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20.一斉攻撃

 一斉攻撃当日。俺達は事前に街を出て長谷川教授が住んでいるとされる禍々しい雰囲気の城を、離れた丘の上から見下ろしている。その城はまるでゲームなんかの魔王城そのままだ。

「趣味悪いよね」

 城を眺める里紗の呟きに思わず笑ってしまう。長谷川教授は頭は良い癖に完全に痛い人種のようだ。

「おっ、来たみたいだ」

「どこ?」

「あっち」

 俺が指さす先では軽く見ても数千人規模の人達が、我先にと魔王城に向かっていた。

「なんか、まとまりがないね」

「そうだな。だけどスパイの存在を考えるならその方が良いのかもな」

 移動方法は様々で、自分の足で走っている者や、車やバイクに乗る者、使役したモンスターに乗る者など本当にまとまりがない。

 対する長谷川教授の方では魔王城の周りに多数のモンスターが待機しており、こちらに関しては不思議と統制がとれている。良く見れば魔人と思われる者がモンスターを束ねている様子がうかがえる。


 どうなるだろうか。固唾をのんで見守る先で、ついに先頭を行く者達が激突した。地上で、空中で、戦いは様々な場所で行われている。火、水、風、土、雷、氷、植物、重力等様々な攻撃が飛び交い、モンスターも人間も魔人でさえ、恐ろしい程簡単に命を散らせていく。事件から随分と経ち、この世界に慣れたつもりでいたが、こんな大規模な戦いを見たのは初めてだった。これが戦争なのだろうか。

 まるで紙屑を破り捨てるように、命が失われていく。何が起こったのか分からずに死んでいく者、手足が千切れ散々苦しんだあげくに死んでいく者、仲間の裏切りにより絶望の表情で死んでいく者。要因は様々だが、そこにあるのは無数の死だけだ。


 不意に手を握られた。隣を見れば悲痛な表情の里紗が戦いを見つめていた。

「ムリして見てなくてもいいんだよ?」

「大丈夫。ちゃんと見るよ」

 何て返していいかわからずに、俺はただ里紗の手を握り返した。

 決して大丈夫なんかじゃないだろう。人の死に慣れたと言っても、平気なわけじゃない。こんなにも簡単に人が死んでいく光景を見て何も感じない訳がないのだ。だけど、里紗の決意は固い。それはこの戦いに意味がある事を知っているからだ。ここで死んでいく彼らを犠牲にして俺達が先へ進む事を里紗も承知しているからだ。

 だからこそ目を背ける訳にはいかない。その命を心に刻む必要がある。


 随分と長い間、戦いは続いていた。最初に見えたよりも多くの人が後ろに控えていたようで、次から次へと新しい人がやって来て死んでいく。対する魔人やモンスターも同様にどこからともなく沸いてきているようにさえ見える。一方的な展開になるかと思っていた戦いは、思いの外拮抗しているように見えた。

 このまま討伐部隊が押し勝ってくれればどれだけ良いだろうか。そんな願いは虚しく崩れ去る。戦闘が始まって数時間が経過した頃、討伐部隊が押され始めたのだ。

 このまま魔王城にも入る事すらできずに終わってしまうのかと焦燥を感じていると、ようやく討伐部隊の方に動きが見えた。後方に位置していた者達が五人組くらいでグループを作り、戦場を迂回し始めたのだ。しばらく観察していると予想通りこっそりと魔王城に侵入しているようだ。潜入したグループの数は把握出来なかったが、あれが本命なのだろう。

 どうやら討伐部隊は完全な囮に使われたらしい。だがそれが酷いとは思わない。長谷川教授を倒すには他に手はなかっただろうし、俺達も似たような事をしているのだから。

「里紗、俺達も行こうか」

「うん」

 俺達は魔王城に向かって駆け出した。戦闘が行われている所を迂回して魔王城へと向かう。途中、至る所でモンスターに遭遇したが構っている暇はない。俺の高速移動を活用してモンスターから逃げながら進んで行く。


 そしてようやく辿り着いた魔王城に足を踏み入れる。同時に何か薄い膜のようなモノを通り抜けたような気がした。

「これって……」

「転移封じだな」

 万能のように感じる転移能力だが、他の能力と違って光属性の付与された道具で簡単に封じる事が出来る。魔王城にはその技術が用いられており、この中では転移能力を使用する事ができない。なるほど。それで納得がいった。五十嵐はこれがあったから長谷川教授を未だに殺せずにいるのだろう。


