12.生きる為に
突然の衝撃音で目が覚めた。建物が揺れている。明らかに地震ではない。薄暗い中でも月明かりのおかげで、比較的に良く見える。腕の中の里紗を見れば不安そうな顔でこちらを見つめている。
「大丈夫」
笑顔を作って頭を撫でた。時計を確認する。時刻は深夜三時を指しているが、早く寝たおかげか頭はスッキリしている。少し待って揺れが治まったのを確認して立ち上がった。
カーテンの隙間から外を見るが異常は見て取れない。さっきの音と揺れの原因は何だったのだろうか。どうしようかと考えているとガラスの割れる音と共に悲鳴が聞こえた。
「里紗」
「うん」
急いで里紗と共に窓から離れる。すぐに転移で脱出したい所だが、出来れば少しでも情報が欲しい。じっと窓の方を見ていると何かが窓の前に来た。月明かりに映し出された巨大な影が、窓の向こうで獰猛な口を開いた。それはまるで昔見た特撮の怪獣映画のようで、あまりにも現実離れした光景だった。
これ以上はヤバイ。本能的に感じた俺はすぐに里紗を連れて転移能力を発動させた。俺が部屋から転移する瞬間、強烈な光と共に窓が吹き飛ぶのが見えた。
転移部屋に保管しておいた服に着替えて靴を履いた。里紗にはサンダルを渡し、彼女の自宅前に向かって転移をした。
里紗の自宅前は今までと変わりなく安全そうに見えた。その事に安堵しつつ、里紗の家にお邪魔する。何かあった時の為に靴は転移部屋に入れておいた。
初めて入る里紗の家は、可愛らしい小物がセンス良く並べられていた。
「お母さんの趣味なの」
そう言って微笑む里紗に俺は帰す言葉が見つからない。
「そうか」
それだけ言って里紗の後に続いて彼女の部屋に行った。里紗の部屋は非常にシンプルだがとても綺麗に整理されていた。壁にかかったコルクボードには俺と一緒に撮った写真が何枚も飾られており、少し気恥ずかしい気分になった。
里紗が着替えを済ませた後は、必要だと思われる荷物を片っ端から俺の転移部屋に運んだ。少しばかり零を多く使ってしまったが、昼間の戦闘で随分と成長したらしく、まだまだ余裕が残っていた。
明るくなるまで里紗の家で過ごしたが、その後は何も起こらなかった。再び軽くだが眠れたおかげで俺の零も完全に回復する事ができた。
目を覚ますと里紗が朝食を作ってくれていた。
「おはよう。朝ごはん食べるよね?」
「おはよう。うん。ありがとう」
里紗と共に朝食をとる。気丈に振る舞っているが、やはり辛いのだろう。この家に来てから目に見えて里紗に元気がない。無理するな。そう言ってやりたいが、正直今の状況では頑張って貰う必要がある。里紗自身もその事をわかっているからこそ、頑張っているのだ。俺が余計な事をするわけにはいかない。何も出来ないけれど、少しでも力になれるように隣で支えていこう。
片づけを済ませた後、俺達は情報を集める為にテレビをつけた。幸いと言うべきだろうか。まだ回線は生きていたようで、ニュースが流されていた。昨日のモンスターが解き放たれた時の映像が映っていたが、途中から映像が切り替わった。自衛隊がモンスターと戦う姿が映し出されており、強力な近代兵器の数々がモンスターを掃討していた。さらには、零を取得した一般人と思われる人々も映し出され、モンスターに対抗しうる力がある事をしきりに訴えているようだった。
だが現実は違う。テレビでどれだけ安全を訴えたとしてもモンスターに襲われている人が数多くいる事にかわらない。昨日だけでいったいどれだけの被害が出たのだろうか。そしてこれからどれだけの人がモンスターの餌食になってしまうのだろうか。その標的が里紗になる事だけは絶対にあってはならない。
テレビをそのままに次はネットで情報を探す。二人で三十分程かけて調べた所、多少の情報が得られた。何種類かのモンスターの弱点や、自称魔王の長谷川教授側の戦力の一部等だ。またモンスター達は無差別に襲っているというよりも長谷川教授達の命令により動いている可能性が高い事もわかった。
「使役かな?」
「零の?」
「うん。確か火と風と土の属性で出来たはず」
「そういう事か。だとしたら厄介だな」
使役された生き物は、主人の能力によって通常よりも強力になる事が多い。もしかしたら昨日戦ったあの鰐も、あの時会った盾を使った男の支配下にいた可能性が高い。そう考えればあのタイミングの良さにも合点が付く。
