対峙する。
儀式を行う6人は、ラタリーの両親の死により、世代交代を行ったらしい。ユトリスの前純属性は、ラタリーの母親の方だったそうだ。
『急なことで、皆さんにご迷惑を掛けてしまって……』
と、ラタリーは申し訳なさそうにしていたが、そういうものを気にする人たちでは無いような気がしている。
現に、主催のシャークは様々なことをテキパキと指示していたし、他の人たちも、それぞれの出来ることをしっかりと考え、こなしていたように思う。
一癖も二癖もある人たちだが、誰もがしっかりと、自分の中に芯を持っていた。
そんな6人をそれぞれ乗せた船たちは、バラバラになった花の花弁が元に戻っていくかのように、広場の中心にある巨大な蝋燭へと吸い寄せられていく。
とうに日は沈み、儀式のために付けられた普段とは違う明かりが広場を照らしていた。
船の上の6人はそれぞれ自身の持つ属性に対応した色。
すなわち、赤、青、緑、橙、黄、紫を基調にした衣装をそれぞれ身に纏っていた。
形や装飾は様々で、ラタリーの着るドレスは、母親が着ていたものを作り替えたものだと言っていた。
手に持っている魔道具も、それぞれ違う。
ビットは炎のような真っ赤な大剣。
シャークは水泡の様な装飾の着いた銀と青の錫杖。
ラタリーは緑の蔦がが絡まる木製のロッド。
キノトはゴツゴツと岩のような形をした橙色のランタン。
ピリカはあちこちからの光を眩しく反射する金と黄の鈴。
ヒミリオは肌が見えないほどに巻かれた黒や紫の布。
あの中に、天に返す為の力が込められている。
蝋燭を中心に、船がピタリと止まった。
6人はゆっくりと、魔道具を掲げていく。
そして掲げきった時、それぞれの魔道具がそれぞれの色に淡く輝き始めた。
その光は明るさを増しながら段々と一カ所に集約され、光の玉を作っていく。
これが、純属性の力。
眩く輝くそれらに、俺は思わず目を細めた。
もし、星を手に取ることが出来たのなら、こんな風なのだろうかなど、柄にもない事を考えながら。
光の玉が徐々に魔道具から離れ、浮かび上がっていく。
ゆっくりと、だが確かに、それは蝋燭の一番上を目指していた。
あの6つの光が混ざり合い、蝋燭に灯がともされる時、儀式は完了する。
しかしその時、俺は言いようの無い寒気に襲われ、ハッと顔を上げた。
「ラタリー!!」
黒き一閃。
それが消えた瞬間、妻の首が宙を舞った。
ラタリーだけではない。次々と皆が船の上に崩れ落ちる。
支えを失った6色の光はみるみる内に輝きを失い、砕け、ボロボロと落ちていきーー
それと同時に、蝋燭が、船が、灯りが。全てがどろりと溶けだした。
「リ・セント・シエナ・ユーリス」
凛とした声が、辺りに響く。
「守りの森よ! 全てを包む風よ! 今、我が呼び声に応え、悪しき影を捕らえ給え!!」
その魔法が放たれたと同時に、俺の目にある『画』が見えた。
六つに分割されたそれには、それぞれ蔦のようなもので捕らえられた黒い影。
「!」
その場所に向かおうと立ち上がった時、目の前の水路に蓮の葉が次々と浮かび上がる。
俺は思い切って、その葉に足を乗せ、駆け出した。
踏めばその場から沈んでいく蓮の葉。しかし、踏み出す瞬間を、確かに支えてくれる。
「はあっ!」
一際大きな葉を踏み台に、上に跳ぶ。
町の隅にある廃墟の屋上に、黒い影が見えた。
腰に携えた剣を引き抜き、影の顔の正面に突き立てる。
ヒッ、と細い声が聞こえた。
「その紋章……。やはりジグイスの残党か」
月明かりと遠くの街灯にぼんやりと照らされる男の姿。
地面に着いた手の甲には、嫌と言うほど見たあの紋章が彫られている。
「あ……ああ……っ」
男がガタガタと震え出す。
息が段々と荒くなる。
ギョロリとした目も小刻みに震え、焦点が合わない。
「貴様ら、いったい何が目的だ。後どれだけ仲間が残っている」
