ぼくはみんなとはちがう
拙作には人によっては不快感を持たれる主張、文学的とは程遠い表現が多々ございます。
ですが、それらは主人公がいわゆる“うつけ”であることを熟慮しての文章ですので、筆者の本意とは必ずしも一致していないことをご了承ください。
とにかくお楽しみ頂ければ幸いです! よろしくお願い致します!
たとえばの話。
生きとし生けるあらゆる人間を縛る戒律――いわゆる真理があったとしよう。
しかし自分だけはその呪縛とは無縁でかつ万能であると、なんの根拠もなくそう考える者がいる。
とんだ勘違いだ。それを人はDQN、中二病と呼称し、若者の大半がかかる感染症で処方箋は大人になるまでの歳月だという。自分が埒外な存在だなんて、単なる妄想に過ぎない、と。
けれど。
そんな耳に痛い、聞き飽きた理屈はどうでもよくて。
そんなつまらない結論が傍目には正しいのだと、百も承知で。
それでも僕はきっと“特別な人間”なんだ。
〈ぼくはみんなとはちがう〉
目を開けると、そこに扉があった。
周囲は一面真っ暗だというのに、その扉だけは厳然と立ちはだかり、僕の眼球に明瞭にその姿を映していた。木目を模倣した、陳腐なプラスチック造りだ。まるで夢の始まりのように、気づけばこの舞台上に僕は立っていた。まったく状況が掴めない。
……現状分析終了。
なにせこの場には、扉以外の存在が一切ないのだ。今の不可解な状態を把握したいのは山々だが、その材料がない。いわば、RPG最序盤の、一方通行の選択肢がない矢印看板。しかも僕には退路すらない。
ならば、黙って従うだけだ。
扉は外見の通り――どころか、まるで発泡スチロールのようにすこぶる軽かった。ノブを捻るだけでひとりでに動いてしまったほどだ。開かれた間隙から光は漏れない。
恐る恐る扉を抜けた先は、黄身が悪い生卵みたいな気味が悪い空間だった。
赤黒く染まった空には星月も太陽もなく、風情は死に、ただ色濃い絵具をぶちまけたような有様だ。左右を見渡せばこれまた奇妙。片側には僕のよく知る街並みが広がり、しかし反対側は荒涼とした砂漠。そして異なる大地を両断して足元から赤い絨毯が果てしなく遠くまで敷かれていた。錯綜的な情景に思わず目眩を起こす。シンメトリーのin目盛りはゼロを振り切りマイナスぶっちぎりだ。
振り返れば、なんと僕の家の玄関。こんな混沌とした辺境に引っ越した記憶はないぞ。
ふと“不思議の国のアリス”を思い出した。少女はウサギを追って、不思議の国へと繋がる穴に落ちる。
ならば、僕は?
僕はなにかを追い求め、この胸糞悪い世界に召喚されたのか? けれど僕はアリスじゃない、日本人だ。そして僕は有栖でもない、田中だ。
僕は竜の舌を連想させる長い絨毯の行先を視線で追った。
そして、網膜を焼く圧倒的な輝き。
それはまるで花火のようだった。絨毯が描く一筋の赤い閃光の先に、天地を覆い心を奪う煌めきの花。
未だ自分を取り巻く急展開に理解は追いつかないが、僕は漠然と目的地をあの光輝の元と定めた。不思議とあの場所が世界の果てだと思えた。
とはいえ、徒歩で向かうには相当に骨を折る距離だ。幸いにも玄関脇にはマイカーすなわち古びた自転車があった。絨毯の上で車輪を転がすのも妙だが、そもそも屋外に敷かれた絨毯だ、今さら問題はなかろうて。
さて、それじゃ出発進行! 娑婆に出て駄馬に跨りシャバダバドゥ! なんつって。
上等な真紅の毛皮を、猛スピードで駆ける自転車の蹄が引き裂いていった。
遙か頭上で、烏がゲラゲラと嘲っていた。僕もヘラヘラフラフラと、誘われるままにこの珍妙な世界を嘲った。
わかるんだ。ここに僕よりも優れた人間は無一。インキンタムシや陰険な虫ばかり。
愉悦は順列の優劣から峻烈に生じる。
それ、あっちを見てみろ。
砂漠のど真ん中に、ぽつりと佇む生意気そうな茶髪のJK。JKイコール女子高生。
見覚えのある女だ。そう、昨日学校の帰路にすれ違った奴と完全一致の容姿。道端に唾を吐き捨て、なに食わぬ顔で歩き去っていく。僕は元来、その“地面に唾を吐く”行為が嫌いだった。
前回はこっそりと、しかし今回は堂々と彼女を睥睨し、胸中でさんざんに罵倒してやる。