 敵との遭遇に気を付けて進んで行けば、至る所に戦闘の痕跡が見て取れた。暗殺部隊として魔王城に潜入した人達の死体もいくつか転がっている。随分とグロイ光景だが、いつの間にか俺達には耐性ができてしまっていた。もちろん死体を見て嫌な気分になってしまうが、我慢出来てしまう。昔のように心が乱されるような事はない。

「あの人生きているよ」

 里紗が指さす場所では左半身を失った女性が苦しそうな表情を浮かべていた。俺達は彼女に近づき里紗が治癒を施した。だがいくら俺達の能力が成長したとはいえ、里紗が使う通常の治癒では欠損部位を修復する事は未だにできない。

「話せますか?」

「な、んとか……。今、ど、んな状、況な、の?」

 途切れ途切れに喋る女性はとても苦しそうだ。

「勝手ではありますが傷口を塞がせて貰いました」

「そ、っか。で、も、もう、助か、らない、よね?」

「――はい」

 女性は一筋の涙を流した。

 俺達は死を待つばかりの女性の命を強引に少しだけ引き延ばして話を聞いている。最低だ。自分でもよく理解している。でも、どうしても情報が欲しかったのだ。

「だよね。うん、わ、かって、た。それ、で、あなた、達は、情、報が、欲し、い、のかな?」

「はい。お願いします」

「わ、かった。お願、いだから、魔王を、倒し、てね」

「――善処します」

 絶対に倒します。そう答えられないのが歯がゆい。嘘でもそう答えたらいいのだろうか。

 このまま会話を続けていたら俺の方が先に参ってしまいそうだ。並列思考を使って、第三者目線でいる思考に対応させる。同情して苦しむ思考には少しだけ隅に居て貰おう。


 女性の話によれば、この部屋で十人程の魔人が待ち構えていたらしい。何人かは倒す事が出来たらしいが、残念ながら彼女のチームは全滅してしまったようだ。

「その後の事は覚えていますか?」

「途切れ、途切れ、だ、けど、ね」

 どうやらその後来たチームにより、魔人たちを倒す事に成功したらしいが、そのチームの人達もほぼ全滅と言っていい程だったそうだ。

「そうですか。他には何かわかる事はありますか?」

「ごめ、んね。私が、知って、るのは、これ、で全部、だよ」

「いえ、ありがとうございました」

「い、いよ。後は、よろ、しくね。私は、ちょ、っと、眠る、事にす、るよ」

 彼女は目を閉じた。胸が上下しているからまだ生きているのだろうが、状況を見る限り時間の問題だろう。 


「行こうか」

「うん」

 里紗と共に立ち上がり、俺達は慎重に部屋を出る。彼女から聞いた暗殺部隊の数は全部で十チーム。彼女の話が本当なら、ここで二チームが壊滅した事になる。残り八チームがどの程度進んでいるかはわからないが、あまり安易な期待はするべきではないだろう。


「さっきの人、辛そうだったね」

 悲痛な表情で里紗が俺の服の裾をギュッと掴んだ。その手から里紗の気持ちが伝わって来る。

「ああ。酷い事しちゃったな」

「うん……」

「俺達は絶対に生き残ろうな」

 いつものように里紗の頭を撫でる。

「うん。洋一」

「ん?」

「手、震えてるよ?」

 どう繕った所で怖いモノは怖い。でもそれを里紗に気付かせてしまったのは失敗だった。

「武者震いだよ。大丈夫。大丈夫だから」

「――うん。洋一なら大丈夫!」

 自分でいくら言い聞かせてもダメだったのに、たった一言。里紗からの言葉で嘘みたいに震えが消えた。

 ああ、そうだ。俺には里紗がいる。里紗が隣にいてくれたら俺は何でも出来る。

 俺達の前には、無数の血の跡や戦いの形跡が存在する。倒れている人も見て取れる。もう決して動かない事もわかる。本当なら、こんな場所には一秒だっていたくはない。でも、俺達は進まなくちゃいけない。

 俺の服の裾を握ったままの里紗の手を握り締め、しっかりと前を向いた。


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