16.雑談
「ありがとうございました」
河合菜々美と名乗った少女が礼儀正しく頭を下げる。河合さんはパッと見はギャルといった格好をしていた。やや化粧が濃くキツイ目をしているが、話してみると随分と真面目な女の子だった。俺達は転移部屋に入れておいた里紗の服を河合さんに渡した。さすがに女の子の下着が見えているのは良くない。
ついでという事で、そのまま河合さんを連れて里紗の家の前へと転移した。さすがにあの場に留まる気がしなかったのだ。
ちなみに河合さんを襲った男達は全員が生きている。里紗の最大出力の攻撃が当たった事は心配だったが、受けた男の方も障壁を展開していたおかげで無事だったようだ。それを確認してあの場に放置してきた。今後あいつらが、どうなるかは俺達の知った事ではない。
「菜々美ちゃんも零が使えるよね?」
「はい。高校で流行ってたので覚えました」
「どんな能力なの?」
「私は植物なんです。里紗さんは雷ですよね?」
里紗と河合さんが楽しそうに話してるの姿を見ながら周囲を警戒する。俺達は河合さんの自宅がある方へと歩いている。この辺りがあまり被害を受けていないからと言って一人にするわけにはいかない。
二人があまりに楽しそうだったので水を差すのもどうかと思い、あえて話を聞かないようにしていたら不意に話しかけられてしまった。
「石田さんはどうなんですか?」
「え?」
ポカンとしてしまった俺の肩に里紗が軽くパンチをした。
「もう、ちゃんと聞いててよ。菜々美ちゃんごめんね」
「ごめん。周囲の警戒に気を取られてた」
言い訳をしつつも素直に謝った。
「いえいえ大丈夫です。それに私の為にしてくれてるのに、文句なんて言えませんよ」
「いやいや聞いてなかった俺が悪いよ。ごめんね。それで何の話?」
「石田さんは里紗さんのどこが好きなんですか?」
予想外の質問に驚いた。里紗の方を向くと耳を赤くして目を逸らしている。
「里紗にも聞いたの?」
「はい。里紗さんは石田さ「ダメ―!」」
里紗が慌てた様子で河合さんの発言を遮った。
「なんでダメなのかな?」
「聞いてなかった洋一が悪いの」
河合さんの方を向くとニヤニヤと笑っていた。
「ダメと言われてしまったので内緒です」
「それは残念」
「それで石田さんは里紗さんのどこが好きなんですか?」
河合さんは相変わらずニヤニヤしており、里紗はチラチラとこちらを見ている。なんて答えるべきだろうか。
「秘密っていうのはあり?」
「えー!」
里紗があからさまに残念そうな声を出した。
「出来ればなしでお願いします」
困った。河合さんから聞いた家の場所までは、まだ十分以上かかる。それまで誤魔化し続けるのは難しそうだ。それにしても何でこんな話をしてるんだろう。さっきまでの殺伐とした空気が嘘みたいに弛緩している。世界中でモンスターが暴れているというのに、この場所に限っては何の被害もなく三人で歩きながら恋バナを楽しんでいる。里紗の方に目をやれば相変わらず耳を赤くさせて、随分と楽しそうだ。せっかく元気を取り戻しつつあるのだ。この空気を壊す訳にもいかないだろう。
「正直に言うと、ここって所はないんだよね」
「えっ!?」
里紗がこの世の終わりのような悲しそうな顔をした。
「そうなんですか?じゃあどうして付き合ってるんですか?」
「どうしてって聞かれれば好きだからかな」
里紗が安堵の表情に変わる。
「でも好きな所はないって言いましたよね?」
河合さんの言葉に里紗の顔が再び歪む。今にも泣きだしそうだ。
「ごめん、言い方が悪かったね。好きな所はたくさんあるよ。ただどこが一番好きかってなると自分でも良く分からなくてね」
「よかった」
里紗が安堵の溜息を吐いた。
「ごめんね」
頭を撫でる。河合さんの前だったので我慢していたが今は仕方ないだろう。
「あー、良いなー!私も彼氏が欲しい!」
「そうなの?でも河合さんモテるでしょ?」
「モテないですよー。どうしてですか?」
