして山口がそれに気づいたと同時に彼女の隣へと戻って来た。
「速い」
眼を丸くする山口に俺は自慢げに能力の説明をするのだった。
重力を操れると言っても限度がある。そこで俺は範囲を指定する事にした。俺が生み出した三メートル程の球体の中でのみ重力を自在に操れるようになるのだ。
最初に見せたのは圧縮した重力球を打ち出して攻撃する方法。次に見せたのが念願だった飛行。残念ながら不完全になってしまったが、このおかげで進行方向に何倍もの重力を発生させる事で高速移動が可能になったのだ。
だが、これが思った以上に難しかった。もし俺に並列思考がなければ実現出来なかった事は間違いない。
そして嬉しい事に、この能力を作った事で体が随分と引き締まった。なぜなら練習中には過剰な負荷に肉体が何度も悲鳴をあげたからだ。今でこそ加減出来ているが、覚えたての頃は随分と酷い目にあった。それに、まだまだ調整の余地が残されていたりする。
俺達は無事に一つ目の能力を取得出来たのだが、一つ問題がある。
「私達の能力って使いどころがないよね?」
そう。平和な日本ではこんな物騒な力の使い道はない。それでもこんな能力を取得したのには訳がある。
「そうだな。でもやっぱり戦闘系の能力はロマンだろ?」
「そうだね」
俺達は顔を見合わせて笑った。
その後も、何度も何度もお互いに能力を見せ合って遊んだのだった。