1.特殊能力
「特殊能力と一言で言っても、その種類は様々だ。超能力や魔法、霊感、気、オーラ、スキルなんてモノまで実に様々である。だが残念ながら、それらは漫画や小説、映画といったのフィクションの世界か、バラエティ番組や宗教団体が行う嘘っぽいパフォーマンスでしかなかった。科学の力で証明する等、到底出来るはずがないと思われていた。しかし、ついに我々は……」
テレビ画面の中で白衣を着た男性が力強い声で語っている。
男性の名は長谷川良太。どこかの大学の研究室で、人間が本来持っているはずの不思議な力についての研究を行っているそうだ。男性はお世辞にもイケメンとは言えない容姿ではあるが、頭脳に関しては超一流であると証明されている。
なぜなら彼が開発した薬を服用する事で、人間が本来持っている生命力を制御して特殊な力を得る事が出来るようになったのだ。能力の名は零。人間の持つ原初の力で、今まで認識できていなかったが為に壱より前の零と名付けられた。
能力を手にした者は銃弾程度なら耐えれる程度に身体が頑丈になり、身体能力が上昇する。さらに零を操りエネルギーとして放出する事等が可能になる。その上、それぞれの適性に合わせた特殊な能力を発現させる事だってできるのだそうだ。
これを真っ先に使用した日本の自衛隊は世界一を名乗れる程に精強になった。しかし、世界中から危険視された為に有料で世界各国に薬を提供した。今では世界中の軍隊のエリート達は能力者で構成されているのが当然となった。当然のように軍隊では近代兵器の数々も使用されているが、大量破壊を目的としない場合は零を使用した方がはるかに効率が良い。
零の存在が公になってすでに三年。
その存在は世界中の人々に認知されており、今現在も更なる普及の為に開発者がテレビの向こう側で力説している所だ。
しかし残念な事に、俺のような一般人には無縁の話である。民間人が力を持つ事を国が良しとしないのだから仕方がない。それでも不思議な力の存在がただの妄想の産物ではないと言う事実は、俺にこれ以上ない程の衝撃を与えた。その力が手に入る可能性がゼロパーセントでないという事がわかった以上、簡単に諦められる訳もない。
俺はテレビを消すと、三年かけて集めた資料に視線を移し、能力を手に入れる方法を考える。
現在分かっている方法は二つ。
一つは軍に所属して特殊部隊に配属される事だ。
これに関しては、専門の教育を受けていない時点でダメ。せめて後数年早く分かっていれば努力する事も可能だったが残念ながら現在三十路の身ではさすがにムリだ。
二つ目は裏ルートで薬を買う方法。こちらの方が現実的ではあるが、如何せん金額がバカにならない。一般人が薬一粒に一億円を出せる訳がない。さらにそれが本物であるという保証もないのだから困ったものだ。
ではどうするかと言えば、残念ながら良い方法が思い浮かばない。
大量にある資料から零についてかなりの知識を得る事が出来たが、入手方法がわからないのだ。
「結局ダメか」
盛大に溜息を吐きながら、頭を座椅子の背もたれに預ける。視線だけを動かして時計を見ればすでに夕方の五時だ。貴重なお盆休みの一日目があっさりと終ってしまう。
本来なら明日から彼女と旅行へ行く予定だった。しかし俺が零の研究に熱を入れ過ぎたばかりに愛想を尽かされてしまった。
『ごめん。よう君の事は好きだけど結婚とか先の事が考えられない』
彼女の言葉が頭を過る。
洋一という名の俺を彼女はよう君と呼んだ。始めは恥ずかしかったその呼ばれ方も一年以上一緒にいれば、随分と慣れた。むしろここ数週間、石田という苗字でしか呼ばれない事が少し寂しい。
それでも彼女の事は残念だが不思議と諦めがついた。悲しい事に俺の方も随分と冷めてしまっていたらしい。
「仕方ないさ」
自分に言い聞かせるようにして立ち上がると、同時に携帯が鳴った。画面を見れば友人の山口からだった。
山口は零について一緒に研究をしており、現在最も頻繁に連絡を取り合っている友人だ。
「はいよー」
「急いで外を見るんだ」
「は?」
適当に電話に出れば、いつもの落ち着いた声ではなく、どこか興奮したような声が聞こえてきた。
「良いから早く!」
「わかった。わかった」
山口に急き立てられるようにして窓を開ける。しかし数台のヘリが飛んでいる事以外何もないように思われる。
「薬は見つかった?」
「は?どうゆう事?」
「テレビを見てないの?零薬の開発者が日本中に錠剤をばら撒くって宣言したんだ」
「は?」
間抜けな声が出た。そんなバカな事があるのだろうか。飛んでいるヘリを注視すれば何かを撒いているようにも見える。
「だから能力者になるチャンスが来たんだよ!これでようや」
山口の甲高い声を聞きながら頭上を通り過ぎるヘリを見る。大きな音で途中から山口の声がちっとも聞こえない。ヘリが去ってから僅かに遅れてパラパラと何かがアパートのベランダに落ちてきた。
落ちてきたモノを拾い上げれる。一粒ずつ梱包された錠剤をしっかりと確認すれば、外見はどう見ても三年間かけて研究してきた零薬その物だった。
◇◇◇◇◇◇◇
零薬がばら撒かれた事が現在世界中で大問題になっているようだ。一錠一億円の薬がゴミのようにばら撒かれたのだから当然だろう。しかも当事者である長谷川教授は行方をくらませているらしい。テレビでは、ばら撒かれる瞬間の彼の演説が繰り返し流されている。
