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18.時が流れて

 世界がどんなに変わっても時間の流れは変わらない。例年よりも暑かった夏は終わりを告げ、秋が過ぎ、冬が終わり、春が来る。そしてまた夏になりと繰り返して、今は事件から二年目の春。俺は三十三になり、里紗は二十四になった。


 桜が舞い散る道の上を俺は里紗と共に歩いている。向かう先は半年程前に出来た冒険者ギルドだ。世界は結局、長谷川教授の思い通りになってしまった。文明レベルは何段階も引き下げられ、人々は新たに街を作り、それを取り囲むように高い壁を築いた。壁の向こうではモンスター達が我が物顔で闊歩している。

 そんなモンスター達は零を覚え、さらに強さを増した。中には火を噴いたり、風の刃を飛ばしたりと零の能力を使いこなすやつまで存在する。そしてそんなモンスター達の牙や爪は非常に有用だったりもする。零を扱えない通常のモンスターに比べ、それらの強度は遥かに高い。さらに零の総量が多いモンスターの肉程、美味である事もわかった。

 その為、それらの素材は高値で取引されるようになり、モンスターを狩る存在を冒険者と呼ぶようになった。それを一挙に取り纏める組織が冒険者ギルドである。


 一際大きな建物の扉を開けて中に入れば、そこは活気に溢れて多くの人で賑わっている。そんな中、俺達は迷うことなく素材の買取部屋まで足を運ぶ。

「おっ!久しぶりだな」

 俺達を迎えてくれた筋肉達磨の名前は田中聡。髪も髭も伸ばしっぱなしで清潔感の欠片も感じられないが、なかなか良い奴ではある。

「久しぶり。買取を頼むよ」

「お久しぶりです」

 軽く話かける俺の横では里紗が礼儀正しく頭を下げる。里紗は何度も田中を見てるくせに未だにその外見に慣れない。

「里紗ちゃんも久しぶり。それにしても相変わらず固いなー」

「田中さんが怖いからですよ」

 俺の言葉に彼はあからさまに肩を落とす。

「ごめんなさい」

 里紗が申し訳なさそうに謝るがそれは逆効果だ。さらに落ち込んでしまった田中さんを励まして素材を取り出す。相変わらず俺の転移部屋は非常に便利で役に立っている。倒したモンスターを解体せずにそのまま運んで来れるおかげで俺達は他の冒険者に比べて見入りが多い。

「でけーな。傷もほとんど付いてないし、零を使いこなしていた形跡があるな。この鰐なら百万円でいいぞ」

 そしてなぜか俺達は鰐のモンスターに良く遭遇する。

「了解。いつも通り振り込みで頼む」

 日本はずっと前に国としての体を成さなくなってしまったのに、未だにお金は円が使われている。噂では長谷川教授が紙幣や硬貨の製造機を持っていて、毎年補充しているらしいが本当の所はわからない。

「おうよ。じゃあそこにギルドカードを置いてくれ」

 田中さんに促され読み取り機の上にカード置く。ピコンと読取音が鳴れば完了だ。このカードは、キャッシュカードであり、身分証明であり、冒険者の証でもある。俺と里紗は事件当時から零を使いこなしていたベテラン組に属しており、カードに記載されたランクも七とそれなりに高かったりする。ランクは一から十で現され、数字が大きい程、評価が高い。どこかの誰かが、昔流行っていた異世界物の小説からその設定を拝借したらしい。

 

 俺達は冒険者ギルドでの予定を終え、街の雑踏の中を歩く。今でこそ活気が戻っているが、事件当時は酷い有様だった。それでも人間というのは思っていた以上に強かったらしく、どうにかこうにか生き延びてこうして新たに街を作り、ここまで発展させた。


 事件当時、俺は里紗と共に実家のあった場所まで歩いて行った。新幹線で片道二時間程度で済んでいたその距離も徒歩では十日もかかった。そして辿り着いたその場所には、もはや何も存在していなかった。ただ広範囲に渡ってクレーターのようなモノがあるだけだった。

