23.vs長谷川
「いくよ」
里紗の声に俺は頷いて返事をする。そして里紗が能力を発動させた。
「なんだこれはっ!」
長谷川教授が驚いた声を上げる。里紗が発動した能力は霧。水属性をベースにミスト状にしてばら撒いたそれは相手の視界を奪う。そして里紗はその霧の中にあるモノ全てを把握する事が出来る。
部屋いっぱいに霧が充満した事を確認して俺達は唇を重ねる。別に愛を確かめ合っている訳ではない。これをする事で里紗の能力は増幅され、霧を通して得た情報を俺も共有できるようになるのだ。
俺は里紗に微笑むと一気に加速した。そして全力で長谷川教授を殴り飛ばした。ドンッという鈍い音の後、壁に激突する音が聞こえた。
だが、まだだ。やつは異様に硬かった。こんな程度で勝負が決まるはずがない。俺は尽かさず次の攻撃に移る。殴って、蹴って、投げ飛ばす。そして最後の仕上げとしてトンファーを出現させる。グルグルと回して遠心力たっぷりの一撃を叩き込んだ。攻撃が当たった瞬間、爆発が起こり爆風で長谷川教授と共に部屋全体を包んでいた霧をも吹き飛ばした。
「フーッ」と息を吐き出し長谷川教授がいるだろう方向を睨みつける。
「何のつもりだ!?」
横目で確認すれば五十嵐がこちらを見ていた。
「何って長谷川教授をブッ飛ばしに来ただけですよ」
「あいつは俺の獲物だ」
「その状態でよくそんな事が言えますね」
「チッ」
舌打ちをした五十嵐の元へ里紗がやって来て治癒を始めた。
「動かないでくださいね。この程度なら直ぐに治りますから」
「なぜだ?」
五十嵐が里紗に話しかける。
「何がですか?」
「どうして俺を助ける?俺は君の母親を殺したんだぞ?」
「知ってます」
「じゃあどうして?」
「本当は嫌です。でも……」
「でもなんだ?」
里紗がしっかりと五十嵐の目を見た。
「決めたんです。私はあなたを絶対に許さない。でもあなたを責めない」
五十嵐が目を見開いた。
「どうして?」
「さあ?自分でもよく分かりません。でもあなたが妹さんを想う気持ちも分かるから」
「同情か?」
「そうかもしれません……。とにかく決めたんです。でもあなたが納得できないのなら……」
バチンッと爽快な音が響き渡る。
「は?」
頬に真っ赤なもみじを張り付けて五十嵐が呆けている。
「これで良しとします。私はもう後ろは振り返らないって決めたんです!はい、終わりました」
里紗が立ち上がり俺の横に並ぶ。
「ちくしょう!」
五十嵐が顔を手で押さえている。泣いているのだろうか。
「長谷川教授は?」
里紗が俺に尋ねる。
「分からない。でもまだ零を感じるから生きているはずだ」
「生きてるに決まってる!あいつがそう簡単にくたばるかよ!」
五十嵐が立ち上がり、俺の隣に並んだ。その眼には僅かに光るモノが見える。
「あの時と口調が違いますね?」
俺の問いかけに五十嵐はそっぽを向いた。
「うるせーよ!お前も下手な敬語はやめろ!」
「わかったよ。さてそろそろかな?」
俺達が見つめる先で瓦礫が音を立てて崩れた。ボロボロの長谷川教授が這い出して来るが、身体には血が付いた形跡がない。
「あれだけやって怪我一つしてないのかよ」
「うわー。本当に化け物だね」
「だから言ったじゃねーか」
「油断してやられた奴のセリフじゃねーな」
「ホントだね」
俺と里紗が笑うと五十嵐は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「クソが!貴様は何者だ!?」
長谷川教授が不機嫌そうに吠える。
「ただの冒険者ですよ。長谷川教授、あなたを倒しに来ました」
俺はにこやかに宣言した。
「ふざけやがって!貴様ら程度が俺を倒せると思っているのか?」
「もちろん。勝算はありますよ」
長谷川教授は鼻で笑った。
「どうやら格の違いもわからないみたいだな。リア充共が!恋人の前で無残に殺してやるよ」
「へー。リア充ですか。こんな世界でリア充も何もないと思うけど……もしかして魔王様はボッチですか?」
「――なめやがって!」
長谷川教授が怒りを露わにする。眉間に皺が寄って残念な顔がさらに歪んでいる。
「おおー。沸点低いなー。じゃあ俺と五十嵐さんが前衛で里紗は後方から援護で宜しく!行くぞ」
「うん!」
「お前が仕切るな!」
素直な里紗に比べて五十嵐は反抗的だ。でもしっかり付いてくるのだから良しとしよう。これがツンデレだろうか。男のツンデレほど需要がないモノはないと思うけどな。
俺は途中から一気に加速して五十嵐を置き去っていく。そして長谷川教授の後ろに回り込むと、五十嵐に向けてトンファーを使って長谷川教授をぶっ飛ばした。
「ガッ!」
長谷川教授から変な声が漏れて飛んでいく。
「クソッ!」
文句を言いながらも五十嵐は巨大ハンマーで長谷川教授を打ち返す。
「里紗」
叫ぶと共に長谷川教授を上へと打ち上げた。ドンッ!と巨大な音と共に長谷川教授に落雷が命中した。プスプスと音を立てながら落下し奴は地面に激突した。
「よしっ!」
