22.魔王長谷川
実に呆気なかった。
少しは善戦すると信じていただけに、俺は内心の驚きを隠せずにいる。長谷川教授が二人に向かって手を振ると同時に、どこからともなく現れた鎖が一瞬にして彼らに絡まってしまったのだ。
「クソッ!」
身動きが出来ない二人はただ長谷川教授を睨みつけるだけだ。
「実に呆気ないね。それでも精鋭部隊なのかい?いくらなんでも弱すぎるだろ」
「うるさい!殺すならとっとと殺せ!」
「あー、はいはい」
長谷川教授は足元に転がっていた死体から剣を回収して、殺せと言った男の元へとゆっくりと歩み寄った。そして何も言わないまま男の胸に深々と剣を突き刺した。刺された男は目を見開いて吐血し、ガクガクと痙攣して事切れた。
「なっ」
最後に一人残った男が驚いた表情でそれを見ている。
「どうかした?殺せって言われたから殺してあげただけだよ」
「いや、そうか……。最後にあんたの目的を聞いてもいいか?」
「目的?」
「ああ、この城にはあんた以外の人間がいなかった。仲間はどこにいったんだ?あんたは何をしようとしている?」
長谷川教授は腕を組んで少し考える仕種をした。
「まぁいいか」
「教えて貰えるのか?」
「いいよ。まずこの城には確かに俺以外の人間はいないけど、仲間はいたよ」
「どうゆう事だ?この城には魔人しかいな……おい、まさか!?」
縛られた男は目を見開いた。
「気付いたみたいだね。そうだよ。仲間達はみんな魔人にして俺に隷属して貰ったんだ」
「何の為に!?」
「俺が英雄になる為だよ」
「英雄だと?」
男が怪訝な顔をする。
「そう、英雄だよ。この城に侵入したやつら全員を始末した後で、俺は自分の外見を変えて魔王長谷川を倒した英雄としてお前達が住んでいる街に凱旋してやる」
「一体何の為に!?」
「俺が王になる為だよ。その辺の適当な死体の首を拝借して俺そっくりに作り替えてやる。その首を持って凱旋すれば誰もが俺の言葉を信じるだろう。そうすれば俺は堂々と王になってこの世界を治めてやる」
「ふざけるな!」
「うるさいなー!そんな大きな声を出さなくても聞こえるから」
長谷川教授は酷く嫌そうな顔で男を見る。そのまま唾でも吐きそうだ。
「あんたは、そんな事の為に自分の仲間を魔人に変えたのか!?」
「そんな事?お前はバカか?あ?本気で言ってるなら頭イカれてるんじゃねーの!?自分好みの世界を創って、その世界のトップに立つ。最高だとは思わないか?金も名誉も女も何もかもが俺の思い通りになるんだ。その為だったら何だって犠牲にしてやるさ」
長谷川教授は気持ち悪く大きな声で笑った。
「そうか。分かったよ。やっぱりあんた最低だな」
「あ?」
男は笑った。そして急速に男の中心に零が集中していくのがわかる。これはヤバイ!そう判断した俺は里紗を抱えて扉の陰に身を隠した。
次の瞬間、とてつもない轟音が響き渡った。そして同時に驚く程の爆風が俺達のすぐ脇を通り過ぎていく。部屋を一つ挟んでいたにも拘らず、俺のすぐ横にあった外開きの扉が爆風によって飛ばされた。
俺は障壁の強度を上げて、里紗を強く抱きしめる。それは一瞬の出来事であったはずなのに、恐ろしく長い時間に感じられた。ようやく爆風がやんで、見るも無残になった景色に目をやる。幸いな事に背にしていた壁が倒壊せずに済んだ事で俺達は無傷でいられた。
「里紗、大丈夫?」
「うん、洋一は?」
「大丈夫だよ」
俺は安堵の溜息を吐きながら里紗の頭を撫でた。まさか自爆なんて能力を隠し持っているとは思わなかった。俺は出来るだけ慎重に長谷川教授達がいた場所を覗いた。
「嘘だろ……」
そこには長谷川教授が確かに立っていたのだ。肩で息をしており酷く消耗している事がわかるが、あの爆発を防ぎきるだけの力を持っていた事に驚いた。
「クソがっ!」
長谷川教授は唾を吐き捨てた。
