協力する。
レーテルは水の都だ。
国中に水路が張り巡らされ、移動は基本的に船で行う。
水はどこも深い底が見えるほど澄んでいて、時折、色鮮やかな魚の群が船の下を通る。
レーテルに到着した我々は、城下町をぐるりと回りながらレーテル城に向かっていた。
「これはすごいな!」
レイラが興味深そうにキョロキョロとあたりを眺めている。
ガキか。
「落ちないように気を付けろよ」
「助けんぞ」
「最初からユウなどには頼らん! 自力で泳げる!」
そんなやりとりをしていると、前方からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「勇ましいわねえ。でも、本当に気を付けなきゃダメよ」
「助けてはくださらないんですか?」
「あら、もちろん助けるわよ。当たり前じゃない。かわいい女の子を溺れさせるなんて、あり得ないわ!」
かわいい、と言う言葉に反応したのか、レイラの顔がぼっと赤くなる。言われ慣れていない言葉だろう。
「でも、私が操れるのはあくまで水だけ。落ちることや濡れることを止めることは出来ないから」
だから気を付けるのよ! と、彼は言った。
シャーク・ディル・レーテル。
水の都レーテル王国第一王子にして水の純属性。年は20で、今回の祭事の主催だという。
「少し変わった方ですが、驚かないでくださいね」
と、事前にラタリーが言うから何事かと身構えたが、
「シャークよ。よろしくね」
とウィンクされたときは思わず方頬をつねった。
腰まで届く黒髪と、真っ青な瞳を持つ切れ長の目。陶器のように白い肌。
いや、そう言う人々が居ると言うことは承知していたが、考えてみれば、一度も会ったことがなかった。
さらに驚いた(というと失礼だが)事に、現在は先に城へ戻っているが、彼にはとても美人な奥方がいた。
彼と共に我々を出迎えてくれた彼女は、ラタリーとも旧知の仲のようで楽しそうに談笑していたが、我々はますます混乱していた。
まあ、色々ある、のだろう。
「さあ、到着よ」
レーテル城、城門の鉄格子が地鳴りのような音を立てながら上がっていく。
中の船着き場で船から降り城に入ると、さすがと言うべきか、玄関ホールにも大きな噴水があった。
様々に高さや幅を変えて吹き出す水に俺やギル、レイラはしばらく圧倒され、見とれていたが、ホールから左右に伸びる廊下から聞こえてきた複数の足音に気付き、顔を戻した。
やってきたのは4人の男女。
「あー!! ララだー! ララが来たー!」
その中から1人がぱっとこちらに向かって駆けてきた。
照明を反射する短い焦げ茶の髪を二つに束ねた女だ。
小柄、と言うか、小さい、と言った方がいいほど、身長が低い。
だがその代わりとでも言うのか、とてもすばしっこくバネがあるようだ。
ぴょーんと跳んで、ラタリーに抱きついた。
「ピリカさん。こんにちは」
「やほやほー!」
その光景は、ぱっと見れば姉妹のように見える。
ついついじっと見ていたのか、ピリカと呼ばれた彼女と目が合った。
黄色い瞳を持つ大きくて丸い目だ。
「む? 誰?」
「ユウ・アルト・テレスト様。私の旦那様です。
ユウ。こちらはアマネ・ピリカさん。東国チヨサの第一王女で、光の純属性です」
なるほど。東の方は姓の後に名前が来るのだったな。
「はじめまして」
努めてにこやかに挨拶をすると、ただじーっと見つめられる。
しかしすぐにラタリーの肩に顔を埋めたかと思うと、
「くそ! 結構イケメンじゃないか! お姉さんより早く結婚するっていうからどんな奴かと思ってたのに!」
「え、ええ……? 痛たたた。背中を叩かないでください」
耳まで赤くしてラタリーの背中を叩き続けるピリカ。
……ん?