俺は里紗の隣に戻りハイタッチを交わした。
「やったね!」
「説明くらいしろや!」
五十嵐が怒鳴っている。
「ちゃんと出来たじゃないか。それからまだ終わってないから油断するなよ」
「チッ!わかってるよ!」
五十嵐は地面に横たわる長谷川教授を睨みつける。
「屑共が!好き勝手やりやがって!」
長谷川教授がゆっくりと立ち上がった。当然のように彼は無傷だ。
「隙だらけのてめーが悪いんだよ」
「黙れ!」
長谷川教授が五十嵐を一喝した。
「あっ!怒られた」
「ホントだねー」
「お前ら、うるせーよ!」
俺達はわざとふざける。少しでも長谷川教授を怒らせて零を使わせる為に。
「ムカつく野郎どもだ」
「そうだろ?俺も同感だ」
長谷川教授と五十嵐の意見が一致したようだ。
「フンッ!それにしても五十嵐に仲間がいるとは意外だな」
「仲間じゃねーよ!」
長谷川教授がこちらを睨みつける。
「敵の敵は味方って事で」
俺は笑顔で告げる。
「ムカつく顔だ」
「お前が言うな!」
「お前が怒るな!」
急にアツくなった里紗にチョップする。
「ふざけてんのか!?」
長谷川教授から濃密な零が溢れ出る。少しでも気を緩めたら心が折れてしまいそうだ。
「気のせいですよ。平常運転です。な?」
「うん」
先程チョップした所を撫でてあげる。
「クソが!少しばかり顔が良いからって目の前でイチャイチャしやがって……。おい!五十嵐!こいつらどーにかしろよ!」
「はっ!ムリだよ。ムリ。どうにかしたけりゃ自分でやりな!魔王様のくせに、その程度の事もできねーの?」
「言わせておけば……」
一瞬にして空気の質が変わった。ヤバイ!本能が警鐘を鳴らす!
「里紗!」
「うん!」
俺達は同時に能力を発動させる。俺はトンファーの先から火炎放射を。里紗は横向きの竜巻を。風が炎の威力を高めてくれる。里紗の零と俺の零がしっかりと調和するように制御して長谷川教授へと解き放った。炎の竜巻は一瞬にして長谷川教授を飲み込んだ。普通の人間ならば炭さえ残らないだろう。
しかし。奴は普通じゃなかった。
「やりやがったな。クソ共が!だが、おかげで少し冷静になれた。感謝するよ」
長谷川教授は相変わらず無傷で立っている。しかし彼が纏う零は確実に減少している。奴を倒すには莫大なまでの零を使い切らせるしか道はないだろう。
ボキボキと首を鳴らしながら長谷川教授はこちらを睨みつける。
「化け物め……」
五十嵐の呟きを聞いた長谷川が鼻で笑った。
「俺が化け物ならそっちの奴は何者だ!?別々の人間が放つ零を一つに合成するなんて人間技とは思えないがな」
「人間ですよ。訓練の賜物です。な?」
「うん!」
「一体どれだけ訓練したらそんな事が出来るって言うんだよ!?考えられねーな!」
「ほー。じゃあ才能ですかね?」
「クソが!」
五十嵐は俺と長谷川教授の会話を聞いて肩を竦める。
「そろそろいいか?」
「悪いな、五十嵐!とっとお前を殺してやるよ」
「誰が殺されるか!死ぬのはお前だ!」
「あれ?さっきも同じ会話してませんでした?」
「「てめーは黙ってろ!!」」
怒られてしまったようだ。ヤレヤレとわざとらしいジェスチャーをして煽ってみるがダメそうだ。
「今度はこっちから行くぞ!」
長谷川教授の周りに大量の鎖が出現し、蛇のように動き回る。
「里紗!」
「うん!」
俺は里紗を抱きかかえ、その場を離れる。直後、俺達の居た場所に大量の鎖が直撃した。
「チッ、ちょこまかと動きやがって!ガッ!」
長谷川教授が攻撃した直後を狙って、背後から五十嵐が奇襲を仕掛けた。
「さっさと死ね!」
二発、三発、四発と繰り返し最後は巨大ハンマーで打ち上げた。
「小娘!」
「小娘言うな!」
五十嵐の指示を受けた里紗が雷撃をぶちかます。
「おい!落雷にしろよ!出来るだろ!?」
「いきなりじゃムリだよ!」
「使えねーな!」
「うるさい!」
「よしよし!里紗は悪くないから」
適当に宥めて長谷川教授を睨みつける。奴はすでに起き上がってこちらを睨みつけていた。
「本当にムカつく野郎どもだな!絶対に殺してやる!」
そして、それまでとは全く異質な零が長谷川教授から溢れ出した。背中を冷たいモノが流れる。本能がヤバイと告げる。今までなんて目じゃない程に……。
「五十嵐!」
俺は叫んだ。
「わかってる!逃げるぞ!」
「逃がすかよ!」
膨れ上がった膨大な零が一気に収束したかと思うと長谷川教授を中心に爆発が起こった。ただし、それは自爆とは全く違う。ただ膨大な零が溢れ出したに過ぎなかった。
俺は離れないようにとしっかりと里紗を抱きしめる。飛び散る瓦礫や自分で作り出した障壁を足場にして、加速しつつその場から離脱した。
爆発が治まった時、魔王城は跡形もなくなっていた。城の周りで戦っていたはずの人達すら見当たらない。ただ、だだっ広い荒野が広がっているだけだった。
そして問題の長谷川教授は、まるで幼い頃見た怪獣映画に出て来た怪獣のように、巨大な化け物へと姿を変えていたのだった。