夢からさめれば。
私は誰だろう。
気がつくと、何も知らない私がここにいた。
景色は歪んでいた。身の回りにあるものは全て輪郭の曖昧なもので構成されていた。
唯一はっきりとしていたのは、私の前にいたにっこりと笑う男の子。
男の子は言った。
「君は誰?」
私?
私は、誰なんだろう。なにも思い出せない。なにもわからない。
首を傾げる私に、男の子は手を差し伸べた。
「一緒に遊ぼう」
そう言われて、私は無意識にその手を取った。気が付いたらとっていた。
聞きたいことが山ほどあるのに声が出ない。なんでだろう。
わからないことが多すぎた。それでも、私は笑った。
「あっちで遊ぼう」
男の子は遠くの方を指さした。私はひたすら男の子の後ろをついて歩いた。
しばらく歩いていると、男の子が口を開いた。
「あ、見てごらん。君のお父さんとお母さんだよ!」
男の子に促されるままに、私はそちらを見る。男の人と女の人が立っていた。
二人は私たちに手招きをしている。あの人たちが、私のお父さんとお母さんだっけ?
忘れてしまった。ふと、私は疑問に思った。この男の子はさっき私のことを知らなかった。それなのに、なんで私のお父さんとお母さんは知っているのだろう。
なんで、あなたは知っているの?
そう聞こうと思った。でも、やっぱり声がでなかった。
私は両親と呼ばれた人たちのところへ吸い寄せられるように向かった。
すると、私の背後から男の子の声がした。
「バイバイ。どうやらもうお別れみたいだ」
驚いて振り返えると、男の子の姿はもうすでに消えていた。
え……?
いきなり肩を捕まれる。見ると、それはお父さんだった。
お父さんはにっこりと笑う。次の瞬間、お父さんの首から上が私の目の前で突然破裂した。
お父さんだったものが私のまわりに飛び散った。
いや……なに、これ。
突如足元に闇が広がった。暗い暗い闇の底から、無数の腕が伸び、目の前にいたお母さんを闇に引きずり込んでいく。腕がお母さんに触れるたび、お母さんを生き物から、引き契られた肉と骨の塊へと変えていった。
いやだ。なんだこれ。
腕は私の足をも掴んだ。腕が私の足を次々と引きちぎり、私の足が足でないものになっていく。
いやだ。いやだ。いやだ。
私は声にならない叫び声をあげた。
すると、闇が霞んだ。見上げると、天から光がさしていた。
光に触れた闇が浄化されていく。
そして、あの子の声が聞こえた。
「もう時間かぁ」
私は唐突に理解した。
ああ。これは、夢だ。
ただの悪夢だったんだ。
夢から覚めれば、解放される。
早く。早く夢が覚めてほしい。
その刹那、世界全体が歪んだ。
闇から伸びる腕も。
首から上がないお父さんも。
引きちぎられたお母さんも。
光が射す天も。
そして、私の存在も……。
唯一歪まなかったのは男の子の声だけだった。
なんで……。
ああ、そうか。やっと、わかった。
これが夢なんじゃない。
私が夢だったんだ。
私の夢じゃなくて、私が夢の一部だったのだ。
それなら、私はどうなるのだろう。
これが私の夢なら、夢から覚めれば現実に戻るだけだ。
でも、私が夢なら……。
夢から覚めれば、私は……。
いやだ。そんなのいやだ!
世界が白く、覚醒する。
すべてが消えていく。
闇も光も……。
夢が……おわる。
いやだ!消えたくない!
誰か!誰か助け─―
END
夢で見たお話を小説に書き起こしてみました。
これを実際に夢で見た時は鳥肌が立ったんですが、まぁただの叙述トリックですね。読み終わってなんとも言えない感じに浸って下さったら幸いです。
他の作品もよかったら見て行ってください。