 そして目的を失った俺達は、適当に旅をしながらひたすら強くなる為に零の特訓を行ってきた。今では増幅回路も全て埋まり、一つ一つの能力の精度を上げる事に邁進している。


「とりあえず宿を探そうか」

「うん」

 俺の提案に里紗が元気よく頷く。俺達の関係は今も良好で、あの日からずっと一緒に過ごしている。

 運良く俺達が贔屓にしている宿が開いていた。ここは部屋毎に風呂が付いている上に、料理が美味く、待遇も良い。値段はそれに準じたものであるが、今の俺達にとっては大した額ではなかったりする。

「あっ、里紗さんお久しぶりです」

「菜々美ちゃん久しぶり」

 里紗が元気に挨拶を交わすのは河合菜々美さん。昔俺達が強姦から助けた女性でこの宿のスタッフだ。彼女の家族は運良く全員が揃って生き延びた。そして現在は家族揃って宿の経営を行っている。ここで出る食事に使用されている野菜や果物は河合さんの能力によって短期間で育成された物で、普通に育てた物よりも美味しいと評判だ。

「石田さんもお久しぶりです。お二人は相変わらず仲がいいですね」

「久しぶり。もうラブラブですから」

 里紗を引き寄せて頭を撫でれば、里紗の顔は途端に真っ赤になる。

「うわー。里紗さん赤くなって可愛い!」

 河合さんの里紗の弄りは相変わらずで見ていて面白い。

「よういちー」

 里紗が不満たっぷりの顔でこちらを向く。仕方ない助けてあげよう。

「そう言えば河合さん彼氏が出来たんですか?」

「え?どうして知ってるんですか?」

「え?菜々美ちゃん彼氏出来たの!?」

「あ、はい」

 里紗は驚き、河合さんは恥ずかしそうに笑った。

「いつから付き合ってるの?」

「実はもう半年くらい付き合ってます。お二人が前に街を出てすぐの頃から……。でもどうして分かったんですか?」

「そうだよ。どうして洋一は知ってたの?」

 二人が同時にこちらを向く。こうゆう事は女の子の方が気づきそうな事なんだけど。

「その右手の薬指に付けてる指輪って前はなかったよね?プレゼントかな?って思ってさ」

「あっ、ホントだ!菜々美ちゃんが照れてるー!」

 河合さんは指輪を手で隠しているが今更遅い。

 里紗が河合さんから根掘り葉掘り聞きだしている間に、受付にやって来た河合さんの妹に料金を前払いで支払い、受付を終わらせた。その後は妹さんも会話に加わり、男の俺は一人付いて行けずにぼんやりと会話が終わるのを待って過ごした。


 随分と長い話から解放された俺は部屋に備え付けられた風呂場へと直行した。そして当然のように一緒に入る里紗から声が上がる。

「あー、生き返るー!」

 それはもう本当に心からの言葉のようだった。

「まるでオッサンみたいだな」

「オッサンって言わないでよ」

「ごめん、ごめん。それにしても久しぶりの風呂は気持ち良いな」

「もう!でも本当に気持ちいいね」

 俺達は定住地を決めず街から街へと渡りながら生活をしている。それは俺達に限った事ではなく、多くの冒険者が同じように生活していたりする。なぜかと言えば、ほとんどのモンスターが餌を求め移動するからだ。必然的に、移動したモンスターを追いかけるように冒険者達である俺達も移動をするのだ。

 そんな訳で野宿を繰り返しながらの移動で、俺達はそれなりに疲れていた。転移を使えば一発で来る事は可能だが、五か所しか使えないマーキングをこの街に固定する訳にはいかない。因みに、現在マーキングしてあるのは里紗の家があった場所と俺の実家があった場所の二か所だ。なぜかと言えばそこにそれぞれの墓を作ったから。