一通りの準備を終えた俺達は外に出た。目指すは近所にあるホームセンターだ。そこで可能ならば食料と何かしらの武器を入手したい所だ。
十分程で目的の場所までやって来た俺達だったが、すでに朝の八時を過ぎているというのに、モンスターはおろか誰にも会う事はなかった。不思議に思いながらも店に近づけば、すでに荒らされた後だという事が見て取れた。里紗と頷き合い、慎重に中に入った。
建物の中は酷い有様だった。至る所に物が散乱していて、まるで店内で竜巻が起こったかのような印象を受けた。だが、何もせずに帰るわけにはいかない。食べ物や武器になる物、使えそうな日用品等を探して店内を歩いた。
「緊急事態だからって気が引けるね」
「そうだな。後でお金だけでもレジに置いて行こう」
「それがいいね」
俺達は自宅から持ってきた旅行鞄に水や食料などをせっせと詰め込んでいる。店内に入った時は、絶望的だと感じていたが酷かったのは入口付近だけしく、建物の奥の方は全くと言っていい程問題がなかった。
必要な物を鞄いっぱいに度詰め込んだ所で俺が転移部屋に運んで、空にした鞄を持って戻るという作業を繰り返している。食糧の他にも懐中電灯や電池、カセットコンロ等使えそうな物は片っ端から詰め込んで行った。転移と収納を組み合わせた能力が思った以上に役立ってくれた。また昨日の戦闘のおかげか転移については完全に自分のモノにする事ができたようで、失敗する事がなくなった。
「これだけあれば大丈夫かな?」
「うん」
二人だけなら優に二、三ヶ月は生活出来るだろう量の食糧や日用品の確保を終えた俺達は、次は武器になりそうな物を探す事にした。零を使う事が出来ると言っても、近接戦闘を行う際はやはり武器が欲しい。昨日の鰐と戦った時も最初から武器を持っていれば、もっと違う戦い方も出来ただろう。
「これなんかどうかな?」
そう言って里紗が持ってきたのはスコップだった。そう言えばいくつかの作品でスコップが万能だという記述があったのを思い出した。
「悪くないな。でも俺の戦い方にはこっちの方が合ってるかな」
「鉈?」
そう鉈だ。刃渡りこそ短いが非常に頑丈に出来ている。それに俺の能力である重力球を打つ際、可能なら両手を開けておきたい。もちろん片手で打ち出す事も出来るが両手の方が安定する気がするのだ。
「そう。これをこうやって腰に付ければ持ち運びにも便利だと思って」
腰の後ろに真横にした状態でベルトに固定する。刀のように横に提げる事も考えたが、戦闘中に鞘が邪魔になりそうだったのでやめた。
「なるほど。私はどうしようかな」
「スコップじゃないのか?」
「うん。思ったよりも重かったから」
「軽かったら武器にならないんじゃないかな?」
「そういえばそうだね」
恥ずかしそうに里紗が笑った。
「これなんかどう?」
「鉄パイプ?」
「その通り。中が空洞だから見た目ほど重くないよ」
俺が里紗に勧めたのは鉄パイプだ。様々なサイズの中から出来るだけ軽そうな物を選んだ。長さもありそこそこ軽くて頑丈なこれなら、非力な里紗の役に立つだろうと考えたのだ。また電気を通しやすいので里紗の能力を使う際に役に立つような気がした。
一八○センチ程の長さの物を選び里紗に渡した。
「思ったより使いやすいかも」
里紗は適当に二、三回振って構えて見せた。意外にも様になっている。里紗の近接戦闘については全く期待していないのだが、護身用に持たせておいた方が安心だろう。
「じゃあそれに決まりだな。予備と一緒にさっきのスコップも一応確保しとくな」
「うん。宜しくね」
俺は鉄パイプやスコップ、鉈以外にも使えそうだと判断した物を食料や日用品同様に片っ端から転移部屋へと収納した。使うかどうかわからないが備えあれば何とやらだ。
目的を終えた俺達はレジの所に現金をおいておいた。正確な金額はわからないが十万円を置いておいたので問題ないだろう。カード嫌いな俺がお盆休みの旅行の為に準備しておいたお金だ。
外に出た後、次は安全そうな場所を探す事にした。
「避難するならやっぱり学校とかかな?」
「そういえば昨日会った村田が中学校に避難するって言ってたな」
「村田さんって炎の剣を持ってた人?」
「正解。とりあえず近くの学校にでも行ってみるか?」
「うん。行ってみよう」
オー!と言って手を上げる里紗はまるで小さな子供のようだ。