おい、舐めた真似してんじゃねえ。それ、野グソと変わらねえぞ。身体ん中の汚いもんを恥ずかしげもなく地べたに排泄しやがって。太刀悪いビチ糞臭いビッチ、某子役と違って「承知しました」もかわいく言えないババア。パチモンオシャンティーに魅入られたマジモンの中毒患者。
「消えちまえ」
それは、つい口を衝いて出た台詞。
ただの行き場のない愚痴だったそれに、しかし現実に突如としてあのJKの腹立たしい背中が、僕の視界から掻き消えた。
いや。本能が叫ぶ。
違う。
視界だけじゃない、この世界から抹消されたんだ。
なんで? とか理由は知らない。けれど僕は間違いないと確信できた。彼女はもうどこにもいない。いないいないいない。
僕はたまらなく愉快痛快爽快な気分になって、再び嘲った。
赤黒い空にたかる烏の群れは、着実にその総数を増していた。
右手に見える街並みにある人影を認めて、僕はペダルを漕ぐ足を緩めた。
見間違えるものか。僕が片想いしていたクラスメイトの女子だ。黒髪ロングで美人でお淑やかでお嬢様で学園のアイドルで……とにかく小市民とは住む世界が根本的に異なると思っていた子。いつも遠目に眺めていたばかりで、積極的に声をかけるどころか、言葉を交わしたことすらない。
しかし気づけば僕は自転車から降り、絨毯に足を落ち着けていた。
視線が交錯し、彼女の方から僕に歩み寄ってくる。眼前にまで彼女の顔が近づき、そして無言で唇を突き出される。それを不思議に思うこともなく、下卑た笑いを口の端に浮かべた僕はそれに応じた。肩を抱き、互いの唇を重ねる。初めてのキス。舌と舌を絡め、粘ついた濃厚唾液エキスを吸い合う、いやらしい接吻。高揚感が脳を熱くする。なんでこんなことをしているのか? なんて疑問はその熱に溶解した。
名残惜しくも息苦しくなって唇を離すと、糸を引いた涎がでろんと垂れてアスファルトに染みを生んだ。
僕は知らずの内に舌舐めずりをして、自らのシャツのボタンを外した。眼球が充血し獣欲に従順に性的興奮に酔う。そして無言のまま彼女を犯そうとした刹那、僕の背中に影が差した。後ろを向いて、驚愕。
彼女との逢瀬を邪魔した闖入者はなんと、しゃなりシャネルを振り回して性の盛りばかり馬鹿にがなり立てるギャル風味全開のパツキンのチャンネー的な発禁のスイーツ(笑)――とは正反対の大和撫子だった。さっきのクラスメイトの彼女がさらにはぐれメタルを百匹殺したくらい大量にレベルアップした滅茶苦茶に清楚可憐な超絶美女、推測処女。
性欲爆発。
我武者羅。僕は不二子に襲いかかるルパンみたいに瞬時に衣服をすべて脱ぎ捨てパンツ一丁になる。あとは路上に美女を押し倒し、全裸にひん剥いた。驚くほど抵抗はない。
なんてこった、肢体の隅から隅まで僕の理想の女じゃないか!
辛抱なんてできるはずもなく、チュパチュパちゅーした。ドピュドピュまぐわった。グシャグシャにしてやった。いつの間にか片想いのあの子は失せていた。女の匂いが鼻孔に刺さる。挑発的にケツ振ってぶりんぶりんブリングイットオンだったので、容赦なくむしゃむしゃしゃにむにむしゃぶりついた。野外のせいか汗みどろ土みどろドロドロになって、僕たちは繋がった。
一時間くらい経ったか、弾丸が枯れ果て欲求が醒めた頃にその美女もまた姿を消した。
絞兎死して走狗煮らる。
また自転車を漕ぎ始めた僕は、それからたくさんの人を、ものを“消した”。
新宿駅のホームとかでやたら肩をぶつけてくる死んだ目をした大迷惑な背広集団。キャップの上になぜかフード被ってダボダボのズボン穿いて巻き舌して「ちぇけだー」とか言ってる全自動ゴミ溜め製造機のHipHop。他人の話は右耳から左耳に通過して“俺”が主語の話になるとベロがベラベラと大車輪並みの回転力を誇る学校のお友達(笑)。じゃあもう好きにしろよ。思っくそぶっちゃけてくっちゃべって塗っちゃえって恥の汚泥。
とにかく不必要悪を根掘り葉掘り屠り、唯我独尊にライフゴズオンをさくさく削除。ゴミ箱に移動して、そこからもまとめてたっぷりワックをドラッグ。『これらの項目を完全に削除しますか?』『はい』で完璧。老害害児にばっちい煤塵バイバイキン!
