第三話 「汝の名は」
扉を抜けた先は先程までの純白な世界とは正反対な漆黒の世界であった。
部屋の中は柵で内側と外側に分けられており、外側には椅子が中央に向けて並んでいる。部屋の一番奥には段が高くなっている机と椅子が、中央には椅子のない机が置いてある。
(これは…法廷? )
若者が中に入ると、彼の他に七人の者がいた。皆若者と同じく囚人服のようなものに身を包んでいる。
「ったく、おっせーぞこの罪人どもが。神様を待たせるとはいい度胸してるじゃねーか。」
突然の変化に着いていけず、呆然と立ち尽くしていると上方から声をかけられた
気が付くと部屋の奥にある机に一人の人がいた。雪のように真っ白な肌に、男とも女ともとれる中性的な顔立ち、所謂美形と称されるであろう人物。しかし肌と同じく純白の髪は手入れされず好き勝手に伸び放題、服装は首元が伸びきっているヨレヨレのシャツ。まるでこのものがだらしのない人間だということを主張するかのようだ。
「…は?」
疑問の声は果たして誰から上がったものか、八人の若者は一様に理解できないというような表情を浮かべてる。
「なーに鳩が豆鉄砲くらったような顔してんだか…。おっと、それもそうか、お前ら全員記憶が無いんだったなー。」
神様を名乗るものが、机に頬杖を付きながら気だるそうに声を上げる。
「おい、ちょっと待てよ!一体何がどうなってるんだよ!全くわかんねーから説明しろって!」
ここまできて、ようやく我に返ったのか、背の高い一人の男が声を上げる。
「そうだよ、罪人とか神とか頭イカれてるんじゃねーか?」
「あなた、自分が何しているか理解していますか?拉致監禁ですよ、これ。」
「どーでもいいけど、めんどくさい…。早く帰らして…。」
「なんで記憶喪失だって知ってんのよ!なんか知ってるなら教えなさいよ!!」
(罪人…神…。一体何が起きてるんだ?全く理解できない)
背の高い男の声に自分を取り戻したか、他の物たちも口々に文句を言い始める。
「おめーら揃いも揃って、神に対してひでえ言葉遣いだな。まぁ、記憶も失って混乱してるだろうから大目に見てやるけどよ、めんどくせーし。…おい、リリィ!」
またしても気だるそうに声を上げる神、最後の言葉は誰かを呼ぶためか。
「はいはーい、呼びましたかカミサマー♪」
その呼び声に応えたのは、この場には酷く似つかわしくないとても陽気でハイテンションな声を上げる少女だった。
左半身は黒く染まった肌に青紫色した髪、そして真紅の瞳、背中からは蝙蝠のような漆黒の翼、所謂悪魔のような容貌。右半身は輝くほどに白い肌に金糸のように輝く髪、鮮やかな碧眼、背中からは鳥のような純白の翼。
天使と悪魔をその身に宿らせる不思議な少女が、いつの間にか神を名乗る男の背後に立っていた。
「リリィ、こいつらに説明してやれ。」
「全く、カミサマは面倒臭がりなのですから…。」
不思議な少女---リリィはまるでアメリカのホームドラマのように肩をすくめ手のひらを上に向けやれやれというように首を振りながらため息をつく。
「それでは皆様、不肖私めが説明させていただきます。」
リリィは今までのような陽気で明るい態度を豹変させ、八人の若者に対し、屋敷に勤める執事のように腰を折り頭を下げる。
「まずは簡単な自己紹介から始めたいと思います。こちらのお方は先程も申しましたように神様になります。より詳細に述べますとこの度の儀式より神様を務めることになりました、今代の神様となります。そして私めは古より神様に仕え、補佐をしてきた神の眷属リリィと申します。ここまでで何か質問のある方は?」
まるでなにかの原稿を読むかのように、リリィはスラスラと言葉を紡いだ。
「質問したいことはたくさんありますが、その儀式というのは一体なんなんですか?」
メガネをかけた賢そうな若者が疑問の声をあげた。
「それは今から説明させていただきます。人というものは一生のうちに業というものを積み重ねていきます。善い行いをしたものは善い業を、悪い行いをしたものは悪い業を、人はその業をもって生まれ変わります。多少の悪い業ならば、意地が悪くなったり、性格が少し歪んだりするだけで済むのですが、酷い業を持った人間は来世においても大きな犯罪を起こす可能性が高いのです。神様は酷い業を持った人間の業を、生まれ変わる前に少しでも減らしてあげようと儀式を始めました。」
ここまでいい終えるとリリィは一度言葉を区切り、また質問はあるかというかのように一同を見渡す。
「話の流れからすると、私たちがその酷い業を業を持ってる犯罪者予備軍ってことよね…?いったいわたし達は生きている間に何をしでかしたのよ?」
軽くパーマの当てられた茶色の髪をした、勝気な美少女が尋ねる
「皆様は前世より業を積み重ねて参りまして、現世において大きな犯罪を犯してしまう筈のお方でした…が、しかし全員が不慮の事故にあってしまいお亡くなりになってしまったのです。皆様の業ですが---」
「そこからは俺様が話そう。」
リリィの言葉を遮り、神様、らしい男が立ち上がった。先程までの気だるそうな様子とは打って変わって立ち上がったその姿は神と名乗るに相応しいほどの威圧感と神秘性を秘めていた。
「というわけだ、裁判長たる俺様が直々にお前らの罪状を告げてやる。お前らの罪は古くから犯罪を起こす原因と言われている感情、七つの罪源、『暴食』、『色欲』、『強欲』、『怠惰』、『傲慢』、『嫉妬』、『憤怒』、この七つだ。詳しく説明しなくても後で嫌というほどに罪を目の当たりにすることになる。」
そう言うと神はまた席に着き、なにか書類の束のようなものを取り出した。
(七つの罪源…。ん、待てよ?七つ?この場所にいるのは八人だぞ?)
そんなことを考えていると、再び神が口を開いた。
「お前らに名を返すと共に罪状を言い渡す。左端より名前を呼ばれたら一歩前へ進み出ろ。汝の名は---苛原 陽。」
名を呼ばれた瞬間、書類の束から、何か光の玉の様なものが左端に立つ背の高い男に向かい飛んでいった。光の玉は男の額に触れるや否や砕け、光を散らした。
「つっ!…はい。」
背の高い男---陽は一瞬眩しそうな顔をした後に、返事を返し一歩前に進み出た。
「お前の罪状は『憤怒』だ。どんどん行くぞ、汝の名は---多々良 颯希、罪状は『強欲』。汝の名は---浮気 美遊、罪状は『色欲』。汝の名は---豊田 穂、罪状は『暴食』。」
光の玉が次々と飛んでいき、発光を繰り返す。
「汝の名は---白石 神流、罪状は『怠惰』。汝の名は---八月一日 葉、罪状は『傲慢』。汝の名は---代継 文耶、罪状は『嫉妬』。」
(七つの罪源は全て埋まった…。何かの罪源が重複なのか?)
「そして最後、汝の名は---小鳥遊 凛久、お前の罪状は…『正義』だ。」
さて、ようやく登場人物、全員が出揃いました!
え、これで全員なのかって…?すいません、本作品には全部で十人しか登場する予定はございません(^^;; 記号としてですが八人の過去で何人かは現れますけど主要キャラはこの十人のみです!