2.練習する
基礎中の基礎である零を体に留める技術を習得した俺達は、少しばかり遅めの夕飯を食べていた。
時計を見ればすでに夜十時を回っている。薬を飲んだのが午後一時頃で、目覚めたのが夕方だった。眠る直前に食べたせいか起きたばかりの俺達は空腹を感じていなかった。
だから先に零の制御を優先させたのだが、少しばかり熱が入ってしまった。零を体に留める事が出来た後も、そのまま制御する為の練習を続けてしまったのだ。
「ごちそうさま。さて明日からどうしようか?」
食べ終わった皿を横に動かしながら山口に尋ねた。
「美味しそうに食べて貰えて良かったよ。明日何するかなんて、わかってるくせに。まずは零の制御能力を鍛えるに決まってるよ」
凛々しい声で答えてくれたが、どうにも締まらない。
「ああ、美味かった。口元にミートソースが付いてる」
俺の言葉に反応してすぐに口元を拭う。恥ずかしそうに視線を逸らす姿がなかなかに可愛い。それを見て、いつもこんな感じならいいのにと思ってしまう。まぁ零の話ばかりしてるのだから仕方ないかもしれないけれど……。
ネットで何やら調べものをしている山口を横目に俺は洗い物を片づける。まさか山口が料理上手だとは思ってもみなかった。俺の家に来る時に『夕飯は任せて』なんて言われた時は大して期待していなかったのだが、手際良くお手製のミートソースを作ってしまったのには驚いた。
「せっかくだから零についておさらいをしようよ?」
「おさらい?」
洗い物を終わらせた俺は、山口の正面に座って首を傾げた。
「せっかく手に入れた能力で失敗したくはないでしょ?基礎だけでも能力の確認をしようよ」
「なるほど。わかった。どうやってやろうか?」
「そうだなー。じゃあ私が零についての問題を出すから石田が答えてよ」
「わかった」
「じゃあいくよ。まずは簡単な所からね。零はいくつの系統に別れる?」
「火属性、水属性、風属性、土属性の四つ」
予想以上に簡単な問題に思わず苦笑してしまう。
「正解。次いくよ。今言った四属性の特性を教えて」
これも簡単な問題だ。
「火属性は属性を纏ったりと、自分自身を強化する適正が高い。水属性は治癒や付与等、様々な対象に干渉する適正が高い。風属性は零を放出したりと、遠距離で行使する適正が高い。土属性は剣を作り出すなど、零を実体化する適正が高い」
「正解。さすがだね」
「当然だ。俺だってずっと研究してきたんだから。じゃあ今度は俺が問題を出す」
「うん。お手柔らかに頼むよ」
山口がスッと姿勢を正した。
「わかった。火の玉を飛ばすのに必要な属性は何?」
「火属性と風属性」
自信満々に山口が答える。答えはもちろん。
「正解だ。じゃあ風属性を自分の身体に纏うのに必要な属性は?」
「これも火属性と風属性だね」
「その通り」
零は火、水、風、土の四つの属性に分けられる。そして人によってこの四つの属性への向き不向きが分かれる。バランス良く使いこなせる調和型。一属性だけ極端に適正が高い特化型。それ以外の標準型。この三つに大別されるが、偏り方は人によって様々だ。
「今度は私の番ね」
そう言って笑う山口は実に楽しそうだ。零について語れるのが余程嬉しいのだろう。
食後の休憩のつもりが随分と長く話し込んでしまった。
山口を助手席に乗せて彼女の家までの道のりを進んで行く。等間隔に並んだ街灯の明かりが次々と後ろに流れていった。信号で止まり隣を見ると赤い光で仄かに照らされた山口と目が合った。相変わらずまつ毛が長い。
「今日は楽しかったね」
「そうだな」
まだ興奮が収まらない様子の山口に返事を返す。自然と頬が緩んでしまうあたり俺も同じなのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇
十日間もあった連休は嘘みたいに早く過ぎ去ってしまった。
零を手にした日から毎日、山口と共に零の基礎練習をした。普通、基礎練習なんてモノはつまらなくて投げ出してしまいたくなるモノだ。しかし、俺も山口もそんな事にはならなかった。