次々に変革されていく、僕にとっての素敵な居住まいに。まさしくワールドイズマイン。
もはやこの不思議空間への嫌悪感はない。ここは僕の世界だ。すべてが意のまま。生かすも殺すもイカすもダサいも致すまま。
そうして独裁者の気分を存分に味わいながら歩き続け、僕は遂に正体不明の光源へと辿り着いた。
まるで僕が訪れた瞬間に収縮してしまったような、拍子抜けなほどそれはちっぽけだった。
それでもやはり輝きの強烈さは尋常ではない。
網膜貫通も容易いだろうと思わせる、煽動し穿孔する閃光。しかし法外に膨大な光害がオーガニックに及ぶことはなかった。
代わりに、吸い込まれるように体躯が光に覆われる。視界が白一色に染まる。
幽玄の白夜。
しばし呆然と事態を静観していたが、いつまで待てども視野は回復しない。今も絶大な白が瞳の周囲に蔓延っている。
手探りで周囲を確認しようとするも、その手は空を切るばかり。
「ああくそ、どうなってんだ!」
途方もなく東奔西走しトホホな気分になる時期に自棄にちきしょうと叫ぶと、あれほど邪魔だった光の濃霧が突風に吹かれて消えた。そうか、この世界は僕の随意なんだった。
晴れた視界。僕の眼前には、玉座があった。
思わず息を呑む。主だった空間にはこれまでと差異はない。左右に対照の景色を臨めて、赤絨毯が変わらず足元にある。そしてその道標は、玉座を終点にして途切れていた。
ここが僕の目指した場所なんだ。
そして、まるで予定調和のごとく全身が深々と玉座に埋まる。
玉座からは“僕の宇宙”を見渡すことができた。
魚眼のように丸く切り取られた世界。
その中で無限に跋扈する生命の気配。
ここから観測できる全部が僕の支配。
五感で世界を感じられる、不思議な感覚だ。見られる、聴こえる、嗅げる、触れる、味わえる。まるで自分と世界が溶け合い、同化したかのよう。脳が身体の末端に電気信号を送れば自在に動かせるのと同じ。それこそ僕が森羅万象を操る仕組みだったのだ。
まさに僕は世界。変幻怪奇? いや、原点回帰。そう、僕は特別な人間なんだから。
故に、不純物を浄化するのも僕の義務だ。
穴空きだらけ、無秩序だらけの世界。下賤陋劣な有象無象の魑魅魍魎の蛙鳴蝉噪が跳梁跋扈。
――そうだ、まとめて消してしまおう。
ハルマゲドンでも孕ませとん? ってくらいの破壊衝動が胸中に滾る。
消す。壊す。殺す。欲望の赴くままに。
だが、この小物どもごときに、カンカンで干戈をガンガンって考えは芳しくない。
アクマデ、蟻を踏み潰すように。
アクマが、愛を食い尽すように。
界隈の改革、それは労せず、至極当然の事象でなくてはならない。絶対的正義の証明が最低条件。
そうだ。世界丸ごと消滅してしまえばいい。近所のブックオフと吉野家とサイゼリアさえ残っていれば、こんな薄汚れた世界、外連ばかりで未練はねえ。そしてツタヤの神秘淫靡ピンクカーテン深部は十八歳未満も出入りセーフに変える。ちょっとお高いモスバーガーは毎日全品半額セール不可欠。厳正に政令を制定し酩酊。
それじゃ、消えてもらおうか。
唇の端が無意識に吊り上がる。黄ばんだ奥歯がちらりと覗く。
そして僕は “統治者”として世界に破滅と羅針盤を届けるべく、眼下に広がる穢らわしい肥溜めへと触手を伸ばした――
★
――そんな夢を見た。
のろのろとベッドから身体を起こすと、未だ鮮烈に脳裏に残る夢を偲び、それと対極に位置する、あまりに非情な現実世界に嘆息した。
そう、すべて僕の欲望が生んだ夢、妄想、陰気そうな蜃気楼。その証拠に、奮い立つ下腹部のoh yeahな皇帝は包茎の童貞。
全知全能なんてこの世には存在しない。まして僕のような一介の若造風情が特別を気取るなんて、まったくとんだお笑い草だ。
そう、頭では理解しているはずなのに。
僕だけじゃない。日本中――いや、世界中の誰もが心の奥底では己と他の人間を区別或いは差別し、悠々と砂上の楼閣に座している。近い内に地球や宇宙が滅亡しようと自分の安泰だけは保障されているはずだという脊髄のない確信に溺れている。
だから僕は、きっとまた夢を見るんだろう。
――いくら否定しようが、この確信は微塵も薄まりやしない。
そうしてまた平々凡々な日常が、昨日と同じ今日が始まる――
読んで頂きありがとうございます! 念のため、HipHopは好きです。
“特別な人間なんていない”
口先ではそう言っても、真意では真理から逃れたい心理。それこそ誰でも普遍的に持っている意識です。私自身、拙作により“僕”の皮を被って凡庸から抜け出そうと試行錯誤しました。なので敢えて“夢オチ”という物語における禁忌も犯しました(笑)。
つまり、人間ならば誰もが“僕”になる危険性を身中に秘めているのです。
そして異常者すら、人間の範疇を越えた特別にはなれない。特別なんてこの世には存在しない。
ですが、拙文について補足しておくと、世界において特別でなくとも、人は唯一無二です。“僕”は求め方を間違えているだけで、本来ならば人はみな“誰か”や“なにか”の特別なのでしょう。これはきっと綺麗事なのでしょうが、私は本心からそう信じています。
きっと私もまだ見ぬすこぶる可憐な美少女にとっての特別なのだとも、本心からそう信じています。