「おい!早く出て来いよ!いるのはわかってるんだよ!バカが!」
バレたか……。里紗の方を見ると不安そうな目でこちらを見ていた。「大丈夫」口だけを動かして伝え、頭を撫でた。覚悟を決めて出て行こうとすると、別の声が聞こえて来た。
「へー。気づいてたんだ?」
そこに現れたのは五十嵐だった。
「やっぱりいやがったか」
「当然だろ。お前を殺すって言ったじゃないか」
長谷川教授は鼻で笑った。
「お前もバカだな。素直に従っておけばいいのに、あんな小娘の為に俺に殺されるんだから」
「誰が殺されるって?死ぬのはお前だ」
二人から溢れ出した濃密な零がぶつかり合う。かなり消耗しているはずなのに、長谷川教授が纏う零の密度は異常な程に高い。溢れ出ている分だけなら五十嵐と同程度に見えるが、長谷川教授の内側に秘めている零は軽く見積もっても五十嵐の数十倍はくだらない。
少しの時間睨み合った後、先に動いたのは五十嵐だった。突如として現れた数十本の槍が一斉に長谷川教授に襲い掛かった。だがそれは鎖により全て絡めとられてしまう。五十嵐も想定していたのだろう。一切の驚きを表情に出す事なく再び槍による一斉攻撃を行う。
「バカの一つ覚えか」
簡単に新たな槍を絡めとって五十嵐を睨む。五十嵐はそんな長谷川教授を無視して再度槍を飛ばした。
何度も何度も何度も……。そしてついにその内の一本が鎖の防御を潜り抜けて長谷川教授へと迫る。
「チッ」
舌打ちをしつつ、長谷川教授は一部の槍の拘束を解除して目の前の槍を絡めとった。
「なるほど。そこがお前の限界か」
五十嵐はニヤリと笑ってこれまでの合計の倍以上の槍を宙に浮かべた。
「なんだと!?」
「これでもくらえ!」
一直線に長谷川教授に飛んでいく槍。勝負があったかと思った瞬間、長谷川教授が笑った。
ドーンっ!!という爆発音と共に長谷川教授に向かっていた槍が一斉に爆発した。辺りには煙が充満している。そして煙が僅かに揺れ、その中から五十嵐が突っ込んで行った。キーンッ!!!という甲高い音を立てて交錯する槍と鎖。そのまま静止して睨み合う二人。
「その程度か」
「なに!?」
長谷川教授が酷くガッカリした様子で呟いた。そして長谷川教授の後ろに現れる無数の氷の槍。その数は五十嵐が出した数のさらに倍だった。
「死ね」
一斉に襲い掛かる氷の槍。五十嵐は盾を出現させてバックステップで後ろに下がる。回避と防御を繰り返して猛攻をしのぎ切ってみせた。
「その程度か」
意趣返しのつもりだったのだろう。五十嵐が言葉を発した時、長谷川教授の姿が消えていた。呆然とする五十嵐の後ろに長谷川教授が立っていた。
「まだだ。バーカ!」
振り向くと同時に爆発が起こり、五十嵐が吹っ飛んだ。
ガハッと大量の血を吐き出して五十嵐は身悶えている。
「化け物め」
「なんとでも言えよ。雑魚が!」
五十嵐に近づき長谷川教授が血の滲んでいる個所を蹴った。五十嵐から苦痛の声が漏れる。
予想外の一方的な展開に俺達はどうするべきか悩んでいた。
「五十嵐を助けたいんでしょ?」
里紗から出た思わぬ言葉に驚いた。
「え?」
「いいよ。洋一が助けるって言うなら手伝うよ」
「いや、でも……。五十嵐は……」
「うん、そうだね。あいつのせいでお母さんは死んじゃった。でもその原因を作ったやつがいるなら、そっちをブッ飛ばした方がいいでしょ?」
「いいのか?」
里紗はしっかりと頷いた。
「大丈夫だよ。あいつも私達と同じだって分かったから。私もきっと洋一が誰かに殺されちゃったら、絶対にそいつを許さない!何を犠牲にしてもやっつけてやりたいって思う。だから……ね?」
里紗は寂しそうに微笑んだ。でもその眼には確かな決意を宿しているように見て取れた。
「――わかった。やろう」
俺達は立ち上がり、長谷川教授を倒す為の行動を始めた。