「単純に話しやすいからかな。俺もそうだけど里紗ってかなり人見知りなんだよね。それなのに、いつの間にか打ち解けているから」
河合さんが里紗の方を向く。
「里紗さんって人見知りなんですか?全然普通に話してたから気づきませんでした」
「実は人見知りなんだ」
へへへと笑う里紗だが。河合さん相手には人見知りが発揮されているようには見えない。
「そうゆう事。人見知りの里紗とこんなに早く打ち解けれる上にそんなに可愛いんだからモテないはずがないよ」
「え?私可愛いですか?初めて言われました」
頬に手をあてて河合さんが恥ずかしそうに笑う。
「どちらかと言うとキリっとした綺麗系だからかな?」
「石田さんお上手ですね」
「本心だよ」
何となく里紗の方を見ると、若干機嫌が悪いようで下を向いて足元の石を蹴っている。どうやら河合さんもそれに気づいたらしく互いに顔を見合わせて笑った。
「里紗さん妬いてるんですか?」
「え!?妬いてないよ」
「目が泳いでますよ」
「そんな事ないよ」
「どうして目を合わせてくれないんですか?」
完全に年下相手に遊ばれている。もう少し眺めてても良いが助けてあげよう。
「安心していいよ。俺が好きなのは里紗だから」
ポンッと頭に手を置くと、途端に里紗の耳が真っ赤になる。
「あー!照れてる!里紗さん可愛いー!」
もしかしたら逆効果だっただろうか。耳だけでなく顔まで赤くして先ほど以上に里紗は慌てている。そんな里紗を河合さんが素晴らしい笑顔でからかっている。
視線を上に向ければ、真夏の太陽から強い日差しが降り注いでいる。眩しさに目を細め、視線を元に戻す。
ここにあるのは慣れ親しんだ平和な光景だ。
こんな時間がいつまでも続けばいい。すでに無理な事だとわかっていても俺は平凡を願ってやまない。
「ここです。ありがとうございました」
よくある建売の住宅の前で河合さんは頭を下げた。
「気にしなくて良いよ。それより早く行ってあげな。きっと心配してるよ」
「はい」
河合さんが呼び鈴を鳴らした。すると家の中が急に騒がしくなった。
「おかーさーん!お姉ちゃんが返って来たよー!」
妹さんだろうか大きな声と共にバタバタとスリッパで走る音が聞こえてくる。バタン!と勢い良くドアが開いて中学生くらいの女の子が顔を出した。そしてその後を追うように母親だろう人が駆け出してきて河合さんに抱き付いた。
「良かった!無事だったのね。連絡が取れなかったから心配してたのよ」
「今お父さんがお姉ちゃんを探しに行ってるよ。もうすぐ約束の時間だから一度、戻って来ると思うけど」
「そっか。心配かけてごめん。逃げる時に荷物全部置いてきちゃったから。後ろの二人に助けられて、ここまで連れて来て貰ったの」
顔を上げた河合さんの母親と目が合う。よっぽど心配だったのだろう。泣き腫らした眼の下には深い隈が見て取れる。河合さんがここに来るまでの経緯を説明すると、俺達の前に来て何度も何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「頭を上げてください。それより娘さんは疲れていると思いますから、早く休ませてあげてください」
家に上がって休んでいくように言われたが、さすがにお断りさせて貰った。せっかくの家族水入らずの時間を邪魔するわけにはいかない。押し問答の末、お礼としてスイカを受け取る事で手を打った。何度も何度も頭を下げられるせいで、逆に申し訳ない気持ちになってしまった。
俺達は河合さん一家に手を振ってその場を後にした。
「優しそうなお母さんだったね」
「そうだな」
寂しそうな里紗の手をギュッと握る。昨日母親を亡くしたばかりの里紗は何を思っているのだろう。
「ねぇ洋一」
「ん?」
「なんでもない」
里紗が俺の手を握り返す。そんな俺達は、肩を落として悲しそうな顔で歩く男性とすれ違った。
しばらくして、後ろの方から聞き覚えのある騒がしい声が聞こえてきた。




