ラブコメって、新キャラ=新ヒロインだよね
◆◆◆
……それは、そう、もう六年も前になる。忘れもしない、十一歳の誕生日。その日はパパが早く帰ってきて、ママもご馳走を沢山作っていた。そして、大好きな伯父さんも来る予定だった。だけど―――
「パパー!」
私ははしゃいでしまって、帰ってきたパパに抱きつこうとした。するとパパは、私を受け止めようと、私の肩を両手で掴んだ―――はずだった。
「わっ……!」
だけど、パパはとてつもない勢いで吹っ飛ばされ、壁に激突してしまった。
「パパ……っ!」
そのとき私は、嬉しさのあまり、とんでもないスピードで飛びかかってしまったのだと思った。だから、私は慌てながらも、パパの両手のひらから血が出ていることを不審に思った。
「どうしたの!?」
「はは……ちょっと受け止め損なっただけさ」
だからパパも、物音を聞いて駆けつけたママに、笑って答えていた。だけど―――
「大丈夫……?」
「ああ、大丈夫だよ」
心配して駆け寄ったとき、伸びてきたパパの手が、更に赤く染まって、
「痛っ……!」
パパが苦痛の表情を浮かべて、
「えっ……?」
私の視界も紅に覆われて……そこでやっと、私も、パパも、ママも、その異常さに気づいた。
「み、みや……」
パパが、私の名前を呼んだ。けど、その声は震えていた。―――何かに、怯えるように。
「ど、どうしたの……?」
ママが、パパと私を見つけている。だけど、その目が私と合った途端、声にならない悲鳴を上げる。
「パパ……ママ……」
私は一歩、二人に近づこうとした。
「ひっ……!」
「やっ……!」
でも、私が動いたら、二人は竦みあがって後退ろうとする。それはまるで、大好きな二人に拒絶されたようで。幼い私の心は、それだけで既に、崩壊寸前までに追い詰められていた。
「パパ……、ママ……、助けて……」
私は、必死に二人へ呼びかける。だけど、返って来たのは悲鳴だけ。
「パパァ……」
普段はとても頼もしいパパが、いつもと違って、とても情けなく見えた。
「ママァ……」
優しくて元気が取り柄のママは、今はただ、怖がるだけで何も出来ない人に見えた。
突然、訳の分からない事態に追いやられて。その上、実の両親には拒絶され。そのとき、私の心は、完全に崩壊した。
「あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
泣き声を上げた。すると今度は、両親の悲鳴が耳を突き刺してくる。なので、私はそれを掻き消すように、更に泣き続けたのだった。
◇
……どれだけの時間が経ったのか。一時間かもしれないし、三時間かもしれない。もしかしたら、数分も経っていないのかもしれない。私は泣き疲れて、体育座りの状態で蹲っていた。これなら、両親の姿を見ることもなく、耳も塞ぎやすくて一石二鳥だ。尤も、周囲の音は何一つ分からないのでまり意味ないが。
「……ゃ」
だけど、不意に、誰かの声が聞こえてきた。
「……みや」
それは、私の名前を呼んでいた。
「……みやっ!」
そして、その声には聞き覚えがあった。けれども、男の声だから、ママのものではない。かと言って、パパとも違う。だけど、よく知ってる人の声。
「美也……っ!」
ゆっくりと、顔を上げた。するとそこには―――
「美也っ、大丈夫か……!?」
世界中で大好きな三人―――パパとママ、その他にいるもう一人である伯父さんが、私の目の前にいた。伯父さんは顔中血だらけで、私のことを抱きしめていた。だけど、私はその体温を感じることさえ出来なかった。まるで何かが、伯父さんと私を隔てているみたいに。
「無事みたいだな……よかった」
血まみれで、明らかに大丈夫じゃなさそうな伯父さんが、私のことを心配してた。そう思ったら、突然視界が歪んだ。
それが涙のせいだと認識したのは、私が泣き声を上げて、伯父さんに抱きついたときだった。
◇
……目が覚めると、私は和室で寝ていた。和室と言っても、自宅のではない。だけど、見覚えはある。これは確か―――
「美也、起きたかい?」
すると、襖が開いて、伯父さんが入ってきた。伯父さんは顔に絆創膏をいくつも張っていて、それが私に、あの出来事は事実なんだと教えてくれた。
「美也、誕生日だっただろう? もう日付は変わっちゃったけど、ほら、プレゼント」
そう言って、伯父さんは私に何かを握らせた。手を開いて確かめてみると、それは、金色の金属片に紐をつけたストラップだった。金属片が弧状になっていて、お月様みたいな形だった。
「この前出張先で見つけたんだ。美也、もうすぐ携帯を持つって言ってたから、ストラップにしてもらおうと思ってね」
そのとき、伯父さんの見せた笑顔が、今でも印象に残っている。
◇◇◇
……それから六年が経って、私は高校生になっていた。
「伯父さんっ! どうして起こしてくれなかったの!?」
「起こしたけど、起きなかったのは美也でしょ」
私は、朝食を作っている伯父さんに文句を言いながら、寝癖のついた髪を梳かしてリボンを結んでいた。ショートへアだから結わなくてもいいんだけど、私の数少ないおしゃれで、身だしなみでもあるから、これだけは欠かさない。
「ほら、早く食べなさい」
「いただきます!」
私は素早く食卓に着いて手を合わせると、箸を掴んで茶碗のご飯を口に放り込んだ。どんなに遅れそうでも朝食は必ず食べる。食べないくらいなら遅刻しろ。それが伯父さんの教えだ。
「遅れそうだからって、転んだり、間違えて力を使ったりしないように」
「わわっうぇう(訳:分かってる)!」
力っていうのは、六年前、突如として私に目覚めた超能力(?)のこと。あの後私は、極度のゲーム脳が高じてゲーム会社に就職した伯父さんの指導(といっても、半ば実験に近かったような気が……)によって、その力をきちんと制御できるようになっていた。普通は相談したってまともに取り合わないだろうし、逆に信じてもらえたら、それはそれで怖がるはずなのに……伯父さんの(ゲーム脳の)お陰で、私は普通の生活を送れている。
「ご馳走様!」
私は茶碗をテーブルに叩きつけるように置くと、鞄を掴んで玄関へ駆け出す。いつもはお茶碗を流しに置いていくけど、今日は急いでいるから見逃してもらおう。
「いってらっしゃい」
背後から聞こえる伯父さんの声に、私は振り返って、大きく答えた。
「行って来ます!」