訊ねるも、男から返事は無い。
ただひゅーひゅーと息が鳴り、噛み合わない歯がガチガチと鳴る。
その時、
「……す…………」
「?」
それは、血反吐を吐くような絶叫だった。
「全ては国王様の為にいいぃぃいいいぃいいいいいいい!!!」
男が剣の刃を掴んだ。
そしてそれを思い切り引き、自身の喉に突き立てる。
「くっ……」
ずるりと剣が抜け、男が崩れ落ちた。
すうっと、顔の横を風が通りすぎた。
何かと思っていると、目の前で、小鳥がパタパタと羽ばたいている。
と、
『ユウ! ユウ、無事ですか!?』
小鳥からラタリーの声が聞こえてきた。
あのメッセンジャーとは、また違った魔法か。
「ああ、大丈夫だ。他の様子は」
『キノトさん、ビットさん、レイラがそれぞれ1人ずつ。ギルさんが2人を捕らえました。ですが……』
「自ら果てたか」
『……はい。そちらも?』
「ああ……」
『……ひとまず、帰還してください。すぐに、遺体の回収を行います』
「分かった。全員、怪我は無いか」
『はい。多少の疲労はありますが、全員無事です』
「そうか。ならば良かった」
『はい』
あの儀式は全て、シャークの作った水人形に、ピリカとヒミリオが光や影を使い、色を付けたものだ。
さすがは純属性の操る魔法と言うべきか。
全てが本物そっくりで、偽物だと分かっていながら、ラタリーの首が飛んだ時は思わず叫びそうになった。
後から聞いたが、それはギルやレイラも同じだったらしい。
出来る人間で遺体の検分を行ったが、これと言った情報は得られなかった。
だが、ギルが捕らえた者の内、
『ダメだった! ダメだったダメだった! だが次は! 次は次は必ず!』
と叫び、狂ったように笑いながら死んだ者が居たらしい。
ラタリーやシャークが水路や植物を利用して町中を捜索したが、もう怪しい影は無いという。
と言うことは、もうこの儀式が邪魔される危険性は無くなったのだ。
「終わった、のだな……」
「はい」
本物の儀式の準備が進む広場を、部屋のバルコニーから眺めながら呟くと、隣でラタリーが頷いた。
「ありがとうございました。ユウ」
「俺だけではない。皆が力を合わせた結果だ。もちろん、お前も」
「……はい」
そっと、彼女を抱き寄せる。
『次は必ず』
黒い影が、恐怖が、完全に消え去った訳ではない。
だが、今は。立ち向かうべき戦いは、終わったのだ。
彼女の額に口付け、身体をわずかに離す。
「本当の儀式までは、まだ時間がある。疲れただろう。少し休め」
「はい」
肩を押して部屋に入り、ベッドに横たわらせる。
見られていては寝づらいだろうとその場を離れようとすると、服の裾を掴まれた。
黄緑色の瞳が、俺を見る。
「しばらく、ここに居てくれませんか……?」
「…………」
横になり疲れが来たのだろう。弱々しく彼女が言う。
俺は一つ息を吐いてから、近くにあった椅子を引き寄せ、ベッドの傍らに座った。
腿に肘を付いて頬杖を付くと、ラタリーはゆっくりと手を伸ばし、俺の髪を撫で始める。
ふと、ある光景が思い出されて、俺は俺の髪を梳くその手を握った。
「やめろ。あの時を思い出す」
「……あの時は、私はもう、目を覚ましていたじゃないですか」
「それでもだ」
言うと、ふふっと彼女が笑った。
まったく。面白い事など無いぞ。
握った手に、唇を落とす。
「眠れ。大丈夫だ。ここに居る」
つないだままの手をベッドに戻すと、ラタリーはうんと頷いた。
「おやすみ」
「……おやすみ、なさい」
彼女が目を閉じて、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
「……ふ……」
俺も、少し眠い。
ここに来てから、特にここ数日は、あまり良く眠れていなかった。
ずるずると頭が下がって、空いている方の腕を枕代わりに、俺も眠った。