今まで自分が持っていなかった不思議な力を扱う事が出来るという事が嬉しかったし、日々成長を実感出来る事が非常に楽しかったのだ。
零の基礎は身体強化、物質強化、放出、障壁の四つ。それぞれが火、水、風、土の属性に該当している。適正によって修得速度や能力に差はあるが零を取得した者ならば誰でも使用する事が出来る。
「今日で休みも終わりかー。明日から会社行きたくないよー」
山口が情けない声を出して俺のベッドで寝転がっている。
「そうだよな。ようやく基礎が出来るようになってきたところだもんな」
座椅子に座りながら手に持った紙を確認する。強化した紙は重力に逆らって真横にピンと伸びている。
「そうそう。連休中に適正判別までやりたかったのになー」
「まぁ仕方ないさ」
山口を慰めるが、俺自身も同じことを考えていた。ふーっと息を吐き出すと同時に集中が途切れた。強化していた紙は元に戻ってペロンと垂れ下がった。
どんなに嘆いた所で時間の流れを止める事は出来ない。
最終日は瞬く間に過ぎ去り、仕事当日の朝を迎えた。幸いな事に零に熱中したおかげで、生活リズムに関してはほとんど狂いはない。だらけきった気持ちを引き締めて俺は会社へと向かった。
いつものように挨拶を交わして準備を済ませる。朝礼場所に向かえば、すでに何人かが集まっていた。連休の出来事を適当に話したが、零薬の話題はあまり上がらない。やはり普通の人にはあまり興味がない事なのだろう。
零を修得した事で周りの人から立ち上がる湯気が見えるようになった。あの正体が零であり、誰もが持っているモノだなんて今までは考えられなかった。そんな事を思いながら周りを見渡せば、ごく僅かではあるが、零を体に留めている人がいた。それはやはり向こうも当然のように気づくわけで、互いに目だけで挨拶を交わした。
回らない頭を働かせて何とか一日の仕事を終わらせた。今日は一日目という事で残業なしで逃げ帰るつもりだ。
さっさと帰宅準備を済ませて帰宅の挨拶をする。早く帰って基礎練習の続きをやろうと考えていたら、門を出た所で声をかけられた。
「お疲れ様です。石田さんも薬飲んだんですね」
振り向けば後輩の村田だった。朝、目だけで挨拶を交わした一人で、仕事は出来ないが良い奴だと評判な男だ。
「お疲れ。村田も飲んだみたいだな」
「そうなんですよ。まさか手に入るとは驚きました」
「だよな。それでどこまで出来るようになったんだ?」
村田は自慢げに笑った。
「実は昨日、適正判別をやったんですよ」
「えっ!それでどうだった?」
思わず興奮してしまった。村田は俺の反応に満足そうにしている。
「ちゃんとできましたよ。結果は火と土が高い標準型でしたけど」
火と土の適性が高いという事は、例えば炎の剣を作ったりする事が出来るという事だ。物を強化する水属性の適性が低いようだが、自分で作り出した物に関しては関係ないのでその辺の問題はないはずだ。
「夢が広がるな。俺も早く適正判別したいんだけどな」
「石田さんはまだなんですね。俺は早くやりたくて、適正判別に必要な放出だけを先に練習したんですよ。だから実は他の基礎は全然出来ないんです」
「その手があったか」
考えもしなかった方法に思わず納得してしまった。
適正判別の方法は洗面器などに水を張って、そこに自らの零を放出して染み込ませる。この時に零の制御が不十分だと洗面器を壊してしまったり、何の変化も起こらなかったりするのだそうだ。
その後で自分の血を数滴垂らせば赤、青、緑、黄の四色が現れるので、その色の割合を見る。色はそれぞれ火、水、風、土を現しており適正が高い属性ほど面積が大きい。
村田の場合は火と土がそれぞれ四割程度で残りの二つが一割ずつと言った所だったそうだ。バリバリの近接戦闘タイプと言えるだろう。
ただ悲しい事にこの平和な国では、その能力が発揮される未来は訪れない。
「そうなんですよね」
俺の発言に村田は肩を落とす。
「でも攻撃的な能力にするんだろ?」
「もちろんですよ」
すぐに元気を取り戻して、村田は胸を張った。
「やっぱりロマンだよな」
「そうです。ロマンですよね」
俺達はしっかりと握手を交わした。




