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19.戦いを前に

 一斉攻撃への参加はしないと決めた俺達だが、これを利用して五十嵐と接触しようと考えていたりする。あれ以来、俺達は積極的に情報収集を行ってきたが未だに五十嵐と接触する事が出来ていない。

「利用するって具体的にはどうするの?」

「こっそりと討伐部隊について行く。長谷川教授の本拠地に攻め込むのはこの街の部隊らしいからね」

「あいつは出てくるかな?」

「きっと出てくるよ。五十嵐の狙いは長谷川教授を殺す事だと思うから」

 情報収集の為に五十嵐の過去を探った俺達は、とある事件の存在を知った。五十嵐は自他ともに認めるシスコンだったらしいのだが、長谷川教授の実験が原因で最愛の妹を亡くしている。その上で長谷川教授の下に付いているのは、ずっと復讐の機会を伺っているからではないかと俺達は考えている。

 ただ、部外者である俺達でも想像できる事なので当然長谷川教授も感付いている事だろう。しかしそれを分かった上で利用しているに違いない。というのが俺達が立てている推測だ。

「一斉攻撃で消耗した長谷川教授を狙ってるって事だよね?」

「ああ。確証はないけど可能性としては十分に高いと思う」

 あの日から里紗は少しだけ変わってしまった。普段はいつも通りなのだが五十嵐の話になると途端に顔から表情が抜け落ちる。未だに母親の事を引き摺り続けているようだ。俺としては何とかして里紗を母親の死から解放させてあげたい。その為には出来る事は何だってやるつもりだ。


「でも討伐部隊のみんなは長谷川教授まで辿り着けるのかな?」

 そう、それが一番の問題だ。用意周到な長谷川教授は事件を起こす為に、世界の主要国全てにスパイを送り込んで大量破壊兵器を始めとする最新鋭の兵器やデータを根こそぎ無力化させてしまったのだ。それによりモンスターや長谷川教授の組織に対抗する事が出来ないまま多くの国が滅んでしまった。

「まともな戦いをさせて貰えるかって事だよな」

「うん。きっと討伐部隊の中にもスパイが混ざっているはずだから」

 里紗の懸念はもっともだった。

「だろうな。でもそんな簡単にはやられはしないと思う」

「どうして?」

「長谷川教授の手口は当然のように承知しているはずだ。討伐部隊としても何らかの対策を練っていると思う」

 俺達が推測出来る程度の事を、他の人達が気づかないはずがない。どんな手段を用いるのかわからないが、勝てる見込みがある作戦を考えているはずだ。



◇◇◇◇◇◇◇



 一斉攻撃に備えて俺達も準備をする。準備と言っても常に戦えるようにしているから、敢えて今からやる事は多くはない。そんな俺達がする事はごく普通のデートだ。

 もしかしたら、これが最後になるかもしれない。そんな事ないと思いたくてもどうなるかなんて分からない。だからこそ絶対に後悔なんてしたくはなかった。


 付き合いだしてから随分と経つせいか、さすがに手を繋ぐくらいではもうドキドキなんてしない。抱きしめる事も、キスする事も、それ以上の事だって里紗とならば当たり前の事のように出来るようになった。

 そこには不思議な安心感のようなモノがあり、俺達の間には恋とは別の何かが芽生えているかのようだった。それが何かと言われたら上手く答えられそうにないが、敢えて言葉にするならば信頼というのが一番近い気がする。

 しかし何事にも例外というモノは存在する。俺は里紗との待ち合わせ場所に立って、久しぶりの胸の高鳴りと緊張を同時に感じていた。


 一斉攻撃の前日、俺達はそれぞれがデート用の服を新しく買って、それに着替えて待ち合わせる事になっていた。

 里紗との待ち合わせなんていつぶりだろうか。こんな世界になってしまってから俺達はずっと一緒に行動してきた。それはもう文字通りずっと。

 一緒に過ごしていれば、良い所ばかりじゃなくてお互いの嫌な所やダメな所も目に付くようになる。俺達も当然のようにそれを指摘し合ったり、しなかったり、時に喧嘩してを繰り返して来た。それでも俺達はずっと一緒に過ごしている。

 なぜ?と聞かれれば、里紗を愛しているから。

 どんなにムカつく事があっても、どんな喧嘩をしても、俺は里紗の手を絶対に離さない。それはもう理屈なんかじゃない。本当に単純に里紗の事が好きで、大切で、愛おしくて……何よりも愛している。ただそれだけの事が他のどんな事もどうでも良いと思わせてくれるのだ。だから俺は……。


「洋一」

 真新しい服を着た里紗が手を振りながら歩いてくる。それを見ただけで俺の中のいろいろな考えは一気に霧散する。

 里紗と手を繋いで街の中を歩く。いつもと大して変わらないのに、こうして待ち合わせをするだけで、驚く程に新鮮に感じてしまうのはなぜだろうか。露店で売られている物を手に取って里紗が微笑む。何度も見て来たはずのその表情に思わずドキリとしてしまった。まるで一緒にいった花火大会の日のようだ。

 もしかしたら、俺は里紗に再び恋をしているのかもしれない。


「おいしいね」

 喫茶店に入ってコーヒーを飲みながらケーキを食べる。あの事件が起こるまでは、気軽に口にできたこれらの物が今では一万円を超える高級品だ。だけど今の俺達にとってはその程度は大した事はなかった。仮に十倍の値段だったとしても俺は里紗の笑顔見たさに気にせず店に入った事だろう。まぁその時は里紗に怒られるだろうけど。

「そうだね。でも久しぶりに里紗の作った物が食べたいな」

「本当に?」

「うん」

「そっか……」

 冒険者となって旅をするようになったせいで里紗の料理を食べる機会が減ってしまった。旅の途中は危険を考えて火を使った調理等は控えるようにしている。その為、ここしばらく里紗の作った物を口にしていない。

「今日、久しぶりに何か作ってくれない?」

「今日?」

「うん」

「でも、作る場所がないよ」

「河合さんに頼めば貸してくれると思うよ」

「あっ、そっか。菜々美ちゃんならきっと貸してくれるね。洋一は何が食べたいの?」

 久しぶりに料理が出来る事がそんなに嬉しいのだろうか。里紗の表情が一気に明るくなった。俺達はどうでも良い話をしながら、店を出て二人で食材を買いに出かけた。久しぶりのデートがいつの間にか、慣れ親しんだモノへと形を変えていた。

 だけど……。事件が起こる前、当たり前のように行っていたそれだけど、今の俺達にとってはとても新鮮で価値のあるモノだった。

 当たり前の日常が、どれ程に素晴らしいモノだったのかを今になって改めて思い知った。大切なモノ程、傍にある時には気づけないものなのかもしれない。それを失ってからようやく気づくのだから、たまったものではない。


 買い物袋を引っ提げて、里紗と二人手を繋いで歩く。少しだけ赤くなった空を見上げればカラスが飛んでいた。どうしてだろうか。昔からこの時間帯になると、不思議な淋しさを感じてしまう。なんとなく里紗の手を握り締めれば、いつものように握り返してくれる。その事が嬉しくて俺は里紗の方を見る。目が合えば俺達の間にはいつも通りの笑顔が生まれる。

「あっという間だったね」

「そうだね」

「洋一といると、毎日があっという間だよ」

「俺も里紗といると、毎日があっという間だよ」

「同じだね」

「そうだな。どーん」

「うわっ!」

 俺は急に恥ずかしさを感じて、軽く肩をぶつけた。それに対して里紗は頬を膨らませてやり返してくる。

 こんな何気ない戯れも、もしかしたら今日限りかもしれない。そんな事が一瞬頭を過ったが、強引に追い出して里紗を見つめる。「バーカ」と言って俺に笑いかける里紗がどうしようもなく愛おしくて、俺も「バーカ」と言って里紗に笑いかける。子供のようなくだらないやりとり。それは俺達にとっての日常だ。

 もし明日どちらかが死んでしまったら、きっと残った方は後を追うのだろう。もう俺達は離れて暮らす事なんて出来ない。里紗がいない生活なんて考えられない。後を追うなんて馬鹿げている。そう思う人はたくさんいるだろう。でも、それは平和な考え方だ。

 こんな世界で里紗がいないなんて考えられないのだ。それは里紗も同じ。前にその事を本人の口から聞いた事がある。俺と同じ。

 俺達は弱い。お互いに依存し合わなければ生きていけないのだから。

 だから俺は、俺の全てをかけて里紗を守る。絶対に里紗を失う訳にはいかない。

 だったら危険な事をしなければいい。そうも思う。しかし里紗を母の死から、いい加減解放してあげたいのだ。里紗の心からの笑顔が見れるのなら、それはきっと命を懸けるに値する。


 病的なまでのこの想いだけど、俺達はそれで成り立っている。

 お互いに狂ってしまっているのだろう。

 でも、だからこそ俺は誰よりも何よりも里紗を愛する事が出来るのだ。

 

 

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