彼が何を思って薬をばら撒いたのかは、結局わからないままだ。しかし零薬を手に入れる事が出来た俺は彼に感謝している。今後どうなるかなんてわからないが、一般人である俺にはきっと関係ない話だ。
政府は様々なメディアを通じて、薬を飲まないように呼びかけている。しかしせっかく手に入れたチャンスを棒に振る訳にはいかない。この薬に対する法律だってないのだから今なら問題ないはずだ。
俺達の目の前には五錠の薬がある。このうちの一錠を飲めば零を扱えるようになるのだ。
二錠目以降は特に意味がない為、数に不足はない。
現在俺と山口はテーブルを挟んで、向かい合って座っている。テーブルの上にはそれぞれが持ち寄った零薬が乗っており、その使用タイミングを心待ちにしている所だ。
「ネットやテレビの反応を見る限り、どうやら本物みたいだよ」
そうやって嬉しそうに語るのは山口里紗、俺が現在最も多くの時間を共に過ごしている友人である。彼女とは二年前、零について調べている際にネットを通じて知り合った。
現在の歳は二十一で非常に可愛らしい外見をしているのに、俺でさえ少しひいてしまう程の極度の零マニアであるせいで完全に周りから孤立してしまっているようだ。
「じゃあ、飲んでみるか」
俺の言葉に山口は真剣な顔で頷く。
この薬は、零と名付けられた生命エネルギーを感知できるようになる為の物である。たったそれだけの為の薬ではあるが、これがなければ何も始まらないのだ。
俺達は同時に、五つある錠剤の一つを手に取って口へと運ぶ。
これを飲むだけで夢にまで見た零を手に入れる事ができる。そう思うだけでバクバクと心臓がなった。僅かに震える手でペットボトルのキャップを外して、水と共に薬を飲み込んだ。
「あっ」
飲み終わると同時に山口が声を上げた。
「どうした?」
「飲んですぐ眠くなる事忘れてた」
零薬を手に入れた興奮からか、飲んだ後の事について完全に失念していた。零薬を飲むと五分程で、抗えない程の睡魔に襲われる。そして数時間後に目覚めれば零を感知できるようになっているという話だ。
ただそれだけの話なのだが。
「ベッドは一つだけだ」
「だよね。どうしよっか。私もベッドで一緒に寝ていい?」
「いや、俺は床で寝るから山口はベッドを使え」
「それはさすがに悪いよ。それだったら私が床で寝るから」
俺達の会話は平行線を辿ったが、決着が着くより早く睡魔に襲われた。鈍くなった頭で会話を続けたが、結局最後はどうなったのか全く覚えていない。
ただ分かるのは、俺達は一緒に寝たという事だ。もちろん何かしたなんて事はない。ただ一緒のベッドで眠っただけ。
胸の辺りに熱を感じて目覚めれば、山口が俺の胸に顔を埋めて眠っていた。
特に驚く事はなく、ただぼんやりとした頭で、随分と小さいんだななんて事を考えていた。山口の黒くてサラサラとした長い髪を撫でていたら彼女も目を覚ました。
「おはよう」
眠そうな目でこちらを見上げてくる山口に挨拶をする。
「おはよう。んー」
山口が大きく伸びをする。服の裾が捲れて腹が見えた。色白で綺麗な肌をしている。
「こらこら。そんな無防備な恰好してると襲っちゃうぞ?」
えー。やめてよ。そんな答えを期待しながら声をかけた。なのにどうして。
「良いよ。でも出来れば先に愛の告白をお願いしたいんだけどな」
山口の眼を見るが冗談なのか本気なのかわからない。
「考えとく」
「いたっ」
軽くでこピンをしてから立ち上がった。心なしか体が軽く感じるのは零を得たからだろうか。
「もう!痛いなー」
おでこを抑えて不満を言っているくせに妙に上機嫌だ。おそらく山口も零を得た事を僅かながらも実感し始めているのだろう。
「それじゃ、やるか」
「そうだね」
俺達はまず零を扱えるかを試す事にした。
起きたばかりではあったが、俺達は再びベッドに隣り合って寝転ぶ。別にまた眠るわけではない。
自身の体内にある零を把握するのに最も適した姿勢が仰向けに寝転ぶ姿勢というだけだ。本来なら俺が床に寝転んでもいいのだが、すでに一緒にベッドで眠った仲だ。今さら気にする必要はないだろう。
「おっ!?わかったかも!」
山口が興奮気味に声を上げる。
「おおー」
俺もすぐに体内にある違和感に気づいた。それは場所を問わず体の至る所を巡っている。そして一度その事に気づけば身体から湯気のように立ち上っている零の存在にもすぐに気づいた。
能力を得て最初にやる事は、零の感知と制御である。湯気のように空気中に霧散してしまっている零を体内に押し留める事が最初の課題だ。
ネットで調べた際、零の制御方法の説明には非常に簡単そうに書かれていた。しかし、いざやってみるとなかなか難しい。
それでも何とかコツを掴んで、互いに教え合いながら一時間程で出来るようになった。
「これで私達も能力者だね」
「まだ基礎すら出来てないけどな」
ベッドの上で隣り合って寝転んでいる俺達は、互いに顔を見合わせて笑う。
夢にまで見た零をついに手に入れたのだ。
昨日薬を見つけた時は、まだ半信半疑だった。一晩かけてネットやテレビで情報を集める内にようやく実感がわいて来た。いざ薬を飲むときは少しばかり緊張したが、予想以上に呆気なく終わってしまった。
そして今、体内の零を感じてそれを制御する事が出来た。
その事が最高に嬉しい。