 風呂から上がり部屋で食事を済ませた俺達は、当然のように身体を重ねる。里紗と初めて結ばれたあの日から、事ある毎に交わって来た。それは時に激しく、時に優しく、時にしっとりと。もう数えられない程に体を重ね合わせてきたにも拘らず、俺達は未だに強くお互いを求め合う。きっとこれはどれだけ経っても変わる事はない。

「私達はいつまでこうしていられるのかな?」

「朝日が昇るまで」

「そうじゃなくて、何歳まで冒険者をやっていけるのかな?」

「たぶん死ぬまでかな。もちろん、それを望めばだけど」

 零の効果で全盛期のまま固定された俺達の身体は死が迫るその時まで、衰えを知らないらしい。ただし肉体年齢こそ若いままではあるが、人間の寿命はそれほど変わらないらしい。これは長谷川教授の実験によって明らかにされている。

「そっか……」

「どうした?」

「なんでもない」

 寂しそうに俯く里紗の頭を撫でる。

「里紗が嫌ならすぐにでも冒険者をやめるよ?」

 俺の言葉に反応して里紗が顔を上げる。

「違うの……」

「じゃあどうしたの?」

「なんでもない」

 それ以上聞く事は出来ず、俺は黙って里紗を抱きしめた。


 次の日、朝早くから俺達は冒険者ギルドへと向かっていた。どうやら今日は何か重大な発表があるらしい。冒険者ギルドに入っていくと、掲示板に人が群がっていた。里紗と共に後ろからそれを覗き見た。

 内容を読み終えた俺は大きく息を吐いた。

「洋一はどう思う?」

「無謀だと思う」

 掲示板に書かれていたのは、長谷川教授が作った組織への世界規模の一斉攻撃だった。

「どうするの?」

 里紗が不安そうな顔をしている。俺はそんな里紗の頭を撫でる。

「大丈夫。俺達は参加しない」

「うん」

 安心したのか、ホッとした顔で里紗が頷いた。

「え?石田さんは参加しないんですか?」

 声がした方を見れば、昔の会社の同僚である村田がいた。

「おっ!久しぶり!村田は参加するのか?」

「お久しぶりです。俺は参加しますよ。だってこのままじゃムカつくじゃないですか!」

「まぁな」

「でも参加しないんですよね?」

「ああ、しない」

「どうしてですか?」

「勝算が低いからかな」

 俺は少し声のボリュームを落とした。

「勝算が低いですか?」

「そう。きっとこの事は向こうにバレバレで今頃対策を練られているよ。それに魔人の存在も気になる」

 魔人。それは五十嵐が人間をベースに作り出した新たなモンスターだ。モンスターのように高い攻撃力と防御力を持っている上に、人間と同等の知能を有している危険な存在だ。

「そうですか。だけど、俺は!」

 村田が拳を力強く握りしめる。事件当日、俺達と分かれた後に向かった避難所でモンスターに襲われてしまったらしい。そこで村田は奥さんと幼い子供を同時に亡くしている。

「まぁ止めたりはしない。でも死ぬなよ」

「はい!上手く立ち回って見せます」

 村田は力強く頷いた。


 あの事件以来、人間の命の価値は一気に下がった。いつ死んでもおかしくないような世界になってしまったのだ。脅威はモンスターだけに留まらず、盗賊と化した者達や、長谷川教授の仲間達、そして飢えや貧困。どこの街にも隅のほうにスラムがあり、そこでは両親を亡くした小さな子供たちの多くが、過酷な生活を余儀なくされている。そしてさらには奴隷なんてモノまで出てくる始末だ。

 

 このクソみたいな世界で俺達は生きている。長谷川教授をブッ飛ばしてやりたい気持ちはある。しかし……。俺は里紗を連れて危険な橋を渡る訳にはいかないのだ。

 だから俺は一斉攻撃には参加しない。


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