「お姉さん?」
「ピリカさんは私より一つ上ですよ。ユウと同じですね」
「…………」
「あー! 見えないとか思ってるなー! 知ってるよ!」
ピエーンと泣きながらピリカがラタリーから飛び降りる。
そのまま共に来た人たちの方へ走っていったが、結局向こうがこっちへ来ていたので、あまり意味は無いようだった。
水と光に会ったという事は、残りは火、土、闇だ。
「相変わらずピリカはチビだなあ!」
「うるさい脳筋! はーなーせー!」
「飛び込んできたのはそっちだろうが!」
「キノトに飛びついたんだい!」
「避けられたから受け止めてやったんだろーが!」
真っ赤な鎧を身に着けた色黒の男がピリカとギャーギャー言い争っている。
うるさい。
「ビット・キラ・デレードさん。砂漠地帯にあるデレード王国第一王子です。見ての通り、火の純属性です」
「ああ、お前がララのダンナか! まっ。よろしくな!」
「ユウ・アルト・テレストです。どうぞよろしく」
暑い所の気性か、少々荒っぽそうだが、思いの外人好きのする笑顔だ。
悪い人では無いだろう。
「久しぶりだな、ラタリー。体の具合はどうだ?」
「……ラ、ラタリー……ひ、久しぶり、です……」
まだ言い合いを続けているビットとピリカを避けて、二人の男女がやって来た。
「お久しぶりです、二人とも。体はもう大丈夫ですよ」
「それは良かった。……ん。あなたがラタリーの旦那様か。お初にお目にかかる。キノト・リ・エレメだ。属性は土。ラタリーと同じ、17だ」
「エレメ……。レイゼルの向こうある、あの」
「ああ。さすがご存じだったか。よろしくお願い申しあげる」
「ユウ・アルト・テレストだ。こちらこそ、よろしく」
芯の通った人物であることが分かる、真っ直ぐな光を湛えた橙色の瞳。
どことなく、レイラと雰囲気が似ていると思った。
流れで隣に目を向けると、今度は対照的に視線が合わない。
目を隠すように長く伸びた前髪と、黒いフードを目深に被り、ちらちらと見える紫色の瞳はきょろきょろと忙しなく動いている。
「ヒミリオ・レダ・テーザレーさん。北のテーザレー第一王子で、闇の純属性です。ちょっと内向的ですが、優しい方です」
「お会いできて、光栄です、ユウ様……。よ、よよよ、よろし、く、お願いします……。ハハハ……」
「よろしくお願いします」
……ちょっと、か。
これで全員と顔を合わせた。ギルやレイラもそれぞれと挨拶をしている。
俺たちが来ることは事前に連絡済みだったから、特に滞りも無さそうだ。
「ユウ殿。ユウ殿は先のジグイス侵攻時の、魔法国家について何か知っているか?」
ふと、前に立ったキノトが言った。
側でラタリーがはっとした顔をする。
ジグイス侵攻時の、魔法国家?
「いや、恥ずかしい話だが、あの時は自国のことで手一杯だった。妻が他の魔法国家と連絡を取り合っていたのは知っているが、俺は、あまり」
「そうか。いや、確かにあの時は、余りに突然だったからな。当然のことだろう」
「何か、特異な事があったのか」
そう言うと、キノトはふむ、と頷いて、
「実は、魔法国家へのジグイス襲撃はほぼゼロと言って良いほど無かったんだ」
「何? そうなのか?」
隣に立つラタリーに尋ねると、彼女もこくんと頷いた。
「こちら側へのジグイス侵攻はテレストで止まったので、ユトリスに来ることはありませんでしたが、他の魔法国家から奇妙な報告は相次いでいました。領内を通り道にこそすれど、村や町が襲撃されることは無かった、と……」
「それだけではない。ヒミリオの居るテーザレーは最も北に位置する国家の一つだが、そちらへの進軍は一度も無かったそうだ。……妙だと思わないか」
確かに妙な話だ。
突如侵攻を始めたジグイスの勢いは凄まじいもので、どの国でも、多くの町や村を戦禍に染まったと聞く。領地が広く人も多いだけに、テレストでの犠牲も数知れない。
だと言うのに、魔法国家のみほぼ無傷。
ジグイス国王はジグイス解体時に捕らえられ、国際裁判にも掛けられたが、何一つとして喋る事の無いまま処刑されたと言う。
いったい、何を考えていたのだろうか……?
「今回、この祭事に這い寄る影がジグイスの物であるとしたら、関係が無い様には思えない。是非、そのあたりも踏まえ対策をご教授願いたいのだ」
「……分かった。だが、俺に対策を教授するつもりは無い。そんな力も無い」
「なに?」
キノトがわずかに眉間にしわを寄せる。
俺は少し頭を振ってから、口を開いた。
「俺は魔法を使うことは出来ない。祭事のことも儀式のこともラタリーから説明は受けたが、全てを詳しく把握しているとは言えない。だから、教えて欲しいのだ。そして、共に考えて欲しい。今必要な、ありとあらゆる事を。
魔法と剣の力を合わせ、共に、忍び寄る影へと立ち向かう為に」
しん、とホールが静まりかえる。
目の前のキノトは驚いたように目を見開き、隣のラタリーは俯いていて顔は良く見えない。
突然、背中に衝撃が走り、肩に重みがかかった。
「中々言うじゃないか。気に入った!」
俺の肩を組んだビットが、にっと白い歯を見せて笑う。
目の奥では、めらめらと炎が燃えているように見えた。
「お前もオレたちに必要な物を全部教えてくれよ! そして共に学び、共に考えるんだ。共に、立ち向かう為にな!」
「…………」
柄にもなく、胸が熱くなった。
今まで関わることの無かった者たちと、通じ合える喜び。
大勢と一つになって、脅威に立ち向かう勇気。
新たな扉が開き、踏み出す感覚。
「まったく! 脳筋が何偉そうなこと言ってんだか!」
「のわっ!」
肩の重みが外れて、ビットが前につんのめっていくのが見える。
と思ったら、目の前に小さな影が立ちはだかった。
「あんたの言うことは良く分かった。あたしも、一緒に色々考えたい。ただ……役に立たないようだったら、ララは返して貰うからな!」
「え!?」
「望むところだ」
「ええ!?」
どっと、ホールに笑いが起こった。ラタリーは、依然おろおろとしているが。
そう言うことならと、シャークがすぐに会議室を開けると言って歩き出した。
俺はラタリーの手を引いてその後を追う。
ピリカが後ろで何か叫んだが、構わず進む。
さて、こうなっては、ますます気合いを入れなければ。
返すつもりなど、さらさら無いのだから。