21.魔人
真っ赤な絨毯が敷き詰められた広い部屋の中央に一人のか弱そうな少女が立っていた。少女は浅黒い肌に白く長い髪が特徴的で、額には十センチ程の角が生えている。そんな少女は血に濡れており、彼女の周りには十数人の死体が転がっていた。そしてその外側を二十人程の人間が取り囲んでいる。
俺と里紗は扉の陰に隠れながら中の様子を伺っている。
「ねぇ洋一、あれ全部あの子がやったのかな?」
「考えられないけど、そうなんだろうな」
「あの子、そろそろ限界みたい」
どれだけ強かろうと無敵なんて事はあり得ない。少女は肩で息をしており、明らかに疲弊している事が見て取れる。さらにその体にはいくつもの傷があり、背中から突刺された日本刀が勝負の決め手になったのか、すでに立っているだけで辛そうだ。良く見ればそんな少女の目からは涙が流れている。
「お願い」
少女が自らを取り囲む者達に語り掛ける。
「私を殺して」
「――分かった」
一人の男性が一歩前に出て腕を振るった。次の瞬間、男性の腕から発生した風の刃が少女の首を飛ばした。
生き残った人達が部屋から先に進んで行った。彼らが開いた大扉の先には趣味の悪い豪華な椅子に座った長谷川教授が尊大な態度で待っていた。そして長谷川教授を守るように二人の少女が前に立った。少女達は先程の少女同様に浅黒い肌と白い髪をしていた。だが一人は角の代わりに翼を持っており、もう一人は尻尾と猫耳を付けている。そしてどちらの少女も露出の多い服を着て涙を流していた。
「やれ」
長谷川教授の言葉に少女たちは無言で頷き、部屋に入った者達に襲い掛かった。
そこからの戦いは非常に酷いモノだった。少女たちは暗殺部隊の者達の返り血を浴びながら一人は必死で謝り、もう一人は助けて欲しいと頼んでいるのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「お願い、私達を助けて」
暗殺部隊の者達はさぞ、やり辛い事だろう。どうみても十歳程度にしか見えない少女達が謝罪し、助けて欲しいと懇願するのだ。それでいて強力な力で仲間達を次々に殺していく。
それを椅子に座ったままの長谷川が厭らしい笑みを浮かべて眺めているのだ。こんなにも酷い事が許されるのだろうか。俺は今にも飛び出しそうな里紗の手を握り、必死になだめる。今俺達が出ていくべきではない。
「くそ!」
暗殺部隊の人間が放った風の刃が一人の少女の腕を飛ばす。腕を飛ばされた少女からは悲痛な悲鳴が上がり、顔が苦痛に歪む。
「痛いよー。お願い、助けて」
残ったもう一本の腕を縋るように上げる。暗殺部隊の一人は歯を食いしばり、そんな少女の腹に風穴をあけた。
「あっ……」
ポカンとした表情で立ちすくむ少女がゆっくりと倒れた。
一方でもう一人の少女は謝罪を繰り返しながらも、暗殺部隊の攻撃を必死で躱す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「すまない」
三方向から少女に向かって炎、水、土の弾丸が同時に襲い掛かる。
「いやーーーー!」
少女の叫びと共にそれらの弾丸は打ち返され、それを放った者達に直撃した。
「なっ……」
一気に三人を失った暗殺部隊の者達の動きが一瞬止まるが、少女も今のでかなり消耗しているらしく肩で息をしている。ここぞとばかりに暗殺部隊の一人が背後から放った冷気の弾丸が、一人残った少女の足元に当たって凍り付いた。少女は、その場から動けなくなり呆然とした顔を上げた。
「ごめん」
謝罪と共に放たれた強力な火球により少女が、一瞬にして炭なった。火球があたる直前少女から「ごめんなさい」という言葉が聞こえてきた。
「いやー。良いモノを見せて貰ったよ。なかなか楽しかった」
パチパチと拍手をする長谷川教授をその場にいる全員が睨みつける。
「そんなに怒るなよ」
そう言って長谷川教授が嘲笑する。そしてパチンと指を鳴らすともう一つの扉が開いて、今度は先程の少女達が成長したような姿の女性が三人現れた。三人の女性はいずれも全裸で立っており、その顔からは完全に表情が抜け落ちている。まるで人形のような彼女たちは一体何を考えているのだろうか。
「彼女達はお前等が殺した少女達の母親だよ」
「ふざけるな!」
先程火球を放った人物が叫んだ。
「ふざけてなんてないさ。彼女たちは少女達には及ばないが、それなりに強い個体だ。十分楽しめるはずだよ」
話が噛み合っていない。長谷川はニヤリと笑って彼女達に指示を出した。
「やれ」
三人の女性は、少女達同様に無言で頷くと同時に暗殺部隊に襲い掛かった。少女達と違い、今度の女性たちは誰もが無表情で一切の言葉もなかった。
「やっぱり、大人はダメだなー。見ていてつまらない。子供の方がよっぽど楽しませてくれる」
長谷川教授が退屈そうに呟く。その言葉に激怒した暗殺部隊の者達が彼女たちを無視して長谷川教授に攻撃をする。しかしその攻撃は一人が、その身を盾にして防ぎ、残りの二人が攻撃直後の隙を狙って攻撃する事であっさりと防がれるばかりか、暗殺部隊の戦力を削られてしまった。魔人となった女性を一人倒す事には成功したが、暗殺部隊は一度に三人もの者が命を落とした。
「ダメだよ。お前たちの相手は俺じゃなくて彼女達なんだから」
「卑怯者め」
長谷川教授の言葉に反応して暗殺部隊の一人が呟く。しかしその言葉を長谷川教授はつまらなそうに無視して、再度彼女たちに攻撃を命じた。
炎が飛び、風の刃が空を切り、土や氷の弾丸が壁に穴を開ける。されど魔人となった彼女たちの動きを捉える事は、疲弊した今の彼らにとって簡単な事ではなかった。
それでも僅かずつではあるが、攻撃が掠める事でダメージが蓄積されていく。数人がかりで一人に攻撃を集中させる事でなんとか倒し、残りの一人へと照準を移す。しかし彼女達もただではやられない。攻撃を受ける直前にカウンターのように攻撃を飛ばす。それはまさに捨て身の攻撃であり、狙われた暗殺者達は成す術もなく倒れていった。
そしてようやく最後の一人となった魔人が倒れた時、暗殺部隊の残りは僅かに二人だけとなっていた。
「お疲れ様。まぁまぁの戦いだったよ」
パチパチと力のない拍手を数回して長谷川教授はようやく立ち上がった。醜い顔が愉悦に歪む。弛みきったその体で戦えるのかと疑問に思うが、彼が纏っている零の密度は驚くほどに濃い。
「せっかくここまで来た事だから、君たちに良い事を教えてあげよう」
暗殺部隊の生き残りの眉がピクリと動く。
「もう気づいていると思うけど、魔人は元々人間だった者達だ。それを魔人化する際に、俺の特別な能力でもって隷属状態にしてある。さすがに魔人化した者を元の人間に戻す事はできないけど、俺を殺せば隷属状態は解除される。どうだい?やる気は出たかな?」
挑発するような長谷川教授を二人が睨む。
「何も言われずとも、お前は初めから殺すつもりだ」
「そうか、そうか。じゃあ遠慮なくかかってくるといい」
長谷川の口角が厭らしく吊り上がる。
「何がおかしい?」
「何って?わからないかな?満身創痍の君たちが俺に勝てるわけなんてないだろ!?」
暗殺部隊の者達は歯噛みする。確かに長谷川教授の言う通り、満身創痍だ。さらに零薬の開発者で、彼らよりもずっと前に零を習得した人物相手に勝てる見込みはなさそうに見える。それでもここまで来て、何もしない訳にはいかないだろう。余裕で笑っている長谷川教授に一矢報いてくれるに違いない。
「勝手にほざいてろ」
「死んで詫びろ」
それぞれが長谷川教授への言葉を放つと同時に一斉